第77話 土曜日の午後に(2)
すべての授業が終わり、帰り支度をしていたヒョヌが、ジフンに尋ねた。
「ジフン、今日は一杯飲まないか?」
ジフンは、一日を通してジソンからほとんど連絡がないことが気になっていた。こんなにこじれるような話だったのかと思うと、もう考えたくなくなった。もう知らない、という気持ちで、ヒョヌの誘いにうなずいた。
「でも、金あんまりないぞ。昨日使っちゃったから」
「心配しないの! お姉さんがいるでしょ」
イェインがヒョヌとジフンの肩に腕を回して言った。ユジンも一緒に笑いながら、キャンパスを出た。
「あいつら、近くのビアホールにいるって」
「じゃあ、向こうはもう一次会終わってるだろうし、こっちに合流するように言って」
「イエッサー」
イェインが言うやいなや、ヒョヌは電話をかけて人を集めた。ムードメーカーのおかげで、同じ学年の学生が全部で八人集まった。
「何でカムジャタンなんだよ。俺ら、腹いっぱいなんだけど」
すでに一杯やってきて顔の赤い連中が、メニューを見てぶつぶつ言った。
「そっちはそうでも、こっちはお腹すいてるの。私がここにしようって言ったんだから」
カムジャタンの店にしようと言ったのはジフンだったが、ユジンは自分が提案したことにして答えた。ジフンは、いちいち引っかかる彼らの言葉を気にしたくなかった。
「つまみにだって最高だろ、カムジャタンは。食おうぜ、食おう」
ヒョヌが場を和ませながら、みんなのグラスに焼酎を注いだ。ジフンは骨を一つ取り、肉を外して食べながら、携帯電話をちらりと見た。
『どこにいる? 俺は学校の友達と飯食いに行く』
最後は、ジフンが送ったメールだった。その前から、返事は来たり来なかったりしていた。カムジャタンだけ食べて、会いに行こうかと思った。
「ジフン、お前、彼女とはよく会ってんの?」
ソンベが焼酎を勧めながら話しかけてきた。
「まあな。特に何もなければ会うし、週に二、三回は会ってる」
ジフンも一杯注ぎ返しながら答えた。
「付き合ってどれくらいだっけ?」
「一年……まだ、たってないな」
そういえば、一周年まであと二か月だった。こんなに長く誰かと付き合うのは初めてで、考えてもいなかった。
「おお。じゃあ、やることは全部やったわけだ」
ドンヒョクの言葉に、ジフンの表情が変わった。こういう無礼な人間には、これまでにも何人か会ったことがあったが、こんなにあからさまなことを自分に言われたのは初めてだった。
「失礼でしょ、そういうこと言うの」
気づいたユジンが口を挟んだ。焼酎をまだ三杯しか飲んでいないのに、もう帰りたくなった。いつもの友達が恋しかった。
「おー、その目つき」
ドンヒョクはジフンとユジンを交互に見て、からかうように言ったが、ジフンはただ鼻で笑った。どうせ入隊するまでの付き合いで、そのあとは二度と会わない可能性の高い連中だった。大学での縁など、細い糸にかろうじてぶら下がった、意味のないものだった。
合間に何度も携帯電話を確かめたが、ジソンからの返事は相変わらずなかった。酒が回って目がくらみ、だんだん苛立ってきた。最後にもう一度メールを送り、ポケットにしまい込んだ。
『連絡しないつもり? どういうつもりなんだよ』
ジフンは本格的に酒を腹へ流し込み始めた。カムジャタンの入った二つの大きな鍋は次第に空になり、酒瓶がたまっていった。大学に入ったばかりの彼らは、浴びるように酒を飲んだ。時間が過ぎ、ドンヒョクの大口を聞くのにもうんざりしてきた頃、携帯電話を見ると、メールが届いていた。急いで開いて内容を確かめると、ジソンからだった。
『ジフン……私たち、もう別れよう』
見間違いかと思い、目を見開いて何度確かめても、内容は変わらなかった。周りの誰かに見られるかもしれないと思い、とりあえずポケットに押し込んで立ち上がった。
「ジフン、どこ行くんだ? トイレ? 一緒に行こうぜ」
隣に座っていたヒョヌは、道を空けるついでに、自分もトイレへ行くつもりらしかった。
「煙草」
「ここで吸えばいいだろ。何でわざわざ外に出るんだよ」
煙草に火をつけながら言うソンベに、電話もしてくると答えて、店を出た。少し離れた人目につかない路地へ入り、煙草に火をつけて、ジソンに電話をかけた。呼び出し音が長く続くばかりで、電話には出なかった。二度目も、三度目も同じだった。ジフンは深呼吸をした。別れるにしても、こんなふうに終わりたくはなかった。もっとしっかりしようと気を引き締め、もう一度電話をかけた。
「うん」
ようやくつながった電話の向こうから、素っ気ない声が聞こえた。別れようと言うときの声は、みんな大体似ているのだと思った。ジソンからは一度も聞いたことのない声と口調だった。
「どうしてだよ」
「ジフンには、わからないよ。ただ……もう別れよう」
「何がわからないんだよ。言ってくれなきゃわかるわけないだろ!」
その口調に、思わず声を荒らげてしまった。ジフンがジソンにこんな口調で話すのも、初めてだった。電話の向こうからは、ため息だけが聞こえた。もう一度気持ちを落ち着け、声を抑えて言った。
「会って話そう。別れるにしても、メール一通送って終わりってわけにはいかないだろ」
長い沈黙が続いた。煙を吐き出すジフンのため息だけが、電話の向こうへ届いていた。
「わかった。土曜日の一時に、うちの前のカフェで会おう」
「わかった」
電話はすぐに切れた。少しずつ冷静になってきた。ジソンに未練があって引き止めたいのか、それとも、ただきちんと話して終わりにしたいだけなのか、自分でもわからなかった。たぶん前者だろうと思った。けれど、別れようと言われた瞬間、ふと気持ちが軽くなったのも確かで、ジフンはその感覚を懸命に振り払った。
煙草を消して路地から出ると、数歩先でイェインが煙草を吸っていた。びくりとしたジフンに、イェインは笑いながら近づいてきた。
「ここで何してるの? 煙草吸ってたの?」
「あ……うん」
ジフンはまた一本取り出し、くわえた。
「あいつら、ちょっと意地悪でしょ?」
「え? ああ……あいつらか」
彼女と喧嘩したことを、中にいる連中には知られたくなかった。イェインが聞いていても知らないふりをしてくれているのなら、よそで言いふらすこともないだろうと思った。
「無礼なんだよ。あの言い草は」
酒と、ジソンとの言い争いのせいで、普段なら口にしない言葉が出た。
「ちょっとああいうところがあるんだよね。でも、いいところもあるよ。そういう連中なんだと思って、流しときなよ」
イェインは背中に手を置き、軽くたたいた。その手に、気持ちが少し和らいだ。
「ところで、勉強、本当に家でするの? 週末、私と一緒にしない? 少しくらい教えてよぉ」
ジフンの片腕を引き寄せ、抱え込むように腕を回して、甘えた鼻声を出した。イェインが体をぴったり寄せてきたので、ジフンは腕を抜き、携帯電話を取り出した。
「試験まで、まだ三週間くらいあるだろ……ちょっと待って。週末なら……」
土曜日の一時、というジソンの言葉が浮かんだ。ジフンは携帯電話をまたしまい、答えた。
「じゃあ、土曜日の午後に図書館に来て」




