3
アルベルト・フォン・シュトラウス侯爵は、机の前で薄く笑っていた。
勝利を確信した人間だけが浮かべる、湿った笑みだった。
机の上には紺色の本。
革張り。
百合の装丁。
金の箔押し。
リーリエ・スヴァルトハイムの魔導書。
「…ふん」
鼻で笑う。
ようやく手に入れた。
あの小娘の栄光の源。
戦場を蹂躙し、王に重用され、公爵位まで掴んだ理由。
「これさえあれば」
低く呟く。
「化けの皮が剥がれる」
シュトラウスは古参貴族だ。
家柄も血筋もある。政治力もある。
だというのに。
なぜ。
なぜ。
なぜ。
ぽっと出の小娘が、自分より上にいる?
答えは単純だ。
本に手を置く。
「これがあるからだ」
気難しそうに、指で表紙を小突いた。
この出処不明の魔導書が、あの娘を王のそばに置かせているのだ。
何人もの人の手を介し、届いたばかりの魔導書を手に取る。
中身を確認したら捨てるつもりだったが。
一度は魔導を夢見た身だ。個人的なコレクションにしてもいいかもしれない。
軽い考えとは裏腹に、心は浮き足立った。
山を穿ち、敵を蹂躙し、仲間の士気を押し上げた英雄の書。
汗ばむ指先で本を開いた。
はたしてそこには。
何も書いてはいなかった。
「…………なんだ、これは?」
ページをめくる。
白紙。
シュトラウスの顔に焦燥が浮かぶ。
白紙。白紙。
「そんな」
いくら捲っても白紙だ。
息を詰めていた事に気づく。
「……はっ」
小さく息を吐く。
もう一度めくる。
速く。
さらに速く。
紙の擦れる音が荒くなる。
白紙。
白紙。
白紙。
「ふざけるな」
思わず声が出る。
めくるページで指が切れた。
乱暴に取り出したハンカチで血を拭う。
「偽物か?」
いや、違う。
城で見た小娘は、魔導書を無くしたと陛下に言っていたではないか。
なのに。
なぜ。
何もない?
「……まさか」
喉が鳴る。
「そもそも、白紙?」
城で見たリーリエの態度を思い出す。
あの時、陛下の前で取り繕っているとばかり思っていたあの澄ました顔。
まさか。
そもそも罠としての魔導書。
指先が震える。
そのとき。
ページの一点に、赤い染みが浮いた。
インクが滲むみたいに。
文字になる。
そこに書かれていたのは。
アルベルト・フォン・シュトラウス
「ひっ」
本を落とした。
心臓が跳ねる。
最初から分かっていたとでも言うのか。
私が盗むと。
あの小娘ごときが―――
「旦那様」
扉の外から声。
シュトラウスの心臓は飛び上がった。
「な、なんだ!」
「スヴァルトハイム公爵様がおいででございます」
世界が暗転した。




