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最近描いた、黒の魔法陣の上に白い魔力が乗るよう加工した魔法陣だ。
「なんと・・・」
絵画のような美しい紋様に、シュトラウスは思わず声を漏らした。
ハッと口をおさえる彼にリーリエは微笑みを返した。
「説明のために誓約書の内容に一部触れさせていただきます。この魔法陣が光っている間はこの部屋が『秘密の部屋』になりましたので、秘密の漏洩には当たりません」
突然の告白に六人とも笑顔が消える。
「誓約書には、私のいる所では言動が制限されるような内容があったかと思います」
「ああ、そうだ」
文官のコルネリウスが渋い顔で頷く。
誓約があるからリーリエの秘密を知っていても彼女の脅威になれない。
コルネリウスは真正面からリーリエの魔導書を奪ったことがある。得体の知れない魔法陣でフリードリヒを操る魔女と罵り、化けの皮をはいでやると言ってシュトラウス同様暖炉の火に魔導書を投げ入れた。
彼は「私は金輪際、あなたを魔女と呼びません。
あなたの秘密を守ります。
あなたに不当な文句を言わず、あなたの持ち物を守ります」という誓約が結ばれている。
ここに集まっている6人が、リーリエに言われるまでもなく、お互いの誓約書に同じような文言が入っているだろうことを推察していた。
「あの誓約書の文言は私が考えたものではありません。反転の誓約書という魔法陣が書いているんです」
「どういうことかね?私は魔法陣には明るくないのでね。噛み砕いて話してもらえるかな」
シュトラウス侯爵が神経質そうに机を指で叩いた。
「私に悪意を持って魔導書を開くと、私に対する気持ちが反転して誓約書となるのです。
『あなたの物を盗む』という気持ちが『あなたの物を盗みません』という誓約になるんです。
だから『あなたの秘密を暴く』と思ったら誓約書には『あなたの秘密を漏らしません』と書かれたのです」
リーリエが魔導書の説明を噛み砕いてゆっくり説明する。それを六人は青い顔で聞いていた。
全部、自分に返ってきていたのだ。手紙で見せていた純真な側面の彼女があのような冷徹な誓約書を何故書いたのか、ずっと不思議だった。どちらが本当の彼女なのか。
今繋がった。
本当の彼女を見た気分だった。
「私は罰したり駆け引きしたり、策を弄したりしていた訳ではありません。自分の見えるところだけ必死に守っただけなのです」
青臭いことを言うリーリエに、開いた口が塞がらない。
自分たちは、彼女が守っている狭い世界を壊そうとして、自分自身の力でボコボコにされたと言うわけだ。
「何故、今この話を我々に?」
神官のローゼンベルクが問う。
「私は今年、成人するとともに公爵として、議会に出席するでしょう。そうすれば、誓約書が貴方達の口を封じてしまうと思って」
「我々のため?」
「私達は陛下の反対派閥です。リーリエ嬢には好機でしょう」
シュトラウス達の疑問にリーリエは首を振る。
「陛下をお諌めするのが臣下の勤め。先程仰ってくださいましたよね。それは、私の大切なものを守ることと同じだと知って欲しかったのです。
この国を陛下と、皆と、いい国にしたいから。
最近の陛下は聖女の魔力に酔っているように感じます。
国王派であれば聖女と共にいる時間も長く、敵対派閥ではありますが、シュトラウス様方のような、エルディフィアの良心が、頼りなのです。
私、陛下に良き王になって頂きたいのです。あの、口の悪い余所見がちの見栄っ張り陛下に」
皆が吹き出す。それは、いつもフリードリヒとリーリエがこっそりしている軽口だ。
貴族はこのリーリエにしか出来ない応酬を、いつも知らぬふりで聞いているのだ。
「ここでそれを言うとは全く、心臓に悪い」
騎士ヴァイスハイトが豪快に笑う。
「陛下をお願いします」
ぺこりと頭を垂れるリーリエに、皆はまた笑った。
「実際ひやひやしておりました。スヴァルトハイム公爵が議会に出るとなれば、口を出せなくなる、私の出る幕ではなくなると。」
「私もですよ。ですが、今の話を聞いて安心しました。陛下に苦言を呈せるのですからな」
あははと皆は笑う。
リーリエは顔を上げて笑った。
毎日手紙を送り続けた甲斐があった。
今日呼んだのは、特にリーリエに好意的な6人だ。
このまま、政治的な対立はあっても、心を通わせる間柄になりたいとリーリエは本心で思った。
「お待ちください」
文官のコルネリウスが手を挙げた。
「スヴァルトハイム様、それは私達に首輪をはめたままと言うことですよね」
厳しい目でリーリエを見つめる。
「この状態では結局、貴方の顔色を伺いながら議論するしかないように思います。私はね、外していただきたいんですよ。どうです?本当に国を思っているのなら、魔導書を捨てていただけませんか」
強気な発言をする文官コルネリウスにリーリエは何故か頬を赤らめた。
「すみません。私には出来ません」
「何故です?何故そんな顔を?」
コルネリウスに指摘されると、リーリエはみるみる赤くなる顔を魔導書で隠した。金の箔押しが王の目のように煌めいた。
「これは、陛下が、あの、・・・私に初めてくれた物だから」
消え入りそうな声で乙女なことを言う魔法使いによって、部屋が生暖かいほほえみで満たされた。




