第81話 三人一組(2)
三人はそれぞれ飲み物を注文して、席に着いた。どうやら二人とも、自分から何かをする性格ではなさそうだった。この班をまとめるには、ヒジェがいちばん向いていた。
「ええと……まず、僕は室内建築学科一年のウ・ヒジェです」
ヒジェが自己紹介をすると、二人も口を開こうとした。どちらが先に言うか目で相談しているようだったので、男子学生に先を促した。
「アノ(※ギョンホは韓国語で話しながら、ときどき日本語を交ぜてしまう)……いや、僕は映像デザイン科一年のキム・ギョンホです」
「はい。私はファッションデザイン科一年のユ・ジウォンです」
ようやく自己紹介が終わった。先行きが心配だったが、かえって自分の好きに進められそうで、悪くもなかった。
「じゃあ、みんな二十歳……ですか?」
二人はうなずいた。ヒジェは人のよさそうな笑顔で言った。
「じゃあ、敬語はやめようよ。みんな同い年の一年なんだし」
これだけの提案にも、二人はためらっていた。そろそろ、もどかしくなってきた。
「はい……その、慣れたら……」
言いよどむ様子から、すぐには無理そうだった。こんなときは、勢いでこちらから砕けた話し方をすれば、自然とそうなるだろうと思った。
「さっき教授が言ってた資料、持ってる?」
ギョンホは眼鏡をすっと直し、鞄を開けた。黒いリュックには何がそんなに入っているのか、長いこと中を探っていた。やがて取り出したアクリル製のファイルには、美少女キャラクターが気恥ずかしくなるようなポーズで描かれていた。初めて見る代物に、ヒジェは一瞬言葉を失った。
「あ、これ、魔法少女……」
ジウォンの言葉に、ギョンホがもう一度眼鏡を直した。
「ご存じでしたか」
グループ課題も、すんなりとはいかなさそうな予感が強くした。
打ち合わせは遅々としていたが、どうにか進んだ。
「それなら、コメディーよりはホラーの芝居か、いっそミュージカルのほうがよさそうでござ……だな」
ギョンホの話し方には、どこか妙なところがあった。それでも敬語がなくなると、ずっと話しやすくなった。
「私もそう思います……じゃなくて、思う。二つ目の課題が映画ということは、教授の意図としては、舞台と映画の演出の違いという部分もあると思うんです……じゃなくて、あると思う」
ジウォンは丁寧な言い方をしては、言い直していた。まだ慣れないようだった。ヒジェは腕を組んで二人の話を聞き、ときどき議事録でも取るように、白い紙に何かを書きつけた。特に何かをしているわけではなかったが、腕を組んでうなずいているだけで、班長になったようだった。
――リーダーは、このくらいやればいいだろ。
二人の話を聞いていると、ふと沈黙が訪れ、そろってヒジェを見た。やはり、自分が進行しなければならないらしかった。
「じゃあ、まず連絡先を交換しよう。それぞれ、近いうちに上演される演劇やミュージカルで、よさそうなのを選んで教えてよ。二本も観るんだから、一人一本ずつ候補を出せばいいんじゃない?」
二人はうなずいて携帯電話を取り出した。ジウォンがヒジェの出していた紙の空いたところに番号を書き、それを見たギョンホも隣に書き添えた。ヒジェは番号を確かめ、二人に電話をかけて自分の番号を知らせた。
「まずは何を観るか決めるのが先だから。いつまでに教えてもらえる?」
「あ……今日にでもすぐ調べてお知らせします。じゃなくて、知らせるね」
「うん。ギョンホは?」
「ワタ……俺も、今日か明日までなら、じゅーぶん間に合うと思うけど」
「わかった。俺もいくつか選んでみるよ。じゃあ明日また集まって、観る作品と日程を決めよう」
三人とも、ようやく表情が和らいできた。退屈だった大学生活に、張り合いができたような気がした。
「ところで……二人とも、演劇とかミュージカル、好きなの?」
鞄を片づけていたジウォンが、笑いながら話しかけた。表情が和らぐと、また違う顔を見せてくれたようだった。
「俺は観たことがない。映画なら幅広く観ておりますが」
ギョンホの答えに、ヒジェも観たことはないと言った。
「ジウォンは? よく観るの?」
