第47話 ためておいた時間も、もうないのに(2)
カラオケが終わると、今日も家に誰もいないと確かめたジュミョンが、みんなを自分の家へ引っ張っていった。何人かは明日用事があると言って帰り、七人がジュミョンの家の居間に集まって座った。ヒジェが慣れた手つきで焼酎とビールを混ぜ、みんなに配った。
「ひどく酔ったことってある?」
「どうだろう。飲んでれば、酔うことはあるけど」
ヒョンソは、やはりジフンの隣にいた。けれど、その振る舞いは、それほど居心地の悪いものではなかった。むしろ、独特の笑い方と話のうまさで、人をくつろがせてくれる子だった。
「顔が赤くなってるの、一度も見たことないんだよね」
「そうかな?」
すると、隣で聞いていたインスが割って入った。
「こいつ、酔うとたち悪いんだよ」
ヒョンソは、それを聞くとインスのほうへ身を傾けた。
「たち悪くなるのは、インスのほうでしょ。何言ってるの?」
インスは、もう何も言うことはないというように手を振った。
「はいはい。何だよ、かばっちゃって」
ジフンもインスも、ヒョンソも、声を上げて笑った。
酒は、夜をいっそう深く、暗くした。酔いの回り始めた友達は、目に見えて言葉と動きが遅くなった。ジフンはビールだけをほどほどに飲みながら、楽しそうにみんなを眺めていた。先に帰ったデヒョンを思い出した。いつか、自分のしたことを打ち明け、謝らなければならない。それが苦しかった。
「家、どの辺だっけ?」
ヒョンソもあまり飲まず、まだしっかりしているほうだった。
「ヨクサム駅の近く」
「私はどこだと思う?」
「どうだろう。そういえば、聞いたことないな」
「パンベ洞。ソンムン高校の近くだよ」
なじみのある名前に、ジフンは興味を引かれた。
「うちの学校の近く? どこかですれ違ってたかもしれないね」
「そうなの。家の近くで、そこの制服着てる子、よく見るよ」
話題ができると、自然にいろいろな話が行き交った。ヒョンソは生まれも育ちも、ジフンの通う高校の近くだった。
「今度、おいしいものでも食べに行かない? 学校の近くにいてくれればいいよ。あの辺のいいお店、私、よく知ってるから」
「うん……いいよ」
あれこれ話して笑っているうちに、また振動を感じた。今度は画面も確かめずに玄関へ向かい、先に靴を履いた。理由のわからない確信があった。
着信は、やはりセハだった。
「うん。もしもし」
「うん! セハだよ」
「今日はよく電話くれるね。ははっ」
「うん。あのね、実はずっと手紙を書いてたんだ。デヒョンに」
ジフンは、一瞬、何を言えばいいかわからなかった。羨ましさと戸惑いが、同時に押し寄せた。
「ああ……そうだったんだ」
「うん。それを今、公園で燃やしちゃった」
澄んだ笑いを含んだセハの声は、晴れやかだった。その晴れやかさが、心のしこりを洗い流してくれるようだった。公園の片隅で手紙を燃やす姿が浮かんだ。ジフンは電話で話しながら、いつの間にかセハの家のほうへ歩いていた。
「ばかみたいに、まだ書いてたんだよ。習慣みたいに」
「そんな歌があるよね。習慣って、本当に怖いものなんだなあ」
「あはははっ」
弾ける笑い声が、電話の向こうから響いた。足を前へ運んでくれる声だった。
「でも、大したことじゃないって思ったら、本当に何でもない気がしたの。それで、全部燃やしたんだ。よくやったでしょ?」
「よくやったね。そういうのは、早く燃やしちゃわないと」
「そうだね」
走れば、五分もあれば着く距離だった。早足で歩いていると気づかれたくなくて、息遣いを抑えながら歩いた。早く駆けつけて、顔を見たかった。今日は、もっといろいろな話ができそうな気がした。
「ジフン。ありがとう」
「お礼なんて。そう言ってほしくて話したわけじゃないよ。余計なことを言っちゃったかなとも思ってて」
「ううん。本当に助けられたよ」
セハの家がある区画の信号が見えてきた。道を渡れば、マンションの入口だった。セハは、少し出てきただけだから、早く帰らなければと言って、電話を切ったあとだった。すれ違ってしまうのではないかと、気が急いた。赤信号でも渡ってしまおうかと思ったが、ときおり通る車が、そう簡単には許してくれなかった。
信号が変わり、急いで渡ると、セハが見えた。
セハは、別の誰かと一緒にいた。一度も詳しく聞いたことはなかったが、後ろに停まっているバイクだけで、見当がついた。ジフンは、思わず身を隠し、二人を盗み見た。静かな声で、何かを話しているようだった。表情までは、よく見えなかった。ジフンは拳を強く握った。いろいろな感情で、頭がくらくらした。
どうして自分がここにいるのか、わからなかった。あまりにばかみたいで、自分が情けなかった。
やがて、男がセハを抱き寄せる姿が目に入った。心臓が速く打ち、手が震え始めた。一瞬目をそらしたジフンが、もう一度顔を向けたときに見えたのは、その背中へ回っていくセハの手だった。
車が通ることなど、もう構わなかった。信号がまだ変わらない横断歩道を渡り、来た道を走って戻った。息が苦しいのは、目にした光景のせいなのか、急いで走ってきたせいなのか、わからなかった。ジュミョンの家に入ると、ヒョンソが首をかしげた。
「どうしたの? ずいぶん長かったけど、どこに行ってたの?」
「ああ、タバコがなくなって、買ってきたんだ。一本吸いながら、風にも当たってきた」
辺りを見回した。まだ飲み切っていない焼酎とビールが、一、二本見えた。ジフンは焼酎とビールを混ぜ、一息に飲み干した。久しぶりに飲む焼酎の苦さが、喉を引っかきながら落ちていった。二杯目をなみなみと注いで飲むと、少し落ち着く気がした。ジフンは、ヒョンソを見て言った。
「さっき、ご飯に行こうって言ってたの、いつがいい?」




