第59話 一日(2)
インスとジュミョンはソファに座り、ジフンとセハはその下の床に座って、背を預けた。ジュミョンは、映画を見る雰囲気を出そうと、カーテンまで引いて照明を落とした。大きなテレビの画面だけが辺りを照らし、なかなかいい感じになった。ジフンとセハは、コンビニで買ったポップコーンを開けて分け合った。隣に座っているので、半袖を着たセハの腕が触れた。ジフンは必死で間を空けながら、ポップコーンの袋をセハのほうへ傾けた。同時に袋へ手を入れないようにまで気を遣い、ろくに食べられなかった。一緒に映画館へ行ったときは、こんなことはなかったのに、今日はあの日と何もかもが違っていた。一度見た映画なので、見覚えのある場面ばかりだった。けれど、映画よりも、セハの腕との距離のほうが気になった。インスとジュミョンは何かささやき合い、くすくす笑っていた。
「あ……」
男性の主人公が映り、セハが感嘆の声を漏らした。その声に、ジフンも少しずつ映画へ引き込まれていった。
ときどき、香りが鼻先をくすぐった。映画から流れる音楽、台詞と字幕、白い画面の雰囲気、ポップコーンの匂いと、セハの髪から漂う香りが、微妙に溶け合っていた。内容にすっかり集中することはできなかったが、二時間に少し満たない時間が、穏やかに流れた。クライマックスで、セハの瞳が潤んだ。ジフンも、この場面が好きだった。今はもう、届けたくても届かない相手に、元気かと問いかける場面だった。けれど、悲痛に響くわけでもなかった。悲しみと、かつての恋人を見送る気持ちとが交差する、名場面だった。
「すごくいい映画だったね。今まで見てなかったのがもったいない」
映画が終わると、セハが感想を口にした。ジフンは、この映画を自分と一緒に見てくれたことがうれしかった。
「ただの映画だろ」
インスはぶっきらぼうに答えたが、女の子二人は、映画の話で盛り上がっていた。
「あ、でも、もう帰らなきゃ」
セハは時計を確かめ、名残惜しそうに立ち上がった。今日だけを待っていたのに、このまま終わるのかと思うと、力が抜けた。やはり断られるのだろうか。失望が波のように押し寄せたところへ、
「ジフン、送ってくれるよね?」
というセハの言葉が、防波堤のような安堵をくれた。
「もちろん」
胸の内を悟られないよう、短く答えて鞄を持った。まだセハと目を合わせられなかった。インスとジュミョンも、手早く荷物をまとめて一緒に出た。そろそろジュミョンの両親が帰ってくる時間だった。四人は手を振って別れた。ジュミョンはインスの腕に自分の腕を絡め、反対方向へ歩いていった。ちらりとこちらを見て目配せしたようだったが、複雑な気持ちを抱えたジフンは、それに気づかなかった。
「公園に寄っていこうか?」
家へ向かう道には、ぎこちない沈黙が流れていた。セハがときどき話しかけてくれたが、ジフンは短く答えるだけだった。
「うん。何か飲む?」
「いいね。そこのコンビニに行こう」
二人は、慣れたように同時にチョコ牛乳を手に取った。ジフンはストローも忘れずにもらい、セハと公園のベンチに座った。真夏の公園は、もう夜でもかなり暑かった。蚊も元気で、ときどき寄ってきた。ジフンは両手を打ち合わせて蚊を潰した。
「あの……寄宿学校はどうだった?」
「楽しかったけど、思ったより窮屈だった。行かなきゃよかったかなって思ったりもしたよ」
行かなければ、もっと早く返事がもらえたのだろうか。それなら、今ごろ二人はどうなっていただろう。もう我慢できず、返事を聞きたかったが、落ち着いて待った。今までちゃんと待てたのだから、もう少し待てないわけはなかった。
ジフンはタバコを取り出してくわえた。セハにも少し差し出すと、笑って一本取った。
「映画は雪がいっぱいでよかったけど、すごく暑いね」
煙を細く吐きながら、セハが先に口を開いた。
「本当だね。映画を見てると、すごく涼しい気がしたのに」
「ジフンは、雪が好き?」
「うん。雪が降ると、何だかわくわくしない?」
セハは笑ってうなずいた。ジフンは今日初めて、セハの目をまっすぐ見ながら話を続けた。
「あの映画に出てくる街、日本の小樽っていうところなんだって」
「小樽?」
「うん。日本の北のほうにある、北海道っていう島の街みたい。前に、どこかで見たんだ」
「そうなんだ……行ってみたいな」
「俺もそう思ってた。どこにあるのか、ちゃんとわかると、何だか行けそうな気がする」
あれほどたくさんの雪に囲まれたら、どんな気持ちになるのだろう。話しているうちに、いつか必ず行ってみたくなった。
「そろそろ帰らなきゃ。今日帰ってきたのに、まだお母さんともろくに会ってないんだ」
セハは時計を見て、帰りを急いだ。ジフンは黙って後を追った。道を渡れば、もうセハの住むマンションの入り口だった。そこで挨拶をして帰るのかと思うと、気が重くなった。このまま終わりなのだろうか。失望も、虚しさも、苦さも一度に込み上げたが、不思議と気持ちは落ち着いていた。どんな返事でも聞く覚悟はできていた。唇を真一文字に結び、信号が変わるのを静かに待っていた。返事を尋ねる言葉が、今にも口をついて出そうになった、そのときだった。
冷たく、滑らかな感触が手に触れた。セハの小さな手が、手のひらと指の間にそっと滑り込み、包むように握った。柔らかい人形が、急に手の中に収まったのだろうか。戸惑いながら、自分の手に目を落とした。セハは照れたように微笑み、ジフンの手をしっかりと握っていた。ジフンも少し力を込め、気持ちを伝えた。セハがささやくように言った。
「いつか、一緒に行けたらいいね」
「どこへ……?」
セハはにこりと笑い、ジフンを見上げた。
「小樽」
さっきまで妙に落ち着いていた心臓が、大きく跳ね、その音が頭に響いた。一滴も飲んでいないのに、目が回りそうだった。
「じゃあ……俺たち」
セハの微笑みが、大きな笑顔へと広がった。
「一日だよ」
「え?」
その言葉の意味が、まるでわからなかった。きょとんとするジフンの手を、セハはさらに強く握り、もう一度言った。
「私たち、今日が一日目だよ」




