第28話 君の笑い声だけ(2)
料理がテーブルに並ぶと、二人はフォークを手に取り、さっそくひと口ずつ味わった。
「うん、ほんとにおいしい! 待って、それより、思ってたより点が高いんだけど?」
セハは、さっきの話に熱を入れた。ジフンの基準でも、その二教科は点が高いほうだった。
「よかったやつだけ言ったんだよ。ほかの教科の点を知ったら、距離置かれるかも」
弾む笑い声が店を満たしたが、ほかの学生たちの声のほうが大きかった。
「置かないよ。だから塾に行くんじゃない。国語は好きだからいいとして、英語だって、九十点ならすごくできるほうだよ」
ジフンは何でもないことのように、餅とオデンをフォークで刺し、口に入れた。
「アメリカに住んでる、遠い親戚のお姉さんがいるんだ。年はうちのおっかあくらいなんだけど、その人の息子と娘が、子どものころ、うちで少しの間、一緒に暮らしてたんだよ。どういうわけか、あいつらが韓国語を覚えるより、俺が英語を覚えるほうが早くてさ。だから、だいたいなら話せるし、聞き取れる。読むのは苦手なんだけど、やってたら何となくできるようになったのかな」
「わあ、そうなんだ。すごいね」
セハはしばらく考え、何かを思い出したように尋ねた。
「え、じゃあ、この前、私が洋楽を聞き取れたとき、どうしてあんなに驚いたの?」
何のことだろうと考えてみた。マクドナルドで音楽を聴かせたことが浮かんだ。
「一回聴いただけでわかるのは、すごいよ。俺、二、三回聴かないとわかんないから」
「そっか。えへへ。オデンのスープも飲んで」
セハは、紙コップに入ったスープを勧めた。ジフンはなぜか喉が渇いたようで、ごくごく飲み、げっぷが出そうになって慌てて口を押さえた。
「塾に通ってなくてそれだけできるなら、わざわざ国語に行く必要あるかな? 明日は数学の日なんだけど、そっちにしない?」
セハの言葉に、頭の中が複雑になった。学校でも顔を合わせたくない数字のオンパレードを、塾でまで見ると思うと、どうにも気が進まなかった。それでも、セハと二人でいられるという思いが、服の裾を引っ張っているようだった。
「俺はどっちでもいいけど。でも、数学はほんと、頭痛くなるんだよね」
セハは額をぱんと叩き、笑った。
「そんなことないよ。基本がわかって、ちょっと勉強すれば、すぐできるようになるって。私が教えてあげる」
考えてみれば、それはそれでよさそうだったので、すぐに賛成した。
「で……数学は何点?」
ジフンは頬杖をついてうつむき、罪もないスンデをフォークでいじめた。どうやら言うまで聞かれそうだったので、諦めて、もごもごと答えた。
「三十……」
「オッケー。そこまで」
セハはくすくす笑い、心配しなくていいというように、肩をぽんぽんと叩いた。
――くそ、数学め。
「でも、知ってる?」
ジフンが急に目を丸くして言うと、セハは首をかしげた。
「何を?」
「俺、数学の点、チョンウォンとヒジェより高いんだよ」
セハは、店中に響き渡るほど笑った。騒がしい学生たちのおしゃべりより、もう一段大きな笑い声だった。
マンションの地下商店街を出ると、空は金色に染まっていた。さっき食べたトッポッキのたれなど、比べものにもならない自然の色だった。建物の間に長い影が伸び、車が列をなして道路を通り過ぎた。山で見た太陽は、街をこんなふうに染めていた。
「何してるの。早く行こ」
ぼんやり空を見ていたジフンに、セハが声をかけて歩き出した。
「夕焼け。空の色、きれいだなって」
セハも足を止め、ビルの間で最後の名残を輝かせる夕焼けに目を向けた。
「ほんとだ。こういうの、よく気づくよね。言ってくれなかったら、気づかなかったな」
