第41話 寄り道(2)
店に入ると、品名のぎっしり並んだメニューが見えた。来るたびに何を頼むか迷うが、食べるものはほとんど決まっていた。
「俺、トンカツ」
「トンカツ、おいしそう。私は何にしよう」
セハは、もっと長く迷っていた。ジフンは、そのまま選ばせておいて、水を二杯持ってきた。
「おばさん、トンカツ一つと、ラッポッキ一つください」
「セハ、本当にトッポッキ好きなんだね。塾の前にも、いつもトッポッキばっか食べてるのに」
「あれ、そうだった? 久しぶりに食べたくなったと思ってたんだけど」
最近食べたものを思い出すように、セハは上を見た。その目にも、きっとトッポッキばかりが見えていそうだった。
「そういえば、今週だけで三回は食べたね。でも、おいしいでしょ」
「トッポッキ、おいしいよな」
「じゃあ、分けて食べよう。私もトンカツ食べたい」
「いいよ。いくらでも食べて」
料理は、あらかじめ用意していたように、すぐに出てきた。ジフンはトンカツをすべて食べやすい大きさに切り、口いっぱいに頬張った。セハも一口食べ、おいしそうに目を丸くした。それから、口を隠して笑った。トンカツ一切れに見せられる、いちばん輝く笑顔だと思った。
「ここ、おいしいね。これを食べに来るためだけでも、通いたくなる」
「だろ。俺もびっくりした」
二人はよほど空腹だったのか、勢いよく食べ始めた。ジフンは、この速さで食べると、セハの分が少なくなってしまいそうで、フォークを置いた。
「もう食べないの?」
「腹もいっぱいになってきたし、セハも食べなきゃ」
「私、全部食べられないよ。もっと食べて」
ときどき女の子と食事をすると、胃が拳くらいしかないのだろうかと思うほど、数口食べただけで、すぐに満腹になってしまう。セハも小さな体に見合うように、あまり食べられず、フォークを置いた。そのおかげで、ジフンは残ったトンカツとラッポッキを平らげなければならなかった。
「腹いっぱいで、歩けそうにない」
「ふふ。すごくよく食べるんだね」
「でも、結構長く覚えてそうな味だった」
「そうだね」
セハは少し考え込んだ。それから、食事代を払ったジフンにお返しするように、飲み物を買った。
「ずっと時間が経っても、ここのご飯の味、覚えてるかな?」
唐突な言葉だったが、ジフンはすぐに頷いた。それほどおいしかったというのもあるが、セハと行った場所は、全部覚えていそうだった。
「何年かあとに、話すかもしれないな。あそこのご飯、本当にうまかったなって」
セハは、にこりと笑った。つかめない未来を描いているような目だった。ジフンは、ふと思いついた話をした。
「知ってる? 『冷静と情熱のあいだ』」
「うん、読んでた友達がいたよ。日本の小説でしょ?」
「そう。今の話とは関係ないんだけど、二冊のうち、一冊は男の作家が、もう一冊は女の作家が書いてるんだ。別れたあとの、男と女の気持ちが、それぞれずいぶん違って感じられるんだよ」
「へええ」
セハは興味深そうに、ジフンの言葉に耳を傾けた。
「一緒にいるときは、同じ時間を過ごしたはずなのに、別れると、それぞれまったく違う記憶になる感じ、あるだろ? 何となく、それを思い出したんだ」
「じゃあ、今日のご飯も、時間が経つと違うふうに覚えてるのかな?」
「はは。それはわからないな。そうなるには、おいしすぎたけど」
ジフンは、そっとセハの表情をうかがった。余計なことを言って、過去の相手まで思い出させてしまったのではないかと心配になり、映画の話に変えた。
「その本が映画になって、もうすぐ公開されるらしいんだ。韓国でいつ公開されるかは知らないけど、公開されたら絶対見たいと思ってた」
「そうだね。話を聞いてると、面白そう」
しばらく、静かな時間が流れた。そろそろ戻って、勉強しなければならなかった。炭酸飲料を飲むと、いっぱいだった腹も、落ち着くようだった。
「じゃあ、戻ろう。続きをやらなきゃ」
ジフンが立ち上がり、先に図書館へ向かった。セハは笑いながら、あとをついてきた。けれど、すぐに二人は困った顔で、また外へ出てこなければならなかった。
「どうしよう。その間に、席が全部埋まっちゃった」
「こんなことになるとはな。みんな、俺たちみたいに荷物を持って出ずに、置いてったみたいだ」
朝早く来たときには、余裕のあった閲覧室が、いつの間にか隙間なく埋まっていた。食事に出たのか、長い間、誰も戻ってこない席も多かった。できることなら荷物をどかして座りたかったが、わざわざ揉め事を起こすわけにもいかなかった。
「どうしよう。カフェとかにでも行く?」
「うーん……ジフン、今日やる勉強、たくさんある?」
何かを思いついたようなセハの顔には、いたずらっぽさがあふれていた。
「やることは多いけど、今日じゃ全部終わらないんじゃないかな。たぶん、試験の前日になっても終わらないよ」
セハは、くすくす笑った。
「じゃあ、映画を見に行こう!」
思いもしなかった誘いだった。週末、映画でも見に行かないかと、何気なく誘ってみろと言っていたヒジェの言葉が浮かんだ。ジフンは、ばかみたいに、一か月以上経っても、それを言い出せずにいた。
「映画?」
「うん。さっき映画の話をしてたでしょ。急に、すごく見たくなっちゃった」




