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王になってもなお、彼は彼女を昔と同じように呼び、昔と同じように接してくる。無礼な言葉遣いでも気にしない、気安い距離。
それが、リーリエは時に苦しかった。
この距離は戦友の距離。
リーリエの焦がれる甘い距離にはなり得ないのだ。
「そういえば、まだ求婚の話がきているそうだな」
笑いが収まる頃にフリッツが言うと、リーリエは肩を揺らした。
公爵となってから、リーリエの元にはこの手の話がうんざりするほど舞い込んでいた。
「しつこい人が何人もいるのです」
渋い顔をして彼らのことを思い出す。名前しか知らない彼らのことを。
「そうか、リリがモテて残念だ。行き遅れたら貰ってやるつもりだったが」
いつも聞かされるこの冗談にリーリエの胸は律儀に騒ぐ。
「側妃も愛妾もお断りですけど」
何とか言い返すお決まりの 言葉もフリッツに一笑にふされる。
「戦場を何年も連れ回した償いだよ」
償いじゃなくて戯れでしょ。
心で留めてリーリエは乾いた笑いを漏らす。たまには話を続けて彼を困らせてやろう。リーリエは顎を少しばかりあげてすました顔をした。
「せっかく私のために家まで興して貰ったのに、あなたに嫁いでしまったら無くなってしまいますね」
「そうだな、面目が立たないな。私に」
すぐに返されリーリエは閉口した。
元々隣国の伯爵令嬢だったリーリエだが、フリードリヒの思想のために公爵位を賜ったのだ。
隣国では貴族の令嬢が魔法を使い、あまつさえ戦場に出るなど考えられない話だった。
フリードリヒはエルディフィア王国でその常識を変えるつもりなのだ。
スヴァルトハイム公爵家の当主、リーリエという15歳の魔法使いの少女をその旗頭として。
それを早々に潰してしまっては面目が立たないだけではすまない。
「お前の双子の弟でも呼び寄せて継がせるか」
フリードリヒはリーリエの実家にいる三男に思いを馳せた。
リーリエが戦場に出た時、彼女も双子の弟もまだ十歳だった。五年で彼も随分成長した事だろう。
「ご安心ください。大半は婿入りの釣書ですから」
リーリエは急に冷たい声を出す。
フリードリヒはその言葉に固まった。
そう、フリードリヒの目論見は、他の問題をリーリエに丸投げする形で成り立っているのだ。
釣書の多くは家を継げない侯爵や伯爵の次男や三男だ。
リーリエと結婚し、まだ未成年のリーリエではなく夫となる自分が公爵家当主となり、後見の陛下とも懇意に出来る。あわよくば魔法塔すら手中に、などと夢が膨らむ。
リーリエは市場を賑わせている目玉商品と化したのだ。
リーリエが行くと騒ぎになるので、盾役のフリードリヒが出ない餐会などは控えている状態だ。
未成年なので行っても大人と社交はしないが。
「餐会では露払いしてやってるだろ。あれで大分選別出来たと思ったが」
「そうですね。おかげで令嬢も寄ってきませんけど」
新しい土地で友人と呼べる令嬢一人いないリーリエは肩身が狭い。
地位も名誉も経済力もあるリーリエは、そんなものはひとつも持ち合わせていないような儚げな優しい顔立ちで女性でさえ庇護欲をそそられるような華奢な体をしている。
しかしリーリエの見た目に騙されて令嬢が寄って来ることは無い。貴族令息が息巻いて怖いし、その間に入ってくる陛下も怖いからだ。
「令嬢避けに私をエスコートするの、いい加減やめて欲しいです」
ピシャリと言うリーリエにフリードリヒのまゆは情けなく垂れ下がった。
露払いの役目はリーリエだって負わされているのだ。
リーリエが目玉商品なら彼はプレミアム商品だ。他国の王女オリアナ様と婚約しているが、側妃狙いの令嬢も多い。
リーリエはちらりとフリードリヒを見る。
白金の髪は緩やかに陽の光を受け止め、金の瞳は眩くて凛々しい。スッキリした鼻梁に甘い唇。戦場を駆け抜けた体躯が品の良い顔立ちを精悍な印象に変えている。
愛妾でも良いと縋る令嬢もいるとか。
リーリエがエスコートされた時には見たことがないのでなんとも言えないが。
「で、では餐会の時のように、釣書も私を通そう」
爵位を彼女に無理やり与えたフリードリヒは目を泳がせた。
慌てる姿も可愛い。
リーリエは顔に出ないように眉間に皺を寄せた。フリードリヒはその顔を見て付け足した。
「悪い虫がつかないようにしてやるから、そんな顔するな」
フリードリヒはリーリエに寄り、頭をぽんと撫でた。大きな彼の手が暖かくて、リーリエは目を閉じた。
こんな色男が自分に群がる虫を眺めるのかと、リーリエはしたことも無い舌打ちをしそうになる。
「懇意になりたい家門がおありですか?」
引き合わせてあげましょうか?私の婚約者にして。
言外に鋭い刃を光らせてみる。
「いや、そうでは・・・」
フリードリヒはリーリエから手を離した。そして逡巡して言った。
「そうだな。結婚は、リリの好きにすればいい」
リーリエは未成年なので書面上の後見人はフリードリヒが担っていた。
つまり、リーリエの結婚相手はフリードリヒの許可がいるということだ。
その事実に心を痛めているのにフリードリヒは追い打ちをかけてくる。リーリエの眼光が鋭くなる。
「い、一筆書いてもいい」
ついに降参と手を挙げるフリードリヒ。
リーリエは口から乾いた笑いが出た。
「はは、良いですね。明日ください」
リーリエは泣きたくなった。
どうしてあなたは……私をどう思ってそんな話をするのか。
リーリエは喉元まで込み上げてきた言葉を押し殺す。
彼にとって自分は、大切な友であり、信頼する魔法使いであり——それ以上になることはない。
七つも歳が離れているのだ。後見人をしていることもあり、妹みたいなものという事も有り得る。
うわぁ、言いそう・・・。
リーリエが自分で思い至って傷ついた顔をした。