ジウォンは目を三日月のように細めて答えた。
「もともと演劇映画科志望だったから。舞台に立ったこともあるし、観たこともたくさんあるよ」
意外な答えだった。演劇をやれる性格なのだろうかと思ったが、人を引きつける不思議な魅力のある子だった。教室で初めて見たとき、一瞬言葉が途切れたのは偶然ではなかった。視線を奪う力があった。
「へえ、本当? そう言われると、似合いそうな気もするな。演技のほうを受けたの?」
「うん……」
か細く小さな声に思えても、聞いてみるとはっきり耳に届く声だった。
「でも、何でファッションデザイン科にしたの?」
「演劇映画科で受けたところは落ちちゃって。浪人は無理そうだったし、受かったところに来たんだ」
ほかの話をしているときよりも生き生きしているジウォンの顔に、つい見入ってしまった。
「じゃあ、また明日」
三人は挨拶をして、それぞれの道へ戻っていった。ヒジェは携帯電話を取り出し、ジフンに電話をかけた。
「どこにいる?」
すぐに電話に出たジフンの声が聞こえた。
「学校。今終わった」
「いつものところで」
学校が近い二人には、決まった待ち合わせ場所があった。間にある地下鉄の駅だった。地下鉄に乗るわけでもないのに、ここにしたのは、どこで会うか言い合った末、ようやく折り合いがついた場所だからだった。ジフンが先に着いていた。二人はバスに乗り、カンナムへ向かった。
「みんなは?」
「ノンヒョンで六時半に会うって」
ジフンは席に座るなり、眠いのか目を閉じていた。
「なあ、ジソンさんは?」
「……知らねえ」
またけんかでもしたのだろうかと思う返事だった。詳しく聞く必要もないので、ヒジェも頭をもたせかけ、目を閉じた。少しして、ジフンがもう一言つけ足した。
「デヒョン、来られないって」
中学から親しかった友達に、もう一か月以上会っていなかった。一か月など大した時間ではなかったが、毎日のように会っていた友達に会えないのは、妙な気分だった。
「電話したの?」
「インスが」
それでも、変わらず集まる友達がいた。チョンウォンは高校からずっと同じ髪型で、本当に大学へ行っているのかと思うほど変わらなかった。インスとジフンは髪を伸ばし、染めたりもして、少しは大学生らしくなったが、やはり中身は同じだった。ソヒョンとジニョンもやってきて、笑って騒いだ。
「ジフン。今日はジソンさん、来ないの?」
ソヒョンがジフンに尋ねた。ヒジェもちょうど、今日はやけに疲れ切っているうえ、ジソンもいないので、気になっていたところだった。
「別れた」
突然の別れ話に、みんな食べたりしゃべったりしていた口を止めた。ソヒョンが苛立たしげにジフンを責めた。
「ほらね。そうなると思ってた。私、ジソンさん好きだったのに、どうしてくれるの!」
「連絡して会えば?」
今度はずいぶん長続きするものだと思っていた。みんな親しみを感じていただけに、ヒジェも寂しかった。インスとジュミョンが別れたときも、そうだった。自分がヒソルと別れたときも、友達はこんな気持ちだったのだろうか。ヒジェ抜きで、今もときどき会って遊んでいるようなので、大して違わなかっただろう。けれど、ジソンとは、ジフンの言うように別に連絡して会うわけにもいかなかった。
ソヒョンがジフンを問い詰め続け、ほかの連中も口を挟むうちに、酒の席は盛り上がっていった。大学を離れて友達に会うと、高校の頃の笑いを取り戻せるような気がした。あと一人、ここにいてくれたらと思った頃、携帯電話の着信音が鳴った。
うれしい名前が表示され、ヒジェはすぐに電話に出た。
「おーい、こっちに来たくて電話したのか?」
「はは。今ノンヒョンなんだけど。どこに行けばいい?」
ヒジェは驚いたが、大きく口を開けて笑った。店の名前を教え、早く来いと声を張り上げた。
「誰?」
「デヒョン、来たって!」
その言葉に、友達はジフンへの集中攻撃をやめ、みんな期待に胸を膨らませた。やがて入口の扉が開き、デヒョンが初めて見る女の子と一緒に入ってきた。
よく見ると、初めて会う子ではなかった。




