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寝室シーンです。
色っぽいことはしていませんが、苦手な方すみません。
夜の灯火が揺らめく寝室。
深紅のカーテンは風もないのに微かに揺れ、
天蓋に落ちる影がふたりの肌にゆらりと流れていた。
熱を分け合った直後の空気は甘く、
シーツには互いの匂いがまだ残っている。
だが、抱き合った腕の温もりが消えた瞬間、
ふたりの心はまるで別々の方向へ転げ落ちていた。
フリードリヒは寝台の上で上体を起こし、
長い吐息をひとつこぼした。
ビアンカの白い肩が視界の端に見える。
艶やかな曲線、眠りを誘うような甘い香り。
それらを嫌いだったことは一度もない。
特にあの体から溢れる濃度の高い魔力。触れればその魔力は肌からフリードリヒに染み入って意識が溶けそうなほど気持ちが良かった。
魔力が満ちた今の状態なら、あのリーリエにだって引けを取らないと思えるほどの万能感があった。
フリードリヒは眉を寄せた。
そう、こんな時にも思い出す。
──魔法塔。
──フリードリヒを青い瞳で追う少女。
リーリエ・スヴァルトハイム
自分を慕い、
自分の仕草ひとつに一喜一憂し、
言葉ひとつで目を潤ませる。
あの戦場を蹂躙する大魔法使いが、
自分の前では薄い唇を震わせ、なんでもないように健気に笑う。
相棒。自分ではそう思っていたが。
「……あの顔は、もう俺だけのものじゃないのか」
思わず漏らした呟きに、
隣で横たわるビアンカが目を開けた。
彼女のぽってりとした唇が歪む。
「……リーリエ様のこと、考えてるの?」
フリードリヒは答えない。
だが沈黙こそが答えだった。
ビアンカはゆっくりと身を起こし、
肩にかかる亜麻色の髪を払いながら彼を見つめた。
その琥珀色の瞳は、残酷に冷えていた。
「……陛下にも、手に入れられないものがおありなのね」
低く、蜂蜜のように甘くとろりとした声。
「違う、そういうのではない」
フリードリヒは吐き捨てるように言った。
だが、その続きが本音を晒す。
「ただ……気に入らないだけだ」
フリードリヒはリーリエの気持ちを知っていたが、彼女を愛してはいなかった。七つも下の娘だ。しかもリーリエと出会ったのは彼女が十の時だ。今さらビアンカにしているようには愛せない。リーリエは、どこまで行っても彼の相棒だった。
だが自分を慕っている女が、よそ見をしているのは気に入らなかった。
相棒が自分以外に興味を持つなどあってはならない。
「……あの渡り人のせいだ」
ノクス・ファルネ。
聖女と共に渡ってきた、黒髪の男。
フリードリヒは奥歯を噛んだ。
「何が気に入らないの? 」
ビアンカが微笑む。
鋭く、痛みを孕んだ笑み。
ビアンカの白い魔力が、触れた肌からフリードリヒに染み入る。
フリードリヒは眉をひそめた。酒でも煽った時のように、言うつもりもなかった事が口から零れる。
「・・・・・・あれに触るから」
その言葉に、ビアンカの紅が落ちた唇が意地悪く歪む。
影が落ちた瞳は深く、
心の底に燃える黒い炎が揺らめいていた。
「彼女はまるであなたの玩具……ね」
「ふん、不敬な聖女だ」
フリードリヒはビアンカの肩を優しく押した。
ビアンカは笑いながら、
寝台の上でゆっくりとフリードリヒを抱き寄せた。
胸元に手を置き、その鼓動を爪でなぞる。
「じゃあノクス・ファルネ様は……誰の玩具なのかしら」
フリードリヒの瞳が細くなる。
「……欲しいのか?」
「彼、私の唇に触れても、抱き寄せても……瞳は冷たいのです」
甘く囁く声。
だが滲む感情は甘くない。
「沈んだ目で私を見て……それで、心はあの娘の方へ向いてる」
彼女はリーリエの名を出さず「あの娘」と呼んだ。
その呼び方の裏にある侮蔑と嫉妬の蠢きは、ほとんど憎悪に近い。
フリードリヒは片眉を上げた。
「……お前も嫉妬してるのか」
ビアンカは肩を震わせるように笑う。
「そうなのかしら。私を欲しがらない人がいるなんて珍しくて」
指先がフリードリヒの胸に沈む。
爪が皮膚に触れ、浅く傷をつける。
「なのに、あの娘にはあんな……もの欲しそうな顔をするのよ」
あの表情を引き出すのはいつだってビアンカだった。
誰も彼もが聖女である自分に跪いて求めてきたのだ。
それが、何故ノクスは白い目で自分を見たのか。
手を引けばあっさり付いてくるくせに、あんな小娘に熱っぽい視線を送ったりして。
ビアンカの美しい顔の奥で蠢いている感情を、フリードリヒは知る由もない。
フリードリヒはビアンカの顎に指を添えた。
「……俺のものを盗ろうとするのが、気に入らない」
ビアンカはその腕に手を絡める。
「貴方も、あの娘の話ばかりね」
「そうだったか?じゃあこの話はもう、なしにしよう」
同じ色の嫉妬が、その奥で濁っていた。
夜気が濃くなり、
灯火の揺らぎが激しくなる。
嫉妬の炎に照らされる寝室で、
フリードリヒとビアンカは静かに笑い合った。
その笑みはどちらも、
愛ではなく、
所有欲と独占欲が歪んだ形で結ばれたものだった。




