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「リーリエ」

フリードリヒがリーリエの思考を遮った。


「どうした、ぼうっとして」


屈んでリーリエの顔を覗き込んでくるフリードリヒに、すこしムッとする。

考えが霧散してしまった。


「もう」


「なんだよ」


怒りに任せてリーリエはフリードリヒの肩をポンと叩いた。

そして、霧散した思考の代わりにいい考えが浮かぶ。


「ねえ、あれ。やりたいから出して」


「え、今?」


「そう。今。少しでいいから出して」


フリードリヒはリーリエの急な言葉に動揺して辺りを見回した。

回廊には人影はない。


彼は逡巡し「少しだぞ」と言って廊下から外に出た。

すぐ横の花壇を二人で超え、葉の落ちた木の下に立つ。


「この辺でいいか」


フリードリヒは両手を地面に向け、呪文を唱えた。

足元に霜が立ち、その上に氷の薔薇の花が咲き乱れ、つるが這う。

陽の光に照らされて水晶のように煌めくその薔薇は生きているような艶やかさだ。

フリードリヒはふう、と息を吐く。これほど繊細に作るには集中力とかなりの魔力が必要だった。


「できたぞ」


出来上がった繊細な芸術作品にリーリエはうっとりした。リーリエにはできない緻密な魔力操作だ。


「ありがと」


リーリエは躊躇いもなくその氷の薔薇にジャンプした。

バリバリッと足元で氷が砕ける音がする。バラの花びらは砕け、ツルは粉々になる。

リーリエはその場で足踏みする。ザクザクと、霜柱を踏むような音が小気味よい。


「ああ、ひんやりしていい気持ち」


「作るの大変なんだから、もっと大事に踏めよ」


フリードリヒのため息をよそに、リーリエははしゃぎながら足踏みする。

ザクザクバリバリと足の下が騒がしい。

リーリエは昔から嫌なことがあるとフリードリヒにいい音がする氷作ってもらった。リーリエが作れない、繊細な氷魔法。

踏むとすぐに壊れるほど薄い氷を、何層も重ねて作ってもらう。

フリードリヒも途中から凝り出して、今では霜柱の上に氷の花まであしらうようになった。


「ああ、スッキリした」


粉々になった氷の上でリーリエは爽快に笑う。


「そりゃ良かったな」


首に手を当て口をへの字に曲げるフリードリヒに「フリッツもスッキリしたでしょ」とリーリエは言った。彼女の目には、体から大分白の魔力が抜けたフリードリヒが映っていた。


「ああ、そうだな。冷気で頭が冴えたかもしれん」


リーリエの意図にも気づかないフリードリヒに彼女はふふっと笑った。


「お前も霜柱くらいなら、そろそろ自分で出来るんじゃないか?」


フリードリヒが意地悪そうに笑う。

リーリエがこっそり「魔法」の練習をしているのを知っているのだ。


「見たいの?」

「見たいね。久しぶりにその力を見せるのだ、大魔法使いリーリエ・スヴァルトハイムよ」


フリードリヒの煽りに、苦い顔をして、リーリエは手をかざした。

深呼吸し、意識を集中する。

そして小さい声で唱える。


「霜、霜」


ズシンと大きな音がして、リーリエとフリードリヒの間に真っ白で歪な氷塊が落ちた。


リーリエとほぼ同じ大きさの、不格好で細かい気泡が入った氷の塊だ。


「あはは、上手くなったじゃないか。こんな小さな氷に出来るなんてな」


バカにしたように笑うフリードリヒにリーリエは「ああ、もう」と顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

リーリエは繊細な魔力操作が必要な魔法が得意ではなかった。それもあって、ただ魔力を吹き込めば発動する魔法陣を愛した。


「そうですね。陛下を赤い粉にせずに済みました」


リーリエの一言にフリードリヒの笑いが止んだ。


戦時下でリーリエが魔法調整出来ずに龍を粉々にし、さらに山を穿ったのは、今も記憶に新しい。


「そうだな、うん。上手くなったものだ」


フリードリヒは神妙な顔をした。

龍を言葉通り「赤い粉」にしたせいで、物騒な隠語として騎士の間で使われているのだ。

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