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「大変」


すぐに踵を返すと、リーリエは人をかき分け、顔を真っ青にしてフリードリヒの手を引いた。

騎士が動く。

フリードリヒが手で制す。

民衆がざわりとする。


「乗せて」

「は、」

「馬車、乗せて」


急に顔を寄せてくるリーリエにフリードリヒは咄嗟に手で顔を隠した。


「お前、この状況で無理だろ。町娘は乗せられない」


フリードリヒに言われ、リーリエは自分の姿を省みる。

平民の少女のような素っ気ないワンピースに深い紺色のケープ。いつもの威厳たっぷりの魔法塔のローブではない。

いつの間にか風の音が聞こえるほど静まり返っていた。

平民の女が急に王に触れたから民衆は驚き、固唾をのんで見守っていた。


「大丈夫よ、ほら」


不遜な顔をすると、リーリエはバッとケープを脱いだ。

こぼれ落ちるようになびく長い銀色の髪が、陽の光を浴びて美しく艷めく。

海のような煌めく瞳が民衆の目を釘付けにする。

まるで妖精のような軽やかさでリーリエは笑い、辺りを見回した。

この時初めて、彼らはフリードリヒが声をかけていた町娘の正体を知った。


「リーリエ様だぁ!!」


途端に歓声が上がる。戦争終結と建国の立役者であるリーリエはフリードリヒと同じように王都で人気がある。


「魔法使い様!」

「公爵様ぁ!」

「妖精公爵万歳!!」


リーリエは笑顔で手を振り、腰にとめたブックホルダーから魔導書を取り出すと、民衆は色めき立った。

期待にしんと静まる中、ページを捲る音が響く。

お目当てのページを探し当て、リーリエは黒い魔力を注ぐ。

魔導書から光の粒がいくつも弾け、蝶の形を成して飛び上がる。

皆が息を飲んで空を見上げると、それは花火のように大きく弾け、火花は花びらに代わり、花吹雪のように舞散った。

わっと歓声が上がる。


リーリエは手を振って民衆に応え、フリードリヒに向き直る。

誰かの声が耳に入る。


「陛下は公爵様を迎えにいらしたんだな」

「後見人だと新聞に載ってたよ」

「本当に仲がよろしいんだな」


王が不用意に市井に降りた事に、奇しくも理由が出来た。


「乗せて」

不敵に笑うリーリエ。


平民の女を物色するために街に降りた若い王から、傘下の貴族を気遣いつつ市井に顔を出した優しい王にしてやったのだ。

「借りを返せ」とリーリエの顔に書いてある。

フリードリヒは渋い顔をして手を差し出す。


「覚えていろよ」


悔し紛れにリーリエに耳打ちする。

彼女はそれには応えず、馬車の中にいたビアンカに声をかける。


「ご機嫌よう、聖女様。陛下のご厚情を賜わりましたが、ご一緒してもよろしいでしょうか」


馬車の中は白い魔力で満ちている。リーリエはフリードリヒの魔力量に納得する。

扇子を広げ、口元を隠すビアンカ。


「あら、公爵様ご機嫌よう。陛下がお決めになったのでしょう?それを私にも聞くなんて、おかしな方ね」


そう話す間もビアンカからは波のように白い魔力が溢れ出し、街に流れ込んでいた。

それはリーリエの体にも染み込んで心がふわりと軽くなる。


リーリエは温かさにまどろみつつ、ビアンカのいつもの絶妙な言い回しに鼻白んだ。


「早く乗れ」


待ちきれずフリードリヒはリーリエの手を取る。


リーリエは急に掴まれた手にビクリと体を震わせたが、ハッとしてノクスと一緒に馬車に乗る。


「まて、そいつは・・・・・・」


フリードリヒの制する手が止まる。

ノクスはぐったりして顔が赤い。

こいつのためだったのか。

フリードリヒは平静を装ったが口の端がひくりと動いた。


「ありがとうリューン陛下。頼りになるね」


ビアンカの向かいに乗り込んだリーリエは、救われたように笑った。

そんな笑顔に毒気を抜かれ、フリードリヒは馬車に乗り込み「行け」とだけ言った。

ビアンカは呆れた顔でフリードリヒを見た。

ビアンカの隣にどさりと座り、フリードリヒは冷たい金の瞳でノクスを見た。

心配するリーリエに支えれながら座る、赤い顔をしたノクス。

彼は熱で潤んだ瞳をふせ、リーリエの肩に頭を乗せた。

自分がリーリエを守るはずだったのに。不甲斐なくて、でも自分のために動いてくれたリーリエが愛しくて。ノクスは、すり、と頭を動かした。

ふと、目を開けると、怖い顔の王と目が合った。

しかし緊張したのは一瞬で。頭を撫でてくるリーリエの手に気が緩んで、心地良さと居心地の悪さが波のように押し寄せるのを感じた。

熱で頭が上手く回らない。

ノクスは熱いまぶたを閉じた。

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