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フリッツが咳払いをし、表情を改めた。
「ところで……リリ。相談だが、王国を守るために、お前の力が必要なんだ。
この国は魔力が少ないだろう。実りが薄いこの土地を何とかせねばならない。
『聖者』を、この国に喚べないだろうか」
やっと本題に入ったとリーリエは気持ちを切り替える。
召喚の要請。
それは、王国の未来を左右する事だった。
召喚魔法は召喚陣という魔法陣が必要だ。
この国に今召喚陣を扱える者は、知識、技術の面からリーリエしかいなかった。
大役に、リーリエは知らず拳を握っていた。
フリッツが言う魔力とは白い魔力の事に他ならなかった。
火を使えば煤や灰が出るように、白い魔力を使えば黒い魔力が溜まるのだ。それを皆は知らない。
皆視認出来る白い魔力を使って魔法を展開する。その後があることなど、誰も知らないのだ。
魔法使いも大量動員された戦場であったこの辺り一帯は、黒い魔力が溜まっていて白い魔力が希薄だった。
「やらせて。やりたい」
力強い眼差しを受け、フリッツは破顔する
「そうか!やってくれるか!魔法陣といえばリーリエ・スヴァルトハイムだものな!」
そう。多くの魔法使いは杖や魔石を使って詠唱による魔法を得意とするのに対して、リーリエは魔法陣を多用した。
単純に魔法陣が好きだったのもあるが、黒い魔力は魔法陣を通す事でしか運用できなかったから。
いつも見えている、この黒くて皆に知られもしないこの魔力たちを使ってあげたくて、彼女は魔法陣を沢山構築してきた。
魔法陣を使わない、他の魔法使いが使う魔法が不得意という理由も、大いにあったが。
「フリッツ、他に召喚陣を作れる魔法使いにアテなんてないでしょ」
しょうがないから受けてあげる。恩着せがましく言おうとした矢先、フリッツはリーリエの頭をワシワシと撫でた。
「何人いてもお前に頼むよ。リリの腕を買っているんだ、知っているだろう?」
「やめて、もう。髪からまる」
リーリエは髪を乱されるのは本当に嫌だったが、信頼されて悪い気はしなかった。
彼女は他の追随を許さないほどの魔力量を以て魔法陣を用い、さらに白黒両方の魔力を巧みに使いこなす事で、建国の功労者となったのだ。彼は白い魔力しか見えないけれど、功績を認められている。リーリエはそれだけで良かったのだ。
「頼むぞ!」
フリッツが煌めいて見えるのは天井から降り注ぐ陽の光のためだけではなかった。
リーリエはフリッツが差し伸べた手を取る。大きくて力強くて、暖かい手。
戦場で何度も取ったこの手を、こんな穏やかな場所で感じることが出来るのが嬉しかった。
彼の手の心地良さを感じながら、リーリエの瞳にも熱が宿る。
この召喚は、フリードリヒも知らない、リーリエだけの望みを叶えてくれるかもしれなかった。
白だけじゃない、黒の魔力も見える聖者を喚ぼう。
聖者なら、黒を減らして白を増やす術をもっているかもしれない。
そうすればより効果があるはずだから。
それに、とリーリエは思う。
その人はきっと私と同じ景色を見てくれる。
黒の魔力を見る力はリーリエの功績に大いに寄与したが、昏く陰っていく大気の中孤独に苛まれる原因でもあった。
その意味ではフリードリヒの軽口は的を得ていた。正しくリーリエは寂しがり屋でロマンチストで魔法陣オタクの公爵だった。
世界を救うのだ。一石二鳥だ。
リーリエは心の中で、自分の我を通す大義名分を得た。
「……準備には時間が必要です。待てますか」
「ああ!ありがとう、リリ。本当に……頼りにしている」
フリッツは微笑んで、すっと彼女の手離し、「じゃあな」とそのまま部屋を出た。
後に残されたリーリエの心に隙間風が吹いた気がした。
頼りにされるのは良い。けれどそれ以外では会いにも来ない。
リーリエはため息を着く。
相手にされていない事は知っていた。都合よく使われていることも。
それでもいいと心が言う。
会いたいから。
でも、いい加減離れなければとも思う。
作戦会議などない平和な今は、毎日顔を合わせる必要がない。かといって公爵となった身では全く王と会わない訳にもいかず。
特に、今みたいにひょっこり来られると、悲しいかな嬉しくなってしまうのだ。
今でも気安く接してくる彼に気持ちが揺れて答えが出ない。
「あ、またお礼言いそびれた」
つぶやきはすぐに本にかき消されてしまう。魔法陣にそういうルールも入っていたのだ。
『魔法塔を私に作ってくれて、ありがとう』
二人きりの時に言いたいのに、なかなかその時は来ない。
資料室の魔法陣が完成したから、明日はきっと、大した用もないのにリーリエは登城するだろう。
その時、二人きりになれたら。
フリードリヒと二人きりの、彼の執務室を思う。やっぱりダメだ、変に緊張してしまう。
こんな気持ち、私だけなのに。
「なんか癪だわ。釣書全部持って行ってやろう」
くだらない、モテ自慢をしてやろうじゃないか。




