第25話 あらわになった想い(1)
2001年5月、18歳のデヒョン
デヒョンは息を整えた。一生、口にするつもりのない想いだった。
「何を見たんだよ」
わざと刺々しく尋ねた。もうやめてくれと、話を打ち切りたくもなった。だが、友達がやっとの思いで口にした言葉を握りつぶしたところで、認めたも同然だった。それも、ひどいやり方で。
「お前、いつもあの子の話ばっかり聞いて、あの子ばっかり見てたよ」
デヒョンは何も言い返せなかった。
あの子の好きなものは、いつも真っ先に用意した。
いつも機嫌を気にかけた。
あの子が笑っているのが好きだった。
悲しそうなときは、自分も悲しくなった。
何度も目が向いた。
自分のために祈るより、あの子のために先に祈る日のほうが多かった。
誰にもわからないと思っていた。
「そうだよ。お前の思ったとおりだ」
諦めたように言うと、ジフンはうなずいた。
「最初はわかんなかったけど、人の気持ちって、思いどおりにばっかりはいかねえんだな。俺は馬鹿だから、お前のこと全部わかるわけじゃないけど、お前もしんどいんだろうなって思った」
デヒョンは気が沈んだ。責めるでもなく、無理にわかったようなことを言うでもない。それが、かえって痛くて温かかった。
「俺も馬鹿だったんだよ」
ジフンを見て、言葉を続けた。
「気づくのが遅すぎたんだ。俺も、誰かをあんなふうに好きになるんだって。自分なりにぶれずに生きてきたのにさ。すげえ矛盾してねえか」
「そんなことねえだろ。好きになっちまうのは、しょうがねえよ」
どこから話せばいいのか、デヒョンは考えた。初めて見たあの日を、思い返した。
白いドレスを着て、舞台の上を漂っていた子。目を引かれた子。無意識に、どこにいるのか探していた子。
「中三のとき、教会の冬のキャンプに行ったんだ」
話し始めると、ジフンは真剣な顔になった。だが、すぐに眉をひそめた。
「何のキャンプ? 急に中三の話かよ」
「いいから聞けよ」
デヒョンは目をそらした。
「合同のキャンプで、近くの教会が六つくらい集まったんだ。知らねえ人ばっかりだし、そういうの面倒だったけど、行かなきゃなって思って、姉ちゃんと二人で参加した。そこで初めて見たんだよ」
「ああ……」
ずいぶん前から始まる話に、ジフンは妙な気分になった。
「じゃあ、そのときから好きだったのか? なのに、何で……」
「そのときはよくわかんなかった。誰かを好きになるって、どういう気持ちなのか。これがそうなら、どうすりゃいいのか。告解ばっか、死ぬほどしてたよ」
二人はくっくっと笑った。デヒョンは、記憶をもう少しはっきりとたぐり寄せた。
「そこで、ゲームが終わったあと、急にいなくなったんだよ。前の日から気になってたあの子が。それで、あの子の班長をしてた先輩に、俺が捜してくるから、知らねえふりして待っててくれって言った。今になって思うと、俺一人で捜しに行きたかったんだろうな。何か話しかけたくて」
「おお。それで、一人で行って見つけたのか?」
「うん。だいたい見当のつく山の中に行ってみたら、そこで泣いてた」
恋愛小説でも読むように、ジフンは興味津々の口調で尋ねた。
「それで、それで? じゃあ、そのときから知り合いだったんだな」
デヒョンは顔をそらすように後ろへ傾け、空を見上げた。
「いや、高校に入って、たまたま一緒に遊ぶことになったら、『初めまして』だってさ」
「何だよ、それ。いちおう恩人じゃん」
ジフンは気に入らないというように眉をひそめた。
「別に気になんなかったよ、そのときは。もしかしたら、目をそらそうとしてたのかもしれねえな。あの子からも、自分の気持ちからも」
「ふうん」
考え込んだジフンの肩を軽く叩き、デヒョンは立ち上がった。
「深刻になるなよ。お前までそうなると、ほんとに変な感じになるだろ。今度こそ下りようぜ」
ジフンは、山の中腹を淡いピンクに染める太陽を見た。太陽は今、自分の色を知っているのだろうか。自分の気持ちを。
「でもさ」
あとを追いながら尋ねた。
「それに気づくのが遅すぎたら、どうなるんだろうな」
デヒョンは笑って答えた。
「どうもこうもねえよ。もう詰んでんだよ」
二人の笑い声が尾根を伝って広がった。山も笑って、道を照らしてくれそうだった。
「それと、先に言っとくけど」
足元を確かめながら小刻みに歩くジフンに、デヒョンは言った。
「諦めるつもりだ。今も、そうしてる途中。誰にも言うなよ」
「当たり前だろ」
半分ほど下りると、ずいぶん薄暗くなっていた。二人は今日をこのまま終わらせたくなくて、友達に電話をかけた。頂上では弱かった電波も、いつの間にか携帯電話のアンテナ表示が戻っていた。
「あいつら、もうヤンジェで集まろうとしてんじゃん」
「そうみたいだな。俺らも早く行こうぜ」
下りはずっと速く、楽だった。このペースなら、暗くなる前に登山道の入口まで十分たどり着けそうだった。
「でも、それで全部か?」
ジフンは目をしばたたいた。
「何が?」
「今日、お前が話したいって言ってたことだよ。いちばん大事な名前、まだ出てきてねえんじゃねえの」
デヒョンがからかうように言うと、ジフンは気まずそうな顔をした。
「それは今度にしようぜ。今日話したことだけで、いっぱいいっぱいだよ」
「必要だと思ったら言えよ。くっつけてやったりはできねえけど、話くらいは聞くから」
デヒョンはジフンの話を聞きたかったが、それ以上は言わなかった。ジフンにも、きっと言えないことがたくさんあるのだろう。いつか、聞かなくても一人であれこれ話し出すやつだった。何より、ジフンの言うとおり、今日の話だけでいっぱいいっぱいだった。
誰かに打ち明けると、気持ちはずいぶん楽になった。同時に、自分の想いを認めてしまったことが胸を締めつけた。胸に抱えていた想いが言葉に乗って散らばると、みずみずしい歌声にも、耳をつんざく不協和音にも思えた。
――本当に、好きだったんだな。
目をそらせずにいた、胸の中の引っかかりと向き合った気がした。その引っかかりは、恋だった。




