第42話 散りゆく想い(1)
2001年6月、18歳のセハ
「でも、見てると、セハも結構思いつきで動くところがあるよね」
バスで移動している途中、ジフンが言った。
「ん? 何が?」
「この前は、急にカラオケに行こうって言っただろ。今度は映画だ」
「ああ……本当だ」
二か月ほど前、ヤンジェで偶然ジフンに会ったことを思い出した。ガンウンと別れたばかりで、まだ心が混乱していたころだった。新しく気になる人ができたことも、自分を責める理由になった。そんなとき、特に何も言わずにイヤホンを差し出してくれた、その仕草は温かかった。
「本当だね。ジフンといると、つい寄り道しちゃうね!」
「寄り道って。俺は本当に勉強するつもりだったんだよ」
「ふふ。わかってるよ。席がないんだから、仕方ないでしょ。たまには頭も休ませなきゃ」
ジフンは、同意するように笑った。何気なく寄り道という言葉を口にしたが、本当に解放されるような気がした。
「降りよう。着いたよ」
サムソン駅のコエックスモールは、迷路のようだった。ときどき来るここは、来るたびに、うっかり道に迷ってしまいそうだった。セハは、人の間をすり抜け、大股で先を行くジフンのすぐ横にくっついて歩いた。
「あれ。おかしいな?」
「どうしたの?」
映画館を示す案内に従って歩いているつもりだったが、違うところへ来てしまったようだった。
「こっちだったと思ったんだけど。俺、実は方向音痴なんだ」
「ええ? 私は、ジフンについてきただけなのに?」
セハは、こみ上げる笑いをこらえられなかった。ジフンは気まずそうに、きょろきょろと案内を探し続けた。
「私も方向音痴なんだよ。映画館、見つからなかったらどうするの?」
結局、通りかかった人に道を尋ねた。教えられた方向へ進んでも、入り組んだ通路が続き、ようやくチケット売り場にたどり着いた。
「何見ようか? 今、何が面白いんだろう」
ジフンは慎重に映画を選んだ。眉間に力まで入れ、深く考えては、また考えているようだった。
「これっていうのがないな。あれが、今いちばん人気みたいだ」
ジフンは、いちばん多くのスクリーンで上映されているコメディ映画を指した。セハにはよさそうに見えたが、ジフンは、どうも気に入らない様子だった。
「そうだね。いちばん多いね。どうしたの? あんまり面白くなさそう?」
「せっかくだし……あ、この映画、見た?」
ジフンは、上映スクリーンが一つだけになった外国映画を指した。セハも聞いたことのある映画だった。
「見てないけど、クラスの子が話してるのを聞いたよ。面白いんだって。これにする?」
「俺も見たいんだけど、上映まで二時間もあるんだ」
「いいじゃない。二時間、おしゃべりしてから入れば」
二人は、チケット売り場の列に並んだ。映画代は、セハが払うことにした。
「いつも私の寄り道につき合ってくれるんだから、私がおごらなきゃ」
「じゃあ、俺はポップコーンでも買おうかな」
ジフンはチケットを二枚受け取り、じっくり見た。
「うわ」
何かに驚いたような顔をして、困っていた。セハも心配になって尋ねた。
「どうしたの?」
「いや……映画、すごく長い。終わるころには、十時になってそうだ」
二人は映画を見ることに浮かれ、肝心の開始時間も確かめていなかった。セハもジフンから一枚受け取り、時間を確かめた。
『パール・ハーバー 第6スクリーン 19:05~22:02』
「あ、本当だ。うーん」
セハは、少し考え込んだ。連絡もせず、十時まで映画を見ていたら、途中で母から電話が来そうだった。大丈夫だよとジフンを安心させてから、母に電話をかけた。
「お母さん、友達と映画を見てから帰るね。でも、映画の時間が遅くて、家に着くのは十一時になりそう」
母は、うーんと声を引き延ばした。だめだと言われそうで、セハは急いで続けた。
「朝十時から六時まで、ずっと勉強するんだよ。もうすぐ試験期間だから、遊べなくなっちゃうし。今日だけ遊んで帰るね」
セハは、あの手この手で甘え、母の気持ちを和らげた。結局、母は末娘にはかなわないというように、聞き入れてくれた。朝から一日中勉強していたという話が、よく効いた。電話を切ったセハは、にこりと笑い、ジフンにピースサインを見せた。
「よかった。じゃあ、終わったら家まで送るよ。遅くなるし」
「それはありがたいな。今日はお願いするね」
チケットをいじっていたジフンが、不思議そうに言った。
「でも、何で六時まで勉強するって言ったの? 今、五時なのに」
「もう! 嘘に決まってるでしょ。そこは流してよ」
上映まで二時間近くあり、二人はあちこちの店を見て回った。文房具屋や服屋など、行けるところはたくさんあった。服を選ぶのが苦手だというジフンに、セハは熱心に似合う服を探した。ジフンは値札を見るたび、頭の中で計算しているのか、眉間にしわを寄せた。今すぐ買うお金はなかったが、一つ一つ、よく覚えておこうとしていた。一、二着、試着もしたが、買わないのに着るのは悪いと言って、最後は顎の下に当ててみるだけにした。
そうして、時間はまた、あっという間に過ぎた。
二人は迷わないよう、合間に帰り道を確かめていた。上映時間が近づき、戻る道は、すんなり見つかった。
「ほら。今度は一回で見つけた」
「私が、ずっと見ておいたからね」
セハは、ふざけて自分のおかげだと肩をすくめた。
「俺も見ておいたんだけど?」
ポップコーンと飲み物まで買うと、上映時間が迫っていた。二人は、薄暗い映画館に姿を隠した。
三時間近い映画は、見応えがあった。戦闘機が目まぐるしく空を切り、潜水艦が爆発する。すさまじい視覚効果に、すっかり心を奪われた。三時間とは信じられないほど、早く過ぎた。エンドロールが流れ、壮大な音楽が響くと、なぜか涙が出そうにもなった。
「どうだった、ジフン?」
ジフンは、にこにこ笑っていた。
「マイケル・ベイって、やっぱり人の頭を麻痺させるような映画を作るな。面白かった」
「うん。すごく面白かった」
ジフンは、エンドロールが流れても席に座っていた。セハは、心に残った場面をジフンに話した。ジフンは一つ一つ聞き、自分も思い出す場面を話した。二人は頷き合い、しばらく映画の話をしていた。




