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恥ずかしいのか、所在なさげに視線をさ迷わせていたリーリエの足が、大通りを出たところで止まった。

彼女の青い瞳が、不意に鋭さを帯びる。


「……リリ?」


「あれ、凄いわね。絶対聖女様だわ」


周りを見るが、聖女らしき高貴な姿は見当たらない。

ノクスには見えない、世界を覆うような白い魔力。

それが、大通りの向こう側から、朝日が昇る如く伸びてくる。あちらには大聖堂がある。きっとそこからの帰り道なのだろうとリーリエは推察した。


「――聖女様だ!」


「ビアンカ様がお通りになるぞ!」


民衆の歓声が、波のように広がる。

通りの向こうから、白金の装飾が施された豪華な馬車が進んでくる。

その周囲には、白く輝く騎士団。

そして馬車の窓からは、亜麻色の髪をなびかせた聖女ビアンカが、慈愛に満ちた笑みを振りまいていた。

ビアンカの身体からは、魔力の少ない者にすら視認できるほどの「白い魔力」が溢れ続け、人々の心を癒やし、熱狂させていく。


だがリーリエの目には、周囲の熱とは別の、好奇心という名の光がともる。

リーリエはあまりビアンカに会う機会がない。またとないチャンスに、リーリエはこれ見よがしにビアンカや周囲の魔力を観察した。

(ビアンカの魔力って、体内の黒い魔力を押し出してまで入ってこないんだ。あ、あの騎士黒い魔力ほぼないから白い魔力滅茶苦茶入ってる。気分良さそうな顔してる。話聞きたいなぁ)

そんな考えが頭を過ぎる。


「リ、リーリエぼんやりしてると危ないよ」


リーリエが人の波に飲まれないようにノクスが後ろから抱きしめてくれる。


「ありがとうノクス。聖女様から白い魔力が溢れて凄く美しいのよ。見せてあげられないのが残念だわ」


そう言いながらもリーリエはビアンカを目で追う。その様子にノクスはため息を吐いた。


そして――リーリエはビクリと震えた。

目の前を通る馬車の中、ビアンカの向かいに座る男と目が合った。

フリードリヒ。

黄金の瞳が、人混みの中に潜むリーリエを正確に射抜いた。

驚いたように目をみはる王の唇が、音もなく動く。


(リリ)


リーリエの背筋に、氷の刃を押し当てられたような戦慄が走った。

フリードリヒの金の瞳に妖しい光が宿る。

獲物を見つけたような彼の様子に身に覚えはなく、リーリエは肩を竦めた。


「え、何?こわ」


瞬間、王が手を挙げた。


「止まれ」


王の一声で、行進がピタリと止まる。

騒然とする民衆の中で、フリードリヒが馬を降りる。

突然馬車から降りたつフリードリヒ王の威厳に場はのまれ、皆呆然と立ち尽くす。一歩、二歩と歩を進めると人並みが割れ、王はゆっくりと二人のもとへ歩み寄ってきた。

王が市に顔を出したのは初めての事だ。みな色めきたち、しかし近寄ることはない。騎士達が険しい顔をして控えているのだ。

リーリエは自分目掛けて鷹揚に歩いてくるフリードリヒに戸惑いながらも誇らしい気持ちでいっぱいになった。

彼は口は悪いが元々気さくで面倒見がよく、雰囲気が柔らかい。それを、フリードリヒが計画し、リーリエや側近たちが補佐して威厳のある王を作りあげたのだ。

新興国の王と侮られぬように。この国を、何人も侵すことがないように。


「……お忍びか、リーリエ。そんな格好でいると本当に町娘のようだな」


居丈高に話しかけるフリードリヒ。公の王を、リーリエは久しぶりに見た。随分とイメージを作りこんだものだと感心する。


「国王陛下にご挨拶申し上げます」


リーリエは付け焼き刃の挨拶とカーテシーをした。

気安さの欠けらも無いリーリエの態度にフリードリヒは苛立ち首をかしげた。


「公爵ならばもっと気を使え。服も、男も」


フリッツの声は低く、周囲の熱狂を一瞬で凍りつかせた。


リーリエは前に出ようとするノクスを制し、彼を庇うように腕を広げる。フリードリヒの苛立ちの理由は分からないが、八つ当たりも大概にして欲しい。


「……陛下。今日は非番でございます。誰とどこへ行こうと、自由でございましょう」


「自由、か」


フリードリヒは鼻で笑い、ノクスを一瞥した。非番の日などあれば、リーリエはいつも王城に顔を出していたものだが。その時間を渡り人との時間に費やしている彼女に、心とは裏腹な笑顔を見せてフリードリヒは言う。


「その男が、お前の『自由』か? 魔力も持たぬ、どこの馬の骨とも知れぬ渡り人が」


フリードリヒの手が、リーリエの顎を強引に掬い上げる。

顔が近い。頬が染まる。


「フ、」


思わずフリッツと呼びそうになり、すんでのところでこらえる。

公の場で町娘に愛称を呼ばれるのは、せっかく作り上げた王の威厳を損ねかねない。

息遣いまで伝わる距離に周囲からは黄色い声が飛ぶ。

リーリエは力任せな王の手を払い除けることが出来ない。

そのかわり、彼から目を逸らさなかった。

そして気づく。

彼の中の白い魔力の異常な密度に。

ビアンカの白い魔力を浴びているにしても体内に取り込みすぎだ。

これで正気でいられるとは、さすが氷の王フリードリヒ・リューン。見上げたものだとリーリエは感心した。

・・・・・・いやまて、正気の人間が人の顎を掴むか?


「おい、聞いているのか」


苛立つフリードリヒがリーリエの肩を掴もうとしたその時、


「リリ」


ノクスに愛称を呼ばれ、リーリエは後ろから抱きすくめられた。


「ノクス」


フリードリヒの手からすり抜けたリーリエは、よろけてノクスに寄りかかった。背中に感じる彼の温かさが心強くて安心する。王の目に映る自分は平気な顔をしていたと思ったが、強ばっていたのだ。

リーリエをもぎ取られた驚きと怒りに目を見開くフリードリヒに、ノクスは周囲に聞こえるよう、わざと声を張る。


「そうです。魔力もない、何処の馬の骨とも分からぬ男と二人で歩いても大丈夫な程!王都は今日も平和でございます!!」


言葉尻を強く「そうだろう!?」と熱を帯びて辺りを見渡すと、応えるように歓声が上がった。

リーリエがすかさず「国王陛下万歳!」と叫ぶ。周りが乗って「エルディフィア万歳!」と返す。


「エルディフィア万歳!」


「国王陛下万歳!」


「聖女様万歳!!」


「リューン陛下に幸あれ!」


口々に祝いの言葉が登り、花や紙吹雪が舞う。

さながらパレードの様相を呈し、仕方なしに王は手を振り応えた。

フリードリヒの視線から外れた隙に、リーリエはノクスを連れて人混みにまぎれる。あの酔っぱらいには付き合っていられない。


「今のうちに行こ」


声が群衆の騒ぎにかき消されないようにノクスの耳に顔を近づけた瞬間、リーリエは異変に気づいた

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