↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/81

第45話 何でもない(2)

 母と父が帰宅し、夜は更けていった。セハは、少しコンビニへ行ってくると言って家を出た。手には、資源ごみ置き場で見つけた空き缶と、手紙のノートを持っていた。公園には、再び静けさが流れていた。辺りを見回し、できるだけよさそうな場所を探してしゃがんだ。それから、胸元に抱えていたノートを取り出し、最初の一枚を破った。さらに細かくちぎって缶に入れ、火をつけた。

 作業は、早く、あっけなく進んだ。幾日もかけて、一文字ずつ力を込めて書いた言葉が、ほんの数秒で黒い灰を残し、缶の中で消えていった。


 ――でも、これは私の心じゃない。


 燃えたのは、紙だった。

 赤い炎の中へ消えていく文字が見えた。

 それは、ただ意味のない文字だった。


 ――それなら、私の心はどこにあったんだろう。


 セハはポケットからタバコを取り出し、くわえた。紙の燃える煙とタバコの煙が重なり、散っていった。小さな火遊びが、頬を温めてくれた。すると、じきに目がしみ始め、ベンチへ逃げなければならなくなった。セハはポケットから携帯電話を取り出した。


「もしもし?」

「うん、セハだよ」

「お、今日はよく電話くれるね」

 ジフンの周りは、さっきほど騒がしくなかった。その音さえ遠のいていくところを見ると、友達から少し離れたようだった。

「うん。あのね、ずっと書いてた手紙があったの。デヒョンに宛てて書いてたものなんだけど」

「ああ……そうなの?」

「うん。それを今、全部燃やしちゃった」

「そっか……」

 セハは、またタバコの煙を深く吸い、顔を上に向けて吐き出した。黒い空が目に入った。ジフンの瞳を見ているような、深く澄んだ空だった。

「ばかみたいに、まだ書いてたんだよ。習慣みたいに」

「そんな歌があるよね。習慣って、本当に怖いものなんだなあ」

「あははっ」

 いきなり歌い出すジフンがおかしくて、笑ってしまった。

「でも、大したことじゃないって思ったら、本当に何ともない気がしたの。それで、全部燃やしたんだ。よくやったでしょ」

 これを言えば、泣いてしまうかもしれないと思っていた。けれど、出てきたのは笑いだった。無理に作った笑顔ではなく、自然にこぼれる笑いだった。

「よくやったね。そういうのは、早く燃やしちゃわないと」

「そうだね」

 受話口の向こうから、ジフンの笑い声も混じって聞こえた。

「ジフン。ありがとう」

「お礼なんて……そう言ってほしくて話したわけじゃないよ。余計なことを言っちゃったかなとも思ってたし」

「ううん。本当に助けられたよ」


 二人は、少しおしゃべりをした。コンビニに行くだけと言って出てきたので、あまり長く外にはいられなかった。セハは、塾の日に会おうとジフンに別れを告げ、電話を切った。

 また、穏やかさが戻ってきた夜だった。昨日と変わらない今日だった。草むらの虫たちが、セハの歩調に合わせて歌っているようだった。明日からは、また新しい気持ちで過ごせそうだった。


 けれど、その思いは長くは続かなかった。道路を渡り、マンションの入口に近づくと、見慣れたシルエットが目に入った。

 黒い車体のあちこちに、白い装飾のあるバイク。

 片側に置かれた、白いヘルメット。

 壁にもたれ、携帯電話をいじっていたガンウンと目が合った。ガンウンはセハに気づくと、携帯電話をしまった。セハは、携帯電話を入れていたポケットに、小さな振動を感じた。一瞬目が合ったものの、すぐに視線をそらした。その前を通り過ぎ、マンションの敷地へと足を速めた、そのとき、ガンウンに手をつかまれた。


「きゃっ!」

 驚きのあまり振りほどこうとしたが、ガンウンは手を離さなかった。

「ごめん。少しだけ話がしたくて来たんだ」

 セハの腕は、小さく震えた。

「こんなところで待ってたら、怖いじゃない」

 会いたくない相手が家の前で待っているのは、恐怖だった。

 けれど、ガンウンの目を見ると、怖さは少しずつ、別の感情と混ざり合っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。