第67話 第1部 エピローグ デヒョン(2)
ミラには、姉と似たところがあった。言葉にも振る舞いにも、揺らぎが感じられなかった。人生でいちばん大きな心の浮き沈みを感じているデヒョンとは、対照的な二人だった。
「そうかもしれない。でも、そう思うと余計につらくなるときもあるんだ」
ミラはにこりと笑い、慰めるように言った。
「デヒョンも、私が受けた大学に来なよ。ソウルには友達もいないし」
迷いのない言葉と笑顔が、心の壁を崩していくようだった。
「もう受かったみたいに言うな」
ミラは炒めご飯を口いっぱいに頬張ったまま笑った。
「そうなるかな? 随時募集がだめなら一般募集。だめなら浪人! そういうことでしょ」
「浪人はなしだな」
デヒョンは、浪人までするのは無理だと思っていた。
「でも、何で医学部に行こうと思ったんだ?」
ありきたりな質問だったが、ミラにはそう聞こえなかった。デヒョンの悩みがよくわかっていたからだった。
「うーん。絶対に医学部じゃなきゃ、ってわけじゃないんだ。仕事はいろいろあるだろうけど、私は人の中で、人の役に直接立てることがしたいの」
「ボランティアみたいなこと?」
「そう。それも私の夢なんだ」
「医療ボランティア?」
「うん」
目の前のミラに、とてもよく似合う未来だった。その一方で、神父の服を着た自分は想像がつかなかった。何より、目標と夢がはっきりしているミラの目は、自分をみすぼらしく感じさせるほどだった。
「そういえば、何だか似てるね」
「何が?」
「神父さんの姿と、医療ボランティアをしてる未来の私? あははっ」
何気なく投げかけられた言葉に、デヒョンはびりっと震えが走るのを感じた。
「そうだな……それも」
これまでの悩みが、無駄だったように思えた。デヒョンはようやく、晴れやかな笑顔を見せた。
楽しく夕食を終え、レストランを出た。コーヒーでも飲もうかと思っていると、携帯電話が鳴った。
『俺、別れた』
ヒジェからのメールだった。どうせまた仲直りして、付き合い直すんじゃないかと思った。これまでにも、何度かあったことだった。けれど、こうしてヒジェのほうから連絡してきたのは初めてだった。最近、二人の仲が疎遠になっているのは感じていたので、今回はいつもと何かが違うようだった。
「どうしたの。何か用事?」
「ああ……ごめん。友達のところに行かなきゃいけなさそうだ」
「そっか。私も疲れてはいるし。ご飯、ほんとにおいしかった」
「大したことないよ。先に帰ることになって、ごめん」
「ううん、大丈夫。私がソウルに来たら、いっぱい遊んでね」
「それはもちろん」
地下鉄の改札へ下りていくミラと別れ、バスに乗るために向きを変えた。気持ちが急いた。すぐにヒジェに連絡して居場所を聞き、バスに乗った。
「おい、何やってんだよ。こんなところで一人で」
ヒジェは、薄暗い芸術の殿堂(※ソウルにある複合文化施設)の片隅に座っていた。どれだけ長くいたのかわからないほど吸い殻がたまり、酒のにおいがした。辺りを見ると、ビニール袋の周りに焼酎の瓶が何本か、無造作に転がっていた。どれも空らしかった。
「はあ……」
二人は黙って座り、一緒にタバコを吸った。
「何だよ。けんかしたのか?」
「まあな」
「いったい何で、そんなにけんかするんだよ」
理由はもう知っていた。知っていることを、悟られたくはなかった。
「長く付き合っていけるようなやつじゃない気がする。最近、あまりに好き勝手やってるし」
ヒジェの言葉は理解できた。ヒソルは最近、ソヒョンやジニョンと疎遠になり、毎晩のように同じ学校の友達と遊び歩いてばかりいた。
「それで」
「何だよ」
ヒジェは一度もデヒョンを見ず、前を向いたままタバコばかり吸っていた。ようやく口にした言葉にも、返事はそっけなかった。
「本当に別れるのか?」
「もう、それがいいと思う」
苦かった。かつて世界でいちばん幸せそうに見えた恋人たちの結末とは、とても思えなかった。デヒョンは友達を気の毒に思うと同時に、恨めしくも感じた。
「それって、もしかしてソヒョンのせいか?」
目の焦点も定まらない様子だったヒジェが、初めて振り向き、デヒョンをまっすぐ見た。
「お前までそう思ってんのか? 絶対に違う」
余計なことを聞いてしまったかと思った。謝ったほうがいいのだろうか、とさえ考えた。
「お前が……ヒソルのところに行って、一緒にいてやってくれよ」
「は? 何で俺が」
いつものヒジェの顔ではなかった。宇宙でいちばんばかなやつだと思っていた友達の顔には、口にできない葛藤と、デヒョンの心を見透かすような鋭さが重なっていた。
「お前じゃなきゃ、誰がヒソルのそばにいてやるんだよ」
「そんなに心配しなくても、ジフンもインスもチョンウォンも、いっぱいいるだろ。あいつの友達だって多いし」
ヒジェはしばらく、言葉を選んではのみ込んでいた。新しい一本に火がつき、煙が空を裂いた。
「俺、知ってるから」
デヒョンは黙って聞いていた。
「でも、俺は気にしてない。ヒソルはかわいいし、いいやつだからな。わかるよ」
それ以上聞きたくなかったが、返す言葉も思いつかなかった。今日会ったミラを思い出した。自分もあんなふうに、揺るがない心を持てるのだろうか。
「俺も同じだよ。お前が思ってるようなことじゃない」
ヒジェは笑って答えた。
「それはわかってるよ、バカ。誰が付き合えって言った? 一人で寂しくさせるなって言ってんだよ」
「……俺だってわかってるよ。バカ野郎」
デヒョンは立ち上がった。
携帯電話でヒソルの番号を探し、電話をかけた。




