第58話 一日(1)
2001年7月、18歳のジフン
今日も、携帯を開けたり閉じたり、数えきれないほど繰り返していた。折り畳みの蝶番が悲鳴を上げているようだったが、新しくついたこの癖は、なかなか抜けなかった。たまにメールの着信音が鳴ると、大急ぎで確かめた。やはり、ほかの友達からだった。セハからのメールは、寄宿学校に入る日のものを最後に届かなくなった。週末に一度、知らない番号から電話がかかってきたことはあった。公衆電話の向こうから、セハの声が聞こえた。
「セハだよ。元気にしてる?」
「あ、セハか。もちろん。そっちはどう?」
「楽しいよ。携帯が使えないこと以外はね」
互いの近況を確かめるだけの、短い電話だった。こういうとき、何を話せばいいのか、ジフンにはよくわからなかった。もっと声を聞いていたかったが、
「お母さんにも電話しなきゃ。お母さんより先に、ジフンにかけたんだよ」
と言われ、すぐに切ることになった。名残惜しかったが、母親より先にかけてくれたことがうれしかった。胸のくすぐったい感じは、何時間も続いた。けれど、その後はまた連絡が途絶え、何の罪もない携帯をいじめてばかりいた。
ヒョンソにも、きちんと謝りたかった。デヒョンと話すうち、自分はずいぶん卑怯なやつだと思い知らされた。ヒョンソなら、それに気づいていたのかもしれなかった。
「ジフン、やっほー」
いつもと変わらない明るい声に、気持ちが少し落ち着いた。ジフンは、セハに告白したことを話した。
「あ、本当? よくやったね。その日のうちに言うなんて、よっぽど待ちきれなかったんだね」
そう言って、からからと笑った。その笑い声に、かえって叱られている気がした。
「そうかな。ヒョンソと話してたら、何もできずにいた自分が情けなくなったんだと思う。それで、何だかんだあって、言うことになった」
「そっか。でも、わかってる?」
「何が?」
「私が教えてって言ったのは、告白してどうなったかだよ。告白したことを教えてって言ったんじゃなくて」
ヒョンソはくすくす笑った。言われてみれば、話すのが早すぎたのかもしれない。また、自分がばかに思えた。
「あっ、そうだったか。また焦りすぎたな」
二人は携帯を手にしたまま、しばらく笑い合った。
「でも、俺、ヒョンソには正直じゃなかった気がするんだ。それが気になってて……」
「ジフン」
「うん?」
謝ろうとしたところで、ヒョンソが言葉を遮り、名前を呼んだ。
「謝らなくていいよ」
少し笑いの消えた声だった。ジフンは、どうしていいかわからなかった。
「本当に、うまくいってほしいと思ってる。幸せになってほしいって」
「うん。ありがとう」
ヒョンソとの電話は、それで終わった。もう、気軽に連絡することはできない気がした。ある人には想いをすべて伝えたのに、別の人には、半分も伝えられなかった。男女の関係とは、こういうものなのだろうか。苦い気持ちが残った。
二十七日になると、かえって落ち着いた。結果がどうであれ、セハなら、今日連絡してくれるはずだった。これまでの様子も、悪くはなかったと思う。断られるのではないかと心臓が締めつけられることもあったが、ひと月近く待っているうちに、悟りでも開いたような気分になっていた。ところが、電話をかけてきたのはジュミョンだった。
「ねえ、何してる?」
「そっちに関係あります?」
待っていた電話は来ず、ジュミョンからの連絡だったので、ぶっきらぼうに答えた。
「こいつ、言ってくれるね。あとでセハと会うんだけど、ジフンも呼んでって言われたんだけど? じゃあ、来ないってことでいいんだ?」
ジフンは、だらだらしていたベッドから跳ね起きた。
「いえいえ、行きますとも。何時までに行けばいい?」
ジュミョンは笑いながら、五時までに家へ来るように言った。インスと遊んでいるから、五時に合流して一緒に遊ぼうということだった。二人きりで会えば気まずくなるから、友達と一緒に会うことにしたのだろうか。それとも、遠回しに断るつもりなのだろうか。また頭の中が複雑になり、時計を見た。残りの五、六時間が、今日のうちに過ぎるとは思えなかった。
バスを降りると、インスとジュミョン、セハの姿が見えた。会わなかった数週間のうちに、セハはどこか大人びた顔になったように見えた。眉を寄せ、軽く手を上げて、ジフンを迎えた。インスとジュミョンは、事情をよく知っているくせに、何も知らないような顔で、いつもどおりに接した。
「お腹すいた。ご飯でも食べに行こう」
ジュミョンの手招きに、四人は連れ立って食事をする店を探した。ジフンも、普段と変わらず友達と笑って話したが、視界の端にずっといるセハが、どうしようもなく気になった。今日はまだ一度も、まともに顔を見られていなかった。食べ物が口に入っているのか鼻に入っているのかもわからないまま、機械的に口へ運び、友達の話に相槌を打った。
「ビデオでも借りて見ないか?」
ジュミョンの家に向かう途中、レンタルビデオ店が見え、インスが言った。全員が賛成し、店に入って、一緒に見る映画を選んだ。四人とも好みが違い、見た映画もばらばらで、一本を選ぶのに時間がかかった。インスとジュミョンは、あれこれ言い合いながら、熱心に選んでいた。セハは、タイトルの書かれたビデオを指でたどり、一つのところで手を止めた。
「あ、これ、見たかったんだ」
ジフンは、どんな映画かと覗き込んだ。中学三年の冬に見た映画だった。少しためらい、インスの様子をうかがった。インスは、何だよ、という目でジフンをにらんだ。ここで持ち出すような思い出ではなかったので、ジフンはさっとビデオを取り、みんなに見せた。
「これにしよう。セハが見たいって」
「あ、いいね。私も見たかった」
ジュミョンの返事に、セハはうれしそうに笑った。インスだけが、不満そうに唇を突き出した。
「『Love Letter』……お前ら、まだ見てなかったの?」
その目に、中学三年の終わり、トンア劇場での思い出がかすかに浮かんだように見えた。
「もう一回見ようぜ。俺、内容なんて全然覚えてない」
インスは、あまり気が進まない様子だったが、笑って、そうするかと答えた。
「でも、うちにあるの、ビデオじゃないよ。DVDだから」
ジュミョンは、ふふんと鼻を鳴らし、『Love Letter』のDVDを探し出して、自慢げに掲げた。ジフンは、その新しい代物を物珍しそうに、しばらく眺めた。




