第33話 ぼやけた夜(1)
2001年5月、18歳のジフン
「おい、イム・ジフン。セハを家まで送ってきなよ」
ジフンは向かいのデヒョンを見ながら、考え込んでいた。友達は競い合うように騒いでいたが、その中に流れる妙な空気を感じ取っていた。みんなの話は、いつの間にか耳に入らなくなった。ソヒョンが隣でさっきから何かを話していたが、ジフンは適当に相槌を打つだけだった。
セハにも、これまで感じたことのない空気が漂っていた。認めたくない、不愉快な感情だった。デヒョンも友達に冗談を言ったり、ふざけたりしていたが、視線は別のところへ向いていた。知ってはいけないことを、知ってしまった気がした。
黙ってグラスを空けていると、ジュミョンの声に、はっと我に返った。
「え? 俺? 何を?」
「セハを送ってきなって。朝から遊んだんだから、夜まで責任持ちなよ」
そういえば、セハはいつの間にか帰る支度をしていた。ジフンは立ち上がり、バッグを手に取った。頭の中は複雑だったが、セハを送っていけるのは悪くなかった。酒を買うとき、一緒に買ったチョコ牛乳を思い出し、冷蔵庫から出してバッグへ入れるのも忘れなかった。
「一人で帰れるのに。申し訳ないな」
「どうせ遠くないし。酔いをさましがてら、すぐ戻ってくるよ」
「じゃあ、お世話になろうかな」
セハは友達一人一人と挨拶を交わした。まだ全身にまとわりついた居心地の悪さから抜け出せずにいたジフンは、セハを置いて、先にエレベーターまで行ってしまった。
「一緒に行こうよ。送ってくれるって言ったのに、一人で行っちゃうの?」
セハの笑顔を見て、自分だけが先走りすぎていた気がした。視界がかすかに揺れそうな酔いと、セハからほのかに漂う香りが、頭を悩ませた。
「あ、エレベーター止めておこうと思って」
頭を振り、目に力を入れた。今はセハを送ることだけに集中したほうがよかった。歩きながら話していれば、自然に聞けるかもしれなかった。
「えへへ、何それ。さっきからぼうっとしてるよ」
ジフンはかすかに笑った。十分ほどの間に、何を話せばいいだろう。少し前、ヤンジェで偶然会ったときに聞いた、彼氏の話が浮かんだ。気軽に切り出せる話ではなかったので、慎重に尋ねようと、タイミングを計った。
「何か悩みでもあるの?」
「何でもないよ。酔ってるせいかな。夜風に当たれば大丈夫」
「何でもないって感じじゃないけど?」
話を変えようと、チョコ牛乳を取り出した。セハがストローを探して周りを見回すと、ちょうどコンビニがあった。一緒に飲もうと、もう一本チョコ牛乳を買い、ストローももらって渡した。
あれこれ話しているうちに、無情にも、もうセハの住むマンションが見えてきた。気がかりや、胸に引っかかる思いを抱えたまま帰りたくはなかった。それで、何でもいいから話を続けようとした。
「元気を出してほしいな。時々、つらそうに見えることがあるから」
明るく笑って話していたセハは、いつの間にか口数が減っていた。
「公園で、少し座って話してから帰ろう」
意図していたわけではなかったが、もう少し時間を稼げた。向かいへ渡ると、誰もいない公園で、街灯の下のベンチだけが、寂しそうにジフンを待っていた。
「実は最近、ちょっと気持ちが複雑なんだ。いろいろと」
「そっか……そう感じたから言ったんだけど、詳しくは聞きにくくて。踏み込みすぎだと思われるかもしれないし」
「ううん、全然。そう感じてくれるのが、ありがたいくらい。不思議だよね。たいしたことじゃないと思っても、何だか心が落ち着かなくて」
聞きたかった話を聞けるかもしれないと思った。漠然とした推測が、だんだんはっきりと手に触れるようで、脚が震えるほど不安だった。目が合えば気持ちを見抜かれそうで、地面だけを見ながら牛乳のパックをいじった。
「話したかったら話していいよ。聞くから。セハがよければ」
セハは顔を上げ、空を見た。星も、雲一つも見えない、真っ黒な闇だった。
「ジフンは、好きな人いないの?」
「いない」
反射的に答えが出た。今話したいのは、自分のことではなかった。自分のことは、話すこともできなかった。
「そっか。私、彼氏と別れてから、まだあんまり経ってないでしょ。そういうのもあって、いろいろ心が落ち着かないんだ」
「彼氏? まだ終わってないの?」
セハは眉間に力を入れ、答えた。
「そうじゃないよ。だって……付き合ってるとき、あの子のせいですごくつらかったから。最初は優しくて、よく気にかけてくれて、リーダーシップもあって、かっこよかったんだ。そのころ、私もちょっと大変だったけど、あの子がいたから乗り越えられたんだと思う」
今日一日交わした会話が浮かんだ。優しさ、細やかな気遣い、リーダーシップ。あいつは全部持っていたのだと思うと、苦い気持ちになった。
「すごく好きだったんだね」
「でも、いつの間にか、急に人が変わった気がしたの。私を好きで、大事にしてくれるのは同じなのに、どんどん息苦しくさせる人になっちゃった」




