第8話 角ばったボール (2)
いつの間にか十二時近くになっていた。ひと息つこうと背筋を伸ばしたところで、電話がかかってきた。
ジフンだった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ヤンジェ川で焼酎でも飲まない?」
翌日は日曜日だった。何もなければカトリック教会へ行こうと思っていたので、少しためらった。それでも、わざわざこんな時間に自分を訪ねてくるのはなぜなのか、気になった。
「今、何時だと思ってんだよ。ここまで来るのか?」
「うん。遊ぶのに時間なんか気にしたことあったっけ。でもさ、俺、焼酎一本とお菓子一つ買う分くらいしか金ないんだよね。そっちまでのタクシー代もぎりぎりなんだ」
会おうという本人が金もないなんて、どうするつもりなのか。おかしかったが、デヒョンは答えた。
「ここまでは何とかして来いよ。帰りのタクシー代は出してやるから」
「オーケー。じゃあ、焼酎は買っとくから、紙コップだけ持ってきて!」
ジフンの家はそう遠くなかったが、タクシーでも二十分はかかる距離だった。
一時間はかかるだろうと思い、テレビをつけた。
携帯電話のボタンをかちかち押していたジユンが、不意に響いたテレビの音に怒った。
「こら! 姉ちゃん高三なんだけど。こんな時間にテレビつける?」
デヒョンは、もうずいぶん長いこと姉と同じ部屋を使っていた。
「勉強してたわけでもないのに、何怒ってんだよ」
「やってるっつーの。見りゃわかるでしょ」
どう見ても勉強しているようには見えなかったが、黙ってテレビを消してベッドに横になり、CDプレーヤーのイヤホンを耳に入れた。
鼻歌でも聞こえたら文句を言われるに決まっていた。ぼんやりしているうちに、眠ってしまいそうになった。
「おい、着いたぞ。出てこいよ!」
ジフンとの電話を切ってから、まだ三十分くらいしか経っていない気がした。それなのに、もう着いたという電話だった。
――よっぽど急いでるんだな。
デヒョンは部屋の隅のカーテンの向こうに入り、ごそごそと着替えて出かける支度をした。
「おい、こんな時間にどこ行くんだよ」
ノートに何かを書きつけていた姉が尋ねた。
「ほっとけよ。勉強でもしてろ」
家の前の路地を抜け、川沿いの道を見ると、ジフンがビニール袋を揺らしながら待っていた。
「お前もよくやるな。もう少しで寝るところだったぞ」
「おいおい、ここまで駆けつけたのに、寝られたら困るって」
他愛もない話をしながら、いつも飲んでいるベンチに腰を下ろした。焼酎の瓶を開け、紙コップに注いだ。
「お前がすごく好きな子と付き合える確率が三十パーセントで、お前を好きな子と付き合える確率が九十九パーセントだったら、どっちに『付き合おう』って言う?」
ジフンは一息に飲み干すなり、本題を切り出した。デヒョンは笑いそうになって口を覆い、呆れた目を向けた。
「いや、そんなこと聞くために、こんな夜中にわざわざ来たのか?」
とうとうこらえきれず、吹き出した。
――三十パーセントと九十九パーセントか……。ゼロじゃないってことだよな。それだけでもいいよな。
口元に苦い笑みが広がった。
少し前にジフンと交わした会話を思い出した。
――こいつ、セハが好きだったよな。でも、どうも九十九になったとは思えないし。三十なら、何かあったんだろうな……。
九十九パーセントのほうは初めて聞く話で、誰のことかもわからなかったが、大した問題ではなさそうだった。
「はは、自分の顔見てみろよ。もう答えは決めてるんじゃないのか? 三十パーセントなら、やってみる価値はあるだろ。セハに告白しろよ」
ジフンは気持ちを見抜かれたように驚いた顔をしたが、さっき現れたときから、ずっとにやけっぱなしだった。このところセハと何があったのかを、かいつまんで話してくれた。ざっと聞いた限りでは、たしかにいい雰囲気のようだった。
しばらくしゃべっていたジフンは、急に言葉に詰まったように、慎重に言葉を選びながらためらった。
「でも、実はお前に謝らなきゃいけないことがあるんだ。それで来た」
聞いているだけで力が抜けるような恋の話を、最後まで聞いてやることになるのだろうと思っていた。それが急に、声を落として深刻な顔をしている。口を固く閉じ、地面ばかり見つめていた。
――なんだよ。謝らなきゃいけないことって。
デヒョンは、たいしたことでなければ、そのまま流せる性格だった。ほかの人間にはきっぱり線を引いたが、友達には寛大だった。
「何だよ、謝ることって。なんで急に深刻になるんだ?」
「その……別に、お前に言わずに済ませようと思えば、済ませられると思う。でも、悪いことしたのは確かだし。正直に言わないと、これからお前に会うたびに思い出しそうで……だからって、自分が楽になりたいから言うってわけでもなくて。そうするのが、お前への礼儀だと思うんだ」
「前置きが長いな。わかってるよ、そんなことは」
ジフンは、わざと嘘をつかせても顔に全部出てしまう友達だった。
何かが心に引っかかれば、丁寧に向き合うべきときは丁寧に、さらりと済ませていいときはさらりと、きちんと片をつけて先へ進む。そんなところが気に入っていた。だが、今日はやけにしどろもどろで、予防線ばかり張っている。不安が押し寄せてきた。ジフンは長いことためらってから、口を開いた。
「セハに、お前が神学大学に行くこととか……好きな子のこととか、話しちゃったんだ」
デヒョンは思わず立ち上がった。
自分の顔は見えないので、本人にはわからなかっただろう。だが、おそらくそれは、これまで生きてきた中で、いちばん怖い顔だった。




