第74話 このために(1)
2003年4月、20歳のジフン
「ソース、味見した?」
「俺はいいと思うけど。食べてみろよ」
調理台を片づけていたジフンが、ユジンにスプーンを渡した。肉を仕上げていたユジンは火を弱め、すぐに近づいてソースを味見した。
「いいんじゃない?」
ジフンはうなずき、片づけを続けた。ユジンは再びフライパンの前に戻り、鶏肉の状態を確かめて火を止めた。
二人は盛り付けにも、それなりに気を配った。思ったほどの出来ではなかったが、まずまず、それらしい料理になった。
「このくらいでいいね」
ユジンはジフンを見て笑った。ジフンは退屈そうに肩をほぐした。まだ、高校三年のときに料理の学校の実技でひと通りやったものばかりだった。大学で学ぶ理論は深さが違ったが、出席だけはきちんとしようという気持ちで、毎日通っていた。
やがて教授と助手が回り始め、一班ずつ出来上がった料理を見ていった。自分たちの番までは、まだしばらくかかりそうだったので、ジフンは窓の外ばかり見ていた。鶏肉の火の通りは、ソースに入れるときに確かめてあったので、特に心配はしていなかった。調理室の窓から見えるキャンパスは、ずいぶん自由そうだった。大勢の男女が集まり、連れ立ってどこかへ向かっていた。けれど、いざ外へ出ると、そんな気分にはならなかった。
「鶏をさばいたのは誰?」
いつの間にか順番が来ていて、ジフンは視線を戻した。鶏をさばいたのはジフンだった。
「あ、それはジフンが……」
「一緒にやりました」
特にうまくできたとは思っていなかったが、ユジンは食材の下処理が苦手だった。班で行う実習では、自分一人で全部やったとは言い出しにくいところがあった。
教授は外した骨と調理した肉の状態を見て、ソースをひと口味見すると、肉を一切れ切って口に入れた。
「うん。よくできてるね」
難しい料理ではなかったので、無事に済んだ。ユジンは隣で、よくやったというように笑い、ジフンの背中をばしっと叩いた。
教授の講評が終わり、それぞれ試食するように言われた。
「ジフン、俺らのと交換して食ってみようぜ」
ユジンは、すでに一切れ切って口に入れていた。ヒョヌが皿を持ってきて、食べてみろと差し出した一切れを受け取って食べた。ヒョヌたちの班の料理も悪くなかった。特に違いのない、鶏肉の味だった。
「うん。ヒョヌたちのもおいしい。ジフンはどう?」
交互に食べていたユジンが、ジフンに尋ねた。
「実技を習ってたころから思ってたんだけど」
ユジンは、また別の班の料理を一切れ切りながら、ジフンを見た。
「俺、自分で作ったのが一番うまいんだよな」
「あはは。それ、自意識過剰じゃない?」
「そういうんじゃなくて、正直、そんなに違いがわかんねえんだよ。その中なら、自分が手をかけたのが一番うまいってだけ」
ユジンは、確かにそうかもしれないとうなずいた。
「そう言われると、私も自分で作ったのが一番おいしい気がしてきた」
料理の学校に通っていたころから、ほかの人が作った料理を、先生の作ったものさえ食べても、大きな違いは感じなかった。微妙な味付けやソースの濃度、食感に差があることはあったが、誰かが抜きん出ていると思うことはなかった。教授の料理はどうなのだろうと思ったが、味わう機会はなかった。
実習を最後に、今日の授業はすべて終わった。学生たちは教室を出ると、いくつかの集まりに分かれ、それぞれ散っていった。まだ帰る気はないのか、片隅に集まって話している一団もあり、何人かは建物の裏の喫煙スペースへ向かった。ジフンとヒョヌ、ユジンは、ここの常連だった。オリエンテーションで顔見知りになった同級生たちも、何人も一緒だった。
「今日は、このあと何するの?」
長い実習の間、吸えなかった分を取り戻すように、深くひと口吸い込み、腰を伸ばしていると、ユジンが尋ねた。
「今日は……友達に会う」
「へえ。ほんとによく友達と会ってるね。友達、多いの?」
「会うやつは決まってるよ。夜、暇なやつらが集まるだけ」
幸い、友達の中に、ひどく遠くまで通学している者はいなかった。ヒジェはジフンと学校が近く、大学に入ってからは、ほとんどいつも一緒だった。インスはスウォン市、チョンウォンはアンサン市と、少し遠い気もしたが、一時間で移動できたので、よく会えた。むしろ、ソウルの大学へ進んだデヒョンと会うのが、いちばん難しかった。
「私たちとは、いつ遊ぶの? いつも学校が終わると、さっさと帰っちゃうし」
そばにいたイェインが近づき、口を挟んだ。ジフンは横へ一歩離れて、答えた。
「イェインさん。先週誘ったら、用事があるって言ってたじゃん」
「私にだって、忙しい日はあるの。今日ならちょうどよかったのに」
ジフンの返事に、イェインとヒョヌは残念そうな顔をした。そういえば、なかなか都合が合わず、同級生たちと夜を過ごすのも久しくなかった。
「ジフンのやつ、彼女もいるしな。忙しいんだろ」
一緒にタバコを吸っていた同級生のソンベが言い添えた。
「そうだな。さっさと飲みに行こうぜ。忙しいやつは置いて」
別の同級生、ドンヒョクの言葉には棘を感じたが、気にしないことにした。ユジンとイェイン、ヒョヌは、彼らに引っ張られるように、手を振って去っていった。
携帯電話を取り出し、友達に順番に電話をかけた。実は、これといって約束はしていなかった。最近は彼女と二人きりで会いたくなくて、いつも友達も交えて会っていた。
「悪い、今日は作業が終わるの、かなり遅くなりそうだ」
チョンウォンは、意外に忙しかった。写真を撮って現像するのに、どうしてそんなに時間がかかるのかわからなかった。デジタル写真でも、それはそれで後処理に追われ、ほとんど徹夜する日もあった。
「オーケー」
ヒジェの返事は短かった。いつ聞いてもいいと言うので、本当に学校へ行っているのかと思うほどだった。インスからも、もうすぐ終わるというメールが来た。デヒョンだけは電話がつながらなかった。友達全員に連絡してから、ようやく彼女のジソンに電話をかけた。
「うん。今日、会うんでしょ?」
「会おう。友達とカンナムにいるから、学校が終わったら来て」
ジフンがそう答えると、少しためらう気配がした。
「うん。着いたら電話するね」




