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 アルベルト・フォン・シュトラウス侯爵は、机の前で薄く笑っていた。

 勝利を確信した人間だけが浮かべる、湿った笑みだった。

 机の上には紺色の本。

 革張り。

 百合の装丁。

 金の箔押し。

 リーリエ・スヴァルトハイムの魔導書。


「…ふん」


 鼻で笑う。

 ようやく手に入れた。

 あの小娘の栄光の源。

 戦場を蹂躙し、王に重用され、公爵位まで掴んだ理由。


「これさえあれば」


 低く呟く。


「化けの皮が剥がれる」


 シュトラウスは古参貴族だ。

 家柄も血筋もある。政治力もある。

 だというのに。

 なぜ。

 なぜ。

 なぜ。

 ぽっと出の小娘が、自分より上にいる?

答えは単純だ。

 本に手を置く。


「これがあるからだ」


 気難しそうに、指で表紙を小突いた。

この出処不明の魔導書が、あの娘を王のそばに置かせているのだ。

何人もの人の手を介し、届いたばかりの魔導書を手に取る。

中身を確認したら捨てるつもりだったが。

一度は魔導を夢見た身だ。個人的なコレクションにしてもいいかもしれない。

軽い考えとは裏腹に、心は浮き足立った。

山を穿ち、敵を蹂躙し、仲間の士気を押し上げた英雄の書。

汗ばむ指先で本を開いた。

はたしてそこには。

 何も書いてはいなかった。


「…………なんだ、これは?」


 ページをめくる。

 白紙。

 シュトラウスの顔に焦燥が浮かぶ。

 白紙。白紙。


「そんな」


 いくら捲っても白紙だ。

 息を詰めていた事に気づく。


「……はっ」


小さく息を吐く。

 もう一度めくる。

 速く。

 さらに速く。

 紙の擦れる音が荒くなる。

 白紙。

 白紙。

 白紙。


「ふざけるな」


 思わず声が出る。

めくるページで指が切れた。

乱暴に取り出したハンカチで血を拭う。


「偽物か?」


 いや、違う。

城で見た小娘は、魔導書を無くしたと陛下に言っていたではないか。

 なのに。

 なぜ。

 何もない?


「……まさか」


 喉が鳴る。


「そもそも、白紙?」


城で見たリーリエの態度を思い出す。

あの時、陛下の前で取り繕っているとばかり思っていたあの澄ました顔。

まさか。

そもそも罠としての魔導書。

 指先が震える。

 そのとき。

 ページの一点に、赤い染みが浮いた。

 インクが滲むみたいに。

 文字になる。

 そこに書かれていたのは。


 アルベルト・フォン・シュトラウス


「ひっ」


 本を落とした。

 心臓が跳ねる。

 最初から分かっていたとでも言うのか。

私が盗むと。

あの小娘ごときが―――


「旦那様」


 扉の外から声。

 シュトラウスの心臓は飛び上がった。


「な、なんだ!」


「スヴァルトハイム公爵様がおいででございます」


 世界が暗転した。

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