二人はしばらく立ち止まり、全身を金色に染めた。星の王子さまのように、何度でも夕日を見られるのなら、そうしていたかった。
「あ、そうだ。セハ。でも、俺が数学にするなら、今日はもう帰っていいんじゃない?」
「あ、ほんとだ。あはは。じゃあ、明日また会おう。今日は塾まで送ってね!」
ジフンはセハの隣に並び、塾へ向かう歩道のブロックを踏んでいった。ほとんどは平らに整えられていたが、ときどき飛び出しているものを、踵でぐっと押しながら歩いた。誰かを送るというのは、なかなか素敵なことだと思った。二人はさほど言葉を交わさず、ゆっくり歩いたが、居心地の悪さはなかった。
「とにかく、ありがとう。一緒に塾に通わせてくれて」
通わせてくれて、という言い方が何かおかしいと、口にしてから気づいた。
「いや、通わせてくれてじゃなくて。一緒に通ってくれて? わかんなくなった」
セハはにっこりして、何でもないことのように、肘でジフンを軽くつついた。
「一緒に通う友達がいたら、私もうれしいよ。こうやって、ご飯も一緒に食べられるし」
「じゃあ、明日もあそこのバス停で会おっか」
「うーん……それでもいいけど。明日、学校は何時に終わる?」
火曜日の時間割を思い返した。
「明日は、ここにまっすぐ来たら、五時くらいかな」
「早いんだね。私は五時半くらいまでかかりそう」
何の問題もなかった。三十分くらいなら、友達と過ごしてから来ても間に合うし、先に来て待っていてもよかった。
「あ、それなら。明日、うちの学校まで来て待っててくれる?」
「学校の前で……? いいのかな」
明日の五時半の光景を思い浮かべると、顔が赤くなる気がした。
「どうしてだめなの?」
「その……学校の前で待つのって、ちょっと彼氏っぽいから……」
セハはまた、声を上げて笑った。友達を待つだけなのに、何か意味があるように考えるジフンが、かわいく思えた。
「もう、彼氏しか待っちゃだめなの? 友達だって待っていいでしょー!」
そういうものか、とジフンは思った。彼氏として誰かを待つのは、どんな気分なのだろう。想像しただけで、足元のブロックが踊り出しそうだった。
「そうだね。うん。五時半に、校門の前にいるよ」
「うん、ありがとう。じゃあ、入るね。また明日」
セハは塾の建物の前に立ち、大きく手を振った。一時間にも満たない短い時間だったが、別れるのが惜しかった。授業が終わるまで待っていてと言われれば、そうできそうだった。
「うん。また明日。勉強、頑張ってね」
ほかの学生たちに混じって消えていく、セハの後ろ姿を見送った。完全に見えなくなると、塾の建物を見上げた。
「三階かな……」
そろそろ友達のところへ戻ろうと、ヤンジェ方面のバス停へ向かった。塾の集まるこのあたりには、あまり来たことがなかったが、毎日来ていたように、なじみのある場所に感じられた。これから週に一、二回は来るのだから、仲よくしようというように、周りの景色をしっかり目に留めた。友達は電話に出なかった。インス、デヒョン、チョンウォンと順にかけたが、申し合わせたように、呼び出し音しか返ってこなかった。ゲームに夢中で、電話にも気づかないのだろうか。最後にかけたヒジェだけが出て、PCバンにいるから早く切れと言った。
バスは、塾へ通う学生たちをどっと吐き出した。乗ってみると、席がかなり空いていたので、窓際に座ってイヤホンを差した。耳元では穏やかな音楽が流れ続けていたが、店に響いていたセハの笑い声のほうが、はっきり聞こえるようだった。ふと、窓に映った自分の顔が見えた。浮かれた顔と目が合うと、ますます口元が緩んでしまい、慌てて無理に押し戻した。
――どうかしてる。ほんとに。
ジフンは、余韻のように残るセハの笑い声に合わせ、一緒に笑った。




