第79話 交流(2)
少し話を振ってみるだけのつもりでかけた電話だったのに、その場でほとんど話が決まってしまった。デヒョンは一緒に夕食を食べる相手を探すのをやめ、すぐにバス乗り場へ向かった。バスに乗っている時間は二十分もかからないのに、停留所までの行き来のほうが長かった。足を速めながら、先輩に電話をかけようと携帯電話を取り出した。ちょうど着信があり、表示された名前にうれしくなった。
「お、インス! 元気か?」
「元気だよ。そっちは?」
「相変わらず、いろいろと。もうすぐ試験だし、準備もしないとな」
「そっか。みんな、そろそろ中間試験だからな。それで、試験の前に一回集まろうって、今日ノンヒョン(※論峴。ソウルの江南エリアにある街)で会うことになったんだけど、来るか?」
デヒョンは、走るように歩いていた足を緩めた。気持ちはもう、友達のところへ飛んでいきそうだった。ミラとの約束を断ろうかと、一瞬迷った。
「忙しかったら、試験が終わってからでもいいし」
インスの言葉に、かえって会いたい気持ちが強まった。
「ごめん。今日は先に、大事な約束が入ってて」
「わかった。また今度会えばいいさ。勉強頑張れよ」
「うん。ありがとな。お前も、中間試験頑張れよ」
電話は短く終わった。大学生活が始まってから、毎日のようにかかってきた友達からの電話も、いつしかまばらになっていた。帰り道にこちらからかけると、友達はいつも集まって飲んでいた。そのたびに、また今度と言うのも申し訳なかった。今日のインスからの電話も、久しぶりだった。デヒョンは、何もかも放り出してカンナムへ行ってしまいたい気持ちを、無理に抑え込んだ。
正門まで長い道を下り、バスに乗った。バスはソウル北部の街並みを足早に通り抜け、ミラの学校の近くで止まった。ここからも十分以上歩かなければ、学校は見えてこなかった。
「あと五分で着く」
「今出る!」
病院の建物が見え、向こうからミラが大股で歩いてくるのが見えた。遠くからでも、その独特の歩き方が目につく子だった。ミラもデヒョンに気づいたのか、大きく手を上げて振った。
「うちの大学に来るの、初めてだね」
「そうだな。シンチョンに来ること自体、初めてだよ」
「えー、ほんと、ソウルの田舎者だね。若者の街に来たこともないなんて」
ミラはサークル室へ行こうと言って、迷いのない足取りでデヒョンを案内した。
「ということで! 今回の農村ボランティアは、ソンデ(※韓国の架空の大学の略称)と合同で行くことに決まりました! じゃなくて、決めてください!」
会って話せば早いと言っていたが、前置きも何もなく、先輩に迫った。隣で所在なげに立っているデヒョンも困っていたが、先輩たちも明らかに戸惑っていた。
――これなら、何でわざわざ俺を呼んだんだよ。
「あの……後輩のミラさん。いきなり決めろと言われてもね……さっきは軽く話してみるだけだって言ってたのに、今決めろって言われても困るよ」
ミラは先輩の向かいにどさりと座り、続けた。
「先輩。どうせ行くんでしょう? 今回の候補地を見ると、どこも大人数を受け入れられるんですし、合同で行ったほうが楽しそうじゃないですか」
「やれやれ、まったく……そちらも、ここに座って。コーヒーくらい出さないと」
「どうぞ、お気遣いなく」
デヒョンは手を振りながら席に着いた。
そのあともミラがひとしきり話し続けたおかげで、ついにはサークルの会長もうなずいた。
「では、中間試験が終わったら、そちらの会長さんたちと打ち合わせをすることにしましょう。候補地と参加人数をまとめて持ち寄って、詳しい日程も共有するということで」
ミラは満面の笑みで立ち上がり、頭を下げた。
「会長、ありがとうございます」
やはりミラの言うとおり、ほとんど話は決まった。
「あ、それと、先輩」
デヒョンが遠慮がちに口を添えた。
「活動記録集も合同で出せたらと思うんですが、僕の友達に写真を専攻している子がいまして。急な話なので、まだ本人には言えていないんですけど、そちらからも何人か参加してもらえるよう、話してみてもいいでしょうか?」
「いいですね。その子たちにとっても、専攻を生かせる活動になるでしょうし。それも打ち合わせのときに決めましょう」
「はい。ありがとうございます」
ミラは先輩たちに挨拶すると、デヒョンの肩に腕を回し、外へ連れ出した。
「ほらね。とんとん拍子でしょ。こうやって進めなきゃ」
「ほとんど押し切ったようなもんだけど、まあ、うまくいったな」
「ああ、しゃべったらお腹すいた。試験勉強、忙しい? もう行かなきゃだめ?」
デヒョンは試験の日程を思い浮かべた。迫ってはいたが、普段からかなり準備してあるので、今日一日くらいなら大丈夫だった。
「今日は平気だと思うけど。どうして?」
「久しぶりに飲もうよ。ソウルに来たら毎日会えると思ってたのに、今日みたいな日はそうそうないでしょ」
「俺はいいけど。ほかに約束はないの?」
「約束なんて、作ろうと思えばできるよ。最近は勉強しに図書館へこもる人のほうが多いし。私も今日はそうしようかと思ってたけど、顔見たら飲みたくなっちゃった」
「はは。じゃあ、軽く飯食いながら焼酎でも飲もうか……うーん……あ!」
デヒョンは何かを思い出し、時間を確かめた。
「どうしたの? 何か用事?」
「いや、今日、友達がカンナムで集まるって言ってたんだ。一緒に行かない?」
「デヒョンの友達? 私はいいけど、行っても大丈夫?」
デヒョンは笑って答えた。
「みんな、一度会ったことあるやつらだよ。キョンポデで」
「あー、ああ!」
ミラは高校二年の春を思い出しているようだった。そしてデヒョンと一緒に、声を上げて笑った。
「今すぐ行こう! あのイム・ジフンってやつもいるんでしょ?」
「もちろん。殴るなよ」
「案内して」
デヒョンは、ここ最近でいちばん楽しそうに笑った。学校やサークルでは味わえない、友達に会いに行く楽しさだった。




