第34話 ぼやけた夜(2)
ジフンはセハを見た。元彼の話をするのは、どうしてだろう。変わってしまった相手に失望して、心の拠り所ができたのだろうか。
「だから、さっき言ってたでしょ。友達とは、この先も変わらないと思うって。本当にそうだったらいいなって思ったんだ。変わっていく人たちに振り回されるのは、本当に嫌」
ジフンは、セハに聞こえるか聞こえないかという声でつぶやいた。
「俺は……たぶん、変わらないよ」
「え?」
心の中の言葉が出てしまったが、幸い、セハには聞こえなかった。ごまかすように答え直した。
「いや、友達のこと。たぶん、変わらないよ。だから、悲しまなくていいよ」
セハはぱっと笑った。しばらく沈黙が流れた。このまま話が終わってしまいそうで、今度は自分が話す番だと思った。
――セハは、今、好きな人いるの?
その言葉が喉元まで上がってきたが、答えを聞くのが怖くなった。
けれど、セハは帰ろうと言う代わりに、話を続けた。
「それでね。実は、好きな人ができたみたいなんだ」
会話の流れが、自然にここまで続いていた。聞かなくても、話すつもりだったようだ。もしかしたら、この話をするために公園へ来たのかもしれなかった。
「誰……? 俺の知ってる人?」
「うん」
手の中の、空になった牛乳のパックをつぶした。言ってよと迫ることも、急かすこともできなかった。ただ、じっと待つしかなかった。
「デヒョン」
そうだった。
やっぱり、そうだった。
見たとおりだった。デヒョンにばかり話しかけて、ほかとは違う顔をしていた。一度も見たことのない顔。頭にのしかかっていた岩の塊の正体がわかると、力が抜けた。認めたくはなかったが、セハから直接聞くと、うまく息ができなかった。顔を覆ったり、髪をかきむしったりしたかった。立ち上がって、どうしてよりによってデヒョンなんだと叫びたかった。ジフンは、その一瞬に全身を駆け抜けた失恋の感触を、できるだけ抑え込み、穏やかな顔をした。
「そっか。そうかなって思ってた」
「えっ、ほんと? そんなにわかる?」
ジフンは小さく笑い、また宙へ目を向けた。
「そこまでじゃないけど、今日見てたら、何となくそんな気がして。俺も確信はなかったから、ほかのみんなは気づいてないはずだよ」
「そっか……まあ、今のところ、付き合いたいとか、すごく真剣だとか、そういうわけじゃないよ。いいなって思うくらい?」
握りしめていた牛乳のパックを、隣の席へ置いた。もう話すことが思いつかなかった。
セハはにこりと笑い、顔を上げて言った。
「不思議と、ジフンといると、こういう話までしちゃうんだね」
ジフンは乾いた唇を湿らせた。
「友達だから……じゃないかな?」
「うん、そうだね。ありがとう。いつもちゃんと聞いてくれて」
「聞くことなら、いつでもできるよ」
肩にかかったバッグが、何となく重かった。これ以上何を言えばいいかわからず、意味もなくバッグを掛け直した。それから、中の何かを思い出したようにウォークマンを取り出し、片方のイヤホンを渡した。
「音楽聴こうってこと?」
「うん。聴いてから帰ろう」
二人は静かに音楽を聴いた。ギターの音が、胸をえぐるようだった。セハに勧めはしたが、自分が聴きたかったのだ。真っ黒な夜空が、ゆっくり降りてくる気がした。
セハの住むマンションが見えると、二人は別れの挨拶をした。セハはすっきりした顔をしていた。ジフンも笑っていたが、セハが見えなくなり、マンションの敷地の入口まで戻る道は、妙にぼやけて見えた。停まっている車の窓に映った自分の顔が、痛々しかった。今にも泣きそうな顔を見ると、さらに悲しくなった。このまま友達のところへ戻るのは難しかったが、とにかく歩いた。セハを送ってきた道を戻ると、足取りはますます重くなった。ジュミョンの家のリビングの窓は明るく、騒がしさが一階まで届いてくるようだった。また友達と笑って騒げるだろうか。ジフンはそのまま家へ向かった。




