↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/83

第76話 土曜日の午後に(1)

2003年4月、20歳のジフン


 その言葉を聞くのは、初めてではなかった。

「こういうことが目当てで私と付き合ってんの?」

 ジソンと出会う前、少しのあいだ付き合っていた子にも、そう言われたことがあった。

「俺が何したっていうんだよ。ドラマでも見たのか?」

 何もしていなかったわけではないが、そんなことを言われるには、まだ早すぎた。暗い場所でも、スクリーンの光に照らされて、怒った彼女の顔がはっきり見えた。

「何、その言い方?」

 映画は構わず流れ続け、喧嘩が始まった。その日を最後に、その子とは別れた。


 ジソンの口からも同じ言葉を聞かされ、乾いた笑いが漏れた。ジフンは体をずらして彼女の隣に横になり、煙草に火をつけた。ジソンは煙が嫌なのか、鼻まで布団をかぶった。

「別に喧嘩したいわけじゃないから、とりあえず聞いて。その言い方、本当に変だと思うんだよ」

 ジフンは煙の散っていく天井を見ながら、話し始めた。

「何が?」

「いや、半年以上付き合ってる二人がモーテルに来たら、自然に一緒に横になって、寝ることだってあるだろ。違うか?」

 ジソンは答えず、ジフンの話を聞いていた。

「寝ることだけが目的で付き合ってるんじゃなくて、付き合ってるから自然とそうなるんだろ」

 喧嘩をするつもりはないと言いながらも、ジフンの口調には苛立ちが混じっていた。

 ――嫌なら、したくないって言えばいいだろ。余計なことを。

 ジフンは煙草をもみ消し、水でも飲もうと起き上がった。ジソンも、はだけたガウンを直しもせずに身を起こした。

「そう言われるの、初めてじゃないでしょ?」

 水を飲んでいたジフンの動きが、一瞬止まった。

「ジソンが初めてなのに、ほかの誰にそんなこと言われるんだよ」

「それは知らないけど、何度もそう言われるなら、自分に問題があるんじゃないの?」

 これ以上言い争いたくなくて、ジフンは口をつぐんだ。煙草と灰皿を持って椅子に座り、また火をつけた。


 自分に何か問題があるとは、特に思えなかった。去年の六月にジソンと出会うまでは、確かに行き当たりばったりの恋愛をしていた。手の甲に傷を負ったあの日、こらえていた涙が一度あふれてしまうと、少しは我に返ることができた。

 時間は流れていた。自分だけが、高校二年の夏休みにとどまっているわけにはいかなかった。料理の学校へまじめに通い、資格も一つ取った。担任は期末試験と模擬試験の成績を見て、これならもっといい学校も狙えると、ジフンを褒めてくれた。勉強する習慣をつけてくれたのはセハだったが、高校三年の生活をきちんと始めるなかで、ジソンがそばにいてくれたことは、確かにありがたかった。だからジフンは、自分なりに精いっぱいやっているつもりだった。そんな相手から、ただ寝るためだけに付き合っているのかと言われるのは、受け入れがたかった。

「考えてみたけど、やっぱり俺の何が悪いのかわからないな」

「そう。じゃあ、何も悪くないんでしょ」

 ジソンは布団をすっぽりかぶって横になった。たまに喧嘩をすると、機嫌を直してもらうのに冷や汗をかく日もあったが、今日はそんな気にはなれなかった。


 翌朝、だるい体を起こして時計を見ると、八時だった。学校まではバスで四、五十分かかる。ジフンは跳ね起きて歯を磨いた。寝癖のついた髪を水で適当に整え、服を拾い集めて着た。ベッドをちらりと見ると、ジソンはまだ横になっていた。今日は、ジソンの授業が始まるのはジフンよりずっと遅かった。昨夜の気まずさも残っていて、わざわざ起こそうとはしなかった。そうしてジフンは、ジソンが起きていることを知らないまま、モーテルの部屋を出た。



 幸い、一時間目の講義には遅れなかった。もうすぐ中間試験が始まるので、ジフンは教授の言葉をできるだけ聞き漏らさないようにした。

「お前、言ってること全部わかる?」

 休み時間、同じクラスの学生たちと煙草を吸っていると、ヒョヌが尋ねた。

「わかるっていうか……とりあえず全部聞いて、必要なことは覚えるんだよ」

「覚えること、一つや二つじゃないだろ。ああ、もう授業サボりてえ」

 ドンヒョクが話に入ってきた。ドンヒョクは教室にいても、ろくに授業を聞いていなかった。まず教授の話をちゃんと聞けと言いたかったが、口には出さなかった。

「もうサボっちまうか。出席は取ったし」

 ソンベの提案に、何人かがうなずいた。ヒョヌは手を振って断り、ジフンも同じだった。

「今、授業まで聞かなくなったら、試験のときもっと途方に暮れるぞ」

 ジフンの言葉に、何人かがせせら笑った。

「ユジンとイェインさんは?」

 彼らはユジンやイェインをはじめ、ほかの女子にも声をかけた。何人かは授業を抜けると言ったが、ユジンは首を振った。

「私は授業受ける。試験の準備しなきゃ」

「じゃあ私も、ユジンと授業」

 イェインもユジンと一緒に授業を受けることにした。サボることで意見が一致した学生たちは、終わったら連絡しろと言って、鞄を取りに行った。


 ジフンも学校の勉強が楽しいわけではなかったが、試験まであと数週間という今、彼らの行動は情けなく思えた。もっとも、自分も出席だけ取って帰ったことはあったので、顔には出さなかった。

「実習なら何とかなるけど、理論が難しいな」

 教室に戻ったヒョヌが、うめくように言った。

「実習も成績は結構シビアにつけるらしいぞ。だから、せめて理論の試験は答案を全部埋めて出さないと」

「聞いてても、何のことだかわからないんだよ」

 ジフンは自分にわかる範囲で、試験に出そうな箇所を指し示した。

「ここと……この章と……ここまで全部覚えてみろよ。経営実務は公式があるから、材料ごとの単価を覚えて当てはめればいい。あとは暗記」

「そんな簡単に言うなよ。今お前が印つけたところだけで、一冊分くらいあるだろ」

 一冊分というのは大げさだったが、覚える量は多かった。


「ジフンは、いい点取れそうだけどね。内容、全部わかってるみたいだし」

 後ろで聞いていたイェインが、話に加わった。

「受けてみなきゃわからないよ。大学の試験なんて初めてだし」

「そっか。じゃあ、試験勉強はどこでするの?」

「家?」

 そう答えはしたものの、家では勉強がはかどらないことはわかっていた。

 ――ジソンも試験の時期は重なるだろうし、向こうの学校で一緒にやろうって言ってみるか。

 ジソンの学校まで往復するにはかなり時間がかかったが、昨日の会話が気にかかっていた。

 ――あとで話してみよう。

 残りの授業も、やはり残っていてよかったと思えた。教授は中間試験に出す問題をはっきり教えてくれながら、どんどん授業を進めていった。教授たちが強調したところを全部勉強すれば、B+くらいは取れるのではないか。時間さえあれば、十分にできるはずだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。