第31話 いい友達(1)
2001年6月、18歳のセハ
授業の終わりを告げる音楽が鳴った。
「今日はここまで。委員長」
「気をつけ、礼」
クラスの生徒たちの「お疲れさまでした」という声が、低く響いた。セハもようやく、腕と背筋をぐっと伸ばした。本とノート、ボールペンを片づけていると、クラスメートで、ソヒョンの友達でもあるヒョンソが話しかけてきた。
「セハ、セハ。今日も塾?」
ときどき遊びに行こうと声をかけてくる子の一人だった。セハは片目をつぶって笑い、答えた。
「うんうん。今日は数学に行かなくちゃ」
「じゃあ、塾のあるとこまで一緒に行こう。私も今日は塾なんだ」
セハは満面の笑みを浮かべた。
「いいね! でも、今日は一緒に行く友達がいるんだ。ヒョンソも一緒に行こ」
セハは窓の外へ目を向けた。広い校庭の向こうに、校門へ続く通路が見えた。そして、木と塀の隙間から、丸刈りの頭がひょこっとのぞいていた。
「あ、いた」
「ん?」
ヒョンソも窓の外を見た。よく見なければわからない距離で、周りには人も多かったが、あの短い髪だけはひときわ目立つようだった。
「あそこ、坊主頭の子。あはは」
ヒョンソは目を細めて見つめ、驚いた声を上げた。
「男の子じゃない。彼氏?」
セハはすぐに首を振った。
「違うよお。友達。一緒に塾に通ってる、仲のいい友達」
「ええ、男女の間に友達なんてある?」
セハは唇をとがらせた。
「あってもいいじゃない。ほんとだよ。すごくいい友達なの」
笑っておしゃべりしているうちに、担任の先生が入ってきた。時計は五時二十分を過ぎていた。今日は帰りのホームルームがどのくらいかかるだろう。気になってもう一度外を見ると、ジフンの姿は見えなかった。待たせていることが、何となく気にかかった。幸い、今日は短く済んだ。クラスの生徒たちは先生に挨拶し、教室を出ていった。セハも急いで鞄を背負い、小走りで下校する生徒たちの間へ入った。すると、いつの間にか追いついてきたヒョンソが腕を組んで言った。
「何をそんなに急いでるの。一緒に行くって言ったのに」
ヒョンソは少しむくれた顔をしていた。セハはヒョンソより背が低いので、腕を組み直した。
「ごめんごめん。友達を待たせてるのが気になって、忘れちゃってた」
ヒョンソと話しながら校門まで行くと、ジフンは門柱の片方に寄りかかり、身を隠すように立っていた。学校の前で待ってくれるのはもう二度目だったが、まだ慣れないのか、柱にぴったり張りついて、セハだけを見ていた。下校する生徒たちの波の中に突き出た、岩の島のようだった。友達と一緒に出てきたセハを見て、ジフンは戸惑った様子だった。
「同じクラスのヒョンソだよ。塾のあるとこまで一緒に行こう」
「あ、うん。こんにちは」
自己紹介もしない、ぶっきらぼうなジフンに代わり、セハが名前を教えた。一刻も早くここを離れたいのが、見ていてわかるほどだった。
「ずいぶん待った? どうしてそんなにそわそわしてるの」
「次からは、塾に行くバスの停留所で待とうかな。みんな俺のこと見てる気がするんだよね」
「そんなことないよお。ほら、友達とか彼女を待ってる子、ほかにもいっぱいいるじゃない」
「そっちは共学じゃん。女の子がひそひそ話してるより、男の目が何か怖いんだよ。たまに、殺しそうな目で睨んでくるやつもいるし」
話を聞いていたヒョンソが口を挟んだ。
「ちょっと荒っぽい子もいるよね。どうしてああなんだろ」
そんなことがあるだろうかと思ったが、ないとも限らなかった。男の子たちの世界は、セハの知らないことばかりだった。
「困ってるんだね。じゃあ、塾で会うことにする?」
「そういうわけじゃないよ」
体は大きいのに、どこか子どもみたいだと思った。それでもわざわざ学校まで来ようとしてくれるのが、ありがたくもあり、申し訳なくもあった。
「じゃあ、言うとおり、ここのバス停で会おう。ここなら少しはいいでしょ?」
ジフンはすぐに頷いた。三人は、ほどなくやってきたバスに乗り込んだ。
「まだ回数券使ってるんだ?」
ヒョンソはジフンの回数券を見て、珍しそうに尋ねた。
「うん。この前、母が一度に買いすぎて、まだいっぱい残ってるんだ」
聞いていたセハが、笑いながら尋ねた。
「今日は、おっかあって言わないんだね」
「あ……そうだね」
何の話かわからないヒョンソが、自分にも教えてと言うので、セハは丁寧に説明した。よく知らない友達の前だから、ジフンはいつもより無口なのかもしれない。話を聞き終えたヒョンソが言った。
「私、そっちの友達のソヒョンとも仲いいんだ。同じ中学だったの」
その言葉に、ようやくジフンの壁が少し崩れたように見えた。
「あ、ほんと? そういうつながりがあったんだね。あれ、でも、俺がソヒョンの友達だって、どうして知ってたの?」
「いろいろ知ってるんだよ」
セハも、どうしてわかったのか不思議だったが、詳しくは聞かなかった。たぶん、ジュミョンとインスの話をしているうちに、出てきたのではないかと思った。
「今度、一緒に遊ぼう。ソヒョンと一緒に行くから」
「うん。だいたい毎日会ってるようなもんだし」
共通点ができたようで、二人はさらに話をした。こわばっていた表情も、いつの間にかずいぶんほぐれていた。ジフンはよく知らない人とはほとんど話さなかったが、いったん親しくなると、この上なく気楽に付き合える、いい友達になった。セハも、そんなジフンといると、なぜか気が楽だった。
「私はこっち。じゃあ、またね。セハは明日!」
いつの間にか、バスは塾の集まる一帯の停留所に着いていた。一緒に降りたヒョンソは挨拶し、反対方向へ歩いていった。
「じゃあ、今日も楽しく数学をやろっか」
「うん。先週聞いたこと、何かわかった気もするんだよね」
「えへへ。わかった気もするって、何それ」
「これでも、ものすごい進歩なんだけど」
一週間で本当に進歩したはずはなかったが、意欲を失わずにいるのはよかった。
「じゃあ、塾が終わったら、ちょっとマクドナルドにでも行って、一緒に復習しようか」
「復習か……いや、いいね。いいよ」




