第32話 いい友達(2)
ジフンは本当に、目を輝かせて授業を聞いていた。これだけ集中できるのに三十点台なのが、信じられないほどだった。三時間近い授業を終えると、九時になっていた。セハも少し疲れていたが、二人は約束どおりマクドナルドへ向かった。軽いスナックと飲み物を注文し、参考書を開いた。ジフンの参考書には、今日の授業で書き込んだ跡があった。
「今日はどうだった? わかりそう?」
「これが微積分なんだなって思ったよ……実は俺……」
ジフンは鞄を探り、古くて分厚い本をもう一冊取り出した。
「兄貴が高校のとき使ってた『数学の定石』なんだけど、共通数学もやり直してるんだ。でも、これと数学Ⅰじゃ、また全然違うね」
セハは、何年も使われたような『数学の定石』を開いた。紙は黄色く変色し、ときどき、ジフンの兄が書いたらしい、別の筆跡の古いボールペンの文字が見えた。
「わあ、これ、すごく古そう。お兄さんは何年に大学入試を受けたの?」
「九十七年だったかな、九十八年だったかな。五つ上なんだ」
「じゃあ、カリキュラムは違うかもしれないけど、だいたい同じだと思うよ。共通数学なら、これでよさそう。お兄さんは大学に通ってるの?」
「うん。チャンチュンドンにあるとこ」
「そっか。代々受け継がれてきた本なんだね」
セハは兄を思い浮かべた。今日も部屋から一歩も出てこない兄。子どものころから頭がよく、学年の上位を争っていた。すぐに雑念を振り払い、笑顔で、ジフンが勉強しているというところを一つずつ説明した。二冊を進めていると、どんなに簡単に説明しても、かなり時間がかかった。
「その顔、今日はもう頭がいっぱいみたい。ここまでにしよっか」
「うん、ありがとう。いいタイミングだった。ちょっとトイレも行ってくるね」
ジフンがトイレへ行っている間、もう一度『数学の定石』を開いた。兄はどんな人なのだろうと気になった。必要なところだけに線が引かれ、書き込みがしてあって、古い本なのにとてもきれいだった。説明しているときも、シャープペンシルの跡一つ残すのをためらうほどだった。やがてジフンが戻り、席に着いた。
「またそれ見てたんだ」
「うん。本がすごくきれいだから。書き込みもそうだし。お兄さん、すごく几帳面な人なんだね」
ジフンは真顔になって答えた。
「いや、全然。きれい好きとか、几帳面とか、そういうのとは程遠い人だよ」
「そうなの? でも、ソウルのいい大学に行けるくらい勉強したんだから、まじめなんじゃない?」
精いっぱい首を振って否定する姿がおかしかった。
「そういえば、きょうだいっていたっけ?」
セハは一瞬、困った顔をしたが、笑って答えた。
「お兄ちゃんがいるよ。でも……ちょっと病気なの」
「え? かなり具合が悪いの?」
「心の病気。もう何年も部屋から出てこないんだ。もともと勉強もすごくできたのに、急に学校にも行かなくなって、中退することになって。まあ、そんな感じ」
笑って話してはいたが、顔に落ちた影は隠せなかった。ジフンは心配そうな顔をした。
「そっか。ごめん。余計なこと聞いちゃったね」
「ううん。いつか戻ってきてくれるって信じてる。お母さんも、お父さんも」
しばらく沈黙が流れた。ジフンは筆記用具をいじり、それからテーブルに広げたものを一つずつ片づけた。
「そうだね。もう遅いし、帰らなくちゃね」
「うん。行こう。遅くなっちゃった」
塾の集まる街の夜景は、夕方とそれほど変わらなかった。どの建物にもぎっしり入っている塾の窓から、光があふれ、通りを照らしていた。学生たちは慌ただしく家へ向かったり、少しだけ外へ出て休んだりしていた。
「来年、高三になったら、あんなふうにもっと遅くまで塾にいるんだろうね」
「うん……俺はわかんないけど、セハはいつもここにいそう」
セハはくすくす笑った。
「ジフンも来なきゃ! 高三なんだから。今みたいに数学だけで終わりにするつもり?」
「はあ……そうしなきゃだよね?」
ジフンは、地面が沈むほどのため息をついた。
「そういえば、デヒョンのお姉さんも高三だったよね。このへんのどこかにいるんじゃない?」
セハはデヒョンの姉を思い出した。以前、友達と遊んでいたときに会った、面白い人だった。
「あのお姉さん、すごく面白いよね。二人、何か似てる。全然違うようでも、やっぱりきょうだいなんだなって」
ジフンはなぜか口数が減った。小さく「うん」と答えるだけだった。遅くなって、疲れてきたのだろうかと思った。
二人はバス停へ向かって数十メートル歩いた。ジフンの家へ行くには反対方向だったが、一緒にバス停に立っているところを見ると、バスを待ってくれているようだった。ジフンは車の来るほうをぼんやり見ていたが、やがて一台のバスを指さした。
「ほら、バス来たよ」
「でも、どうしたの、その顔。疲れた?」
「うん、ああ……一日中数字を見てたから、疲れたのかな。早く乗って」
セハは笑って手を振った。ジフンも軽く手を上げた。バスカードをかざし、窓際の席に座って通りを見ると、ジフンはもういなかった。
――ほんとに疲れてるんだね。先週は、出発するまで立っててくれたのに。まあ、もう十時だしね。




