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エルディフィア王国の魔法塔は、王城の隣のにありながら、存在感を示すようにひときわ高くそびえていた。

昨日入所したての魔法使いたちが、もう出仕している。

研修期間が終われば、実験、実践、鍛錬と、勉強会。

魔法塔は魔法の研究と鍛錬の塔だ。

その最上階、天空資料室に彼女はいた。

天井の、白い魔法陣が描かれたガラスから柔らかな光が降り注ぐ場所に、ひとりの少女がうずくまっている。

彼女の長い銀の髪に、陽射しがキラキラと反射する様は朝の海のように美しい。


リーリエ・スヴァルトハイム。

建てられたばかりのこの魔法塔の管理者にして、この国の英雄の一人である。


硬質な静寂のなか、リーリエは手に持った特殊な羽根ペンの先を床に向けた。

青白い光を放つ精緻な魔法陣が、彼女の足元に広がっていく。


ひと筆ごとに、魔法陣は呼吸するように脈打ち、光を強め、やがて塔全体を震わせる。

それは彼女にしか描けない陣。白と黒の魔法陣。

この国で今、黒の魔力が視えるのは彼女だけなのだ。


羽根ペンが最後の一筆を描き切り、カリッと音を立ててペン先が床から離れると、光は魔法陣に吸い込まれるように消え、あたりは静寂に包まれた。


「……これで、よし」


リーリエが半年かけて構築した、天空資料室を守る魔法陣が完成した。

ここにはリーリエが持っている魔導書の技術を応用した魔法陣を編み込んである。


資料が汚れないように。

資料室が煩くならないように。

資料が無くならないように。


達成感に温かい溜息をつき、天井を仰ぐ。

ドーム状の天井はガラス張りで、魔法陣によって光が柔らかく注ぎ込む。

魔法陣の設計案を記した書類に目を落としながら、心は彼の人を思う。


ここに彼が来てくれたら。

そう思うと胸が高まる。

外に出せない本を読みに長い階段を登って、少し汗ばんだ顔で、私を見つけて笑う。

リーリエは彼の顔を思い浮かべて笑った。

妄想なのだから、思いっきりめかしこませよう。

真っ白い、婚礼衣装であの白金の髪もビシッと。いや、階段を駆け上がるのだから少し乱れて、私を見つけて「リリ、こんな所にいたのか」なんて―――


「リリ、こんな所にいたのか?」


リーリエは飛び上がった。

心臓が早鐘のようになったまま振り返ると、きちんと整えられた白金の髪と、壮麗な金の瞳を持つ青年が立っていた。

婚礼衣装ではなかった。


フリードリヒ・リューン。

エルディフィア建国の王。

だが、リーリエが呼ぶ名は気安いものだ。


「……フリッツ。塔が開いたのに、資料室が使えないままではいけないから。何の用です?陛下業は忙しいのでは?」


リーリエは床に座り込んだままフリードリヒを横目でちらりと見た。

彼とは共に建国に身を捧げた同志だ。そのリーリエに会いに、彼はわざわざ階段を登って最上階まで来たのだ。

なにか重要な案件を持ってきたとリーリエは踏んだ。

それに、王の佇まいが様になってきて格好いいとも思った。


「忙しいさ。しかしスヴァルトハイム公がここに籠もっていると思えば……登って来るしかないだろ」


しかし階段は少々キツかったなとフリードリヒは力なく笑った。

その額に薄く滲む汗の煌めきは、リーリエの心臓を突くのに十分だった。

鼓動の乱れを悟られないように咳払いをし、リーリエは立ち上がった。


「塔の式に来てくれてありがとう。貴賓挨拶、素敵でした。ちゃんと理想的な、強くて聡くて民を導く良い王に見えましたよ」


薄い唇から、少々棒読みな美辞麗句が飛ぶ。

それをフリードリヒは賛辞と取ったか挑発と取ったか。


「・・・・・・リリも、塔の主としての威厳たっぷりだったじゃないか。名実ともに立派な大魔法使いであるし。スヴァルトハイム公の名に恥じぬ風格まで備わってきたんじゃないか?」


棚に収められた本の背表紙を指でなぞりながら美辞麗句を並べていたフリードリヒが堪えられず「ただ・・・あれは良くない」と続ける。


「『ならば、その力を世界のために使え』?」


どこぞの貴族がするように、本棚のヘリを神経質そうに爪で叩いてフリードリヒはリーリエの方を向き直る。


「リリ、私はそんな格好つけて言った覚えはないぞ」


フリードリヒは片眉をついと上げ、呆れた顔でリーリエを見る。彼女は机に軽く寄りかかってフリードリヒを流し見た。


「奇遇ですね。私も『私、国を興したら、魔法の研究を思いきりしてみたいの』なんて。あんな夢見る少女みたいな言い回し、していません」


お互い数瞬睨み合う。


「それは私に言っているのか?寂しがり屋のロマンチスト魔法陣オタク公爵よ」

「そうです。人使いの荒い自分大好き見栄っ張り陛下に申し上げております」

「見栄っ張り・・・だと」


お互い眉根を寄せて睨み合う。

が、ついに堪えきれずお互い破顔した。

フリードリヒは諸手をあげた。


「ははっ。私の負けだ。見栄っ張りだと。ははは。私にそんな事を言う女はお前くらいだ、リリ」


「ふ、ふふっ。お気に召したなら何度でも言ってさしあげますよ。この、あはは、なんですって?魔法陣オタク?酷い。あははっ」


「その通りであろうが!あはは……っ」


大口を開けて笑ったフリードリヒが、急に苦悶の表情で耳を抑えた。


「な、なんだ?自分の声が響いて……」


「そうでした。資料室が完成したので制約に触れぬようお気をつけください」


「制約……?」


耳を触りながら得意げなリーリエを不思議な生き物みたいに見るフリードリヒ。


「そうです。大きな声を出したので、フリッツだけに声が響くようになったのです」


得意げに細い指を立ててフリードリヒの金の目を真っ直ぐ見返す魔法陣オタクに、彼はうんざりしたように言った。


「資料室では静かに。という事だな」


リーリエはにっこり笑った。


「マナーを守れば制約には触れませんよ」

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