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第2話 セハ (1)

2001年3月、18歳のセハ


 目が痛かった。

 朝、起きてすぐに鏡をちらりと見ると、まぶたがひどく腫れていた。高校生というのは、本当によく目を使うものだと思った。ベッドから滑り出て、洗面所へ向かった。冷たい水で顔を洗い、歯を磨きながら、目の様子をよく確かめた。そっと目を閉じて冷たい水をかけてみても、ずきずきする痛みは引かなかった。このところ、学校や塾に行く日はコンタクトレンズもつけていなかった。最後につけたのはいつだっただろう。そう考えながらレンズケースをいじった。この目では無理だと思い、タオルを押し当てて水気を拭き取り、眼鏡をかけた。お月さまみたいにまん丸な顔に丸い眼鏡をかけると、なんだか間抜けに見えた。


 母は朝早くから起きて、朝食を作っていた。兄が高校生になってからずっと続いている、慌ただしい朝の匂いだった。セハは兄の部屋をちらりと見てから、食卓についた。きちんと用意された食事を前に、ご飯をひと匙すくって口に運んだ。母がその様子を見て言った。

「早く食べて、学校に行かないとね。今日は数学の塾の日でしょう?」

 母はにっこり笑っていた。顔は笑っていても、心までそうではなかった。二年前のある日、高校三年生になった兄は、突然部屋から出てこなくなった。兄と一緒に食卓についたのは、いつが最後だっただろう。毎朝、何事もないように食事を用意する母の背中を見ると、胸が痛んだ。

 母は母なりに、精いっぱいやっていた。いつかまた兄が部屋の扉を開けて出てきて、家族四人で食卓を囲めたらいい。そう思いながら、出された食事を残さず食べて、家を出た。


 学校の授業は、毎日時間割どおりに進んでいった。学校が終われば、母が組んだ予定に従って塾へ行かなければならなかった。次々と新しいことを頭に詰め込まなくてはならない。回し車に乗ったリスのようだった。ゆっくり、一歩ずつ。こうして歩いていれば、いつかいい結果につながるのだろう。そんな漠然とした思いだった。ときどき、速すぎるように感じて、その場に座り込んでしまいたくなった。それでも、毎朝忙しく食事を用意する母の気持ちを思うと、気力を振り絞って歩くしかなかった。もう一度目に力を入れ、先生が細かな字でびっしりと書いていく黒板を見つめた。


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、MP3プレーヤーのイヤホンを耳に差し込み、目を閉じた。ときどき話しかけてくる友達もいたが、力なく笑って答えていると、もう机に伏せて休みなよと言ってくれた。それほど疲れて見えたのだ。

 目を閉じても、眠ることはできなかった。十分ほど休めば、また背筋を伸ばして、次の一歩を踏み出さなくてはならない。いろんな考えが押し寄せてきたが、ひととき周りから切り離される、この時間が好きだった。遠のいていく友達のおしゃべりと、はっきり聞こえる音楽に意識を向けているうちに、街を歩く自分を思い浮かべていた。


 想像の中のセハは、小さな雑貨屋でいろんなものを手に取り、笑いながらおしゃべりしていた。映画が始まるまで、のんびり時間を過ごしていた。もう二年も付き合っている彼の手を、ぎゅっと握っていた。けれど、彼のほうに顔を向けると、その顔がぼんやりしているように思えた。

 目が痛いせいだろうか。

 二人はやがて映画館の席について、上映を待った。そして、あたりが暗くなった瞬間、チャイムが鳴った。セハは現実に戻り、次の授業の教科書を開いた。


 目が痛いのは、毎日の勉強のせいだけではなかった。逃げ回るような数式や英語の長文を追いかけて、せっせと目を動かしていたが、むしろ勉強は目のためになるのではないかと思った。

 学校が終わると、セハは塾へ向かうバスに乗った。降車口の近くに空席を見つけて、どさりと腰を下ろした。鞄から携帯電話を取り出し、電源ボタンを長く押した。メールが何通も届いていた。ほとんどがジュミョンと、彼氏のガンウンからだった。まず、母にメールを送った。

『学校終わって、今から塾に行くね。夕飯はキンパにする。』

 ジュミョンのメールは他愛もない話でいっぱいだったが、結局はどれも遊ぼうという誘いだった。ジュミョンは今、インスとの恋に夢中で、いつも彼の友達と一緒にいた。そして、ガンウンの名前のところで、指がふと止まった。


『わたしの』


 そういう名前で登録していた。ためらっていた指先を動かして開くと、メールは何通もあったが、用件は短かった。

『今日、塾に行く前にちょっと会おう。会いたい。』

 セハは昨夜のことを思い出した。怒鳴りつけるガンウン。同じように声を荒らげる自分。そして、うつむいたまま震える肩。目が痛いのは、ガンウンとの喧嘩のせいだった。


 二年というのは、相手のすべてがわかるだけの時間なのだろうか。時間が経てば、もっとわかるようになるのだろうか。すべてわかったら、幸せになれるのだろうか。

 一緒にいると、たまらなく幸せだった。でも、喧嘩になると地獄のようだった。何が原因だったのかは、数日も経つとよく思い出せなくなった。友達にも彼氏と喧嘩する理由を聞いてみると、みんな同じように、覚えてもいない些細なことで揉めていた。些細なことから始まった口論なのに、ひと言ひと言、一つ一つの言葉が、心をえぐるようだった。まなざしや触れる手からは、今も愛情を感じた。それと同じくらい、喧嘩の痛みも後に残った。好きなぶんだけ、喧嘩はもっとつらく感じられる気がした。

 そうやって、自分をなだめているだけなのかもしれなかった。愛しているから喧嘩するのか、喧嘩の痛みがあるからまた愛するのか。感情が入り乱れて、自分でもわからなかった。それでもガンウンに会いたくて、涙が込み上げた。

 きっと、明日も目は痛いだろう。


 勉強は、その喧嘩から逃げ込める場所になってくれた。

 ――塾に行かないと……。

 バスは幾つかの停留所を過ぎ、いつの間にか塾の前に着いていた。乗り過ごしそうになって、慌ててバスを降りた。できるだけ明るい気持ちが伝わるように笑顔の顔文字を添えてメールを送り、また電源を切った。


『うんうん。私も会いたい。塾が終わったら会おう。今日は九時に終わるよ!^^』

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