第49話 ミントの香りがする子(2)
あちこちで笑い声が上がった。今ではありふれた暴力団もののコメディだったが、観客たちは心から楽しんでいた。ちらりと見ると、ヒョンソも目に涙までためて、声を上げて笑っていた。ふと別の考えが割り込んできたが、ジフンも雰囲気を壊したくなくて、頭を空にし、映画に集中した。それには、うってつけの映画だった。
「どうだった? 私、すごく面白かった」
ジフンにとって、映画は二種類あった。結末の余韻に浸り、エンドロールがすべて流れ終わるまで座っている映画と、そうではない映画だった。終わるなり立ち上がり、客席を先に下りていくジフンに、ヒョンソが感想を伝えた。ふと、『パール・ハーバー』を見た日を思い出した。あの日も、エンドロールまで見たい映画ではなかった。それでも、すぐには立ち上がれなかった。一緒にいた、一人のおかげだった。
「俺も面白かったよ。チャ・スンウォン、笑えたね」
ヒョンソは電車ごっこのように、先を行くジフンの両肩に手を置いた。軽いのに重みのある手の感触が、肩に伝わった。
「すごくお腹すいた。ご飯食べに行こう、ジフン」
「うん。何か食べたいものある?」
ヒョンソは目を動かし、何を食べようかと考えた。その豊かな表情を見ていると、ソヒョンとインスの言葉を思い出した。
――ジフン。ヒョンソも、すごくいい子だよ。かわいいでしょ。性格もいいし。
――女の子があんなに積極的に来るって、そう簡単なことじゃねえぞ。
確かに、自分にはもったいない子だった。かわいくて、性格もよくて、いつも先に話しかけてくれた。そんなヒョンソが自分を好きだという事実には、実感が湧かなかった。肩に置かれた手をぎこちなく感じるのも、自分が悪いように思えた。
「ピザにしよう。ピザ!」
カンナム駅の大通りから路地へ入ったところにあるレストランは、中学生のころから、ときどき来ていた店だった。パスタやピザの名前がずらりと並ぶメニューを見るたびに、迷ってしまった。
「うーん。何にしよう」
「ピザとパスタを一つずつ頼んで、分けようか?」
「うん。いいね」
周りでは、もう盛んにビールが行き交っていた。学生の二人は、うらやましそうに口を動かすだけで、くすくす笑った。
「仕方ないね。コーラでも頼もう」
注文を済ませると、ジフンは話すことがなくなっていった。ヒョンソがいろいろと話しかけてくれたが、答えるだけで精いっぱいだった。
「お兄さんは、ジフンに似てるの?」
「いや、みんな驚くよ。全然似てなくて。性格もまるで違う」
「へえ。会ってみたいな。私、一人っ子だから、きょうだいのいる子がうらやましい」
ときどき訪れる沈黙は、ヒョンソが先に口を開いて、ほどいてくれた。ジフンは、ヒョンソと過ごす時間が嫌ではなかった。ただ、自分のぎこちなさが伝わりそうで、かえって口数が減った。
「来た。食べよう!」
「うん。これ、どうぞ」
ジフンはピザを一切れ取り、ヒョンソの皿に載せた。それから自分も一切れ取り、ひと口かじった。
「ああ、おいしい。ここ、ときどき来るんだけど、来るたびにいいなって思う」
「本当だね。私、初めて来た。アンガス……覚えておこう」
ジフンは、中学生のころ、友達とときどき来ていた話をした。そこにはインスもいた。それから、ほかの友達の話をしようとして、言葉を止めた。
「中学生のころは、どんな子だったの?」
「どんなって。普通のやつだったよ」
「彼女はいなかった?」
「うん。俺、そういうの、ちょっと遅かったんだ。女の子と付き合うなんて、考えもしなかった」
ヒョンソは笑いながら話を聞いた。中学時代の恋愛について、何も話すことがないわけではなかったが、話すにも中途半端なことばかりだった。
「じゃあ、今は考えてるってことだね?」
「いや……そうなるのかな」
どうしてこんな流れになったのか、困ってしまった。恋愛の話は避けたかった。けれど、そんな気持ちでヒョンソと向き合って座っている自分が、矛盾している気もした。料理はゆっくりと、きれいに平らげられていった。
「ああ、おいしかった」
ヒョンソは満足そうな顔をした。ジフンはコーラをストローで吸い、伝票を取った。
「私も出すよ。いくら?」
「いいよ。ここは俺が払う」
ヒョンソはにこりと笑い、財布をしまった。
「じゃあ、タラクパンに行かない?」
ジフンは携帯電話を開き、時間を確かめた。特に用事はなかったが、あまり遅くまで連れ回したくはなかった。
「うん。周りで飲んでるのを見てたら、俺も飲みたくなったし。一杯ずつ飲んで帰ろう」
「一杯って。この前は、一人で全部飲みそうな勢いだったじゃない」
ジフンは、あの日を思い出した。ぎこちなく笑い、そろそろ立とうと身を起こした。
「二人です」
店の主人は二人を見ると、階段の上を指した。学生たちだけが上がる、タラクパンの中のタラクだった。タラクでは、すでに何人かのあどけない顔の子たちがテーブルに着いていた。
「とりあえず、焼酎を一本とオデン鍋をお願いします」
ヒョンソは手早く注文した。ほどなく、サービスのつまみと焼酎、それからグラスが二つ届いた。ヒョンソは瓶を開け、グラスを満たした。それからタバコを一本くわえ、煙を吐き出した。一度嗅いだことのある、ミントの香りだった。ジフンのタバコの煙と混じり合って立ちのぼる、かげろうの向こうで、ヒョンソと目が合った。ヒョンソはジフンを見て尋ねた。
「セハのこと、好きなんでしょ?」




