第1話 春はまだ終わっていない
2001年7月、18歳のジフン
「お前がすごく好きな子と付き合える確率が三十パーセントで、お前を好きな子と付き合える確率が九十九パーセントだったら、どっちに『付き合おう』って言う?」
ヤンジェ川の水面で、月の光が静かに揺れていた。ジフンはそれよりも輝く目でデヒョンを見つめ、そう尋ねた。
「そんなこと聞くために、こんな夜中にわざわざ来たのか?」
デヒョンは呆れたような目を向けながらも、それなりに真剣に考えてくれた。
「うーん……でも、その顔を見ると、もう答えは決まってるみたいだけど?」
こいつはいつも、痛いところを突いてくる。
夜の十二時を過ぎていた。いつもならバスで二十分ほどかかる道のりを、ジフンは歩いてきた。デヒョンの言葉を借りれば、「そんなこと」を話すために。もしかすると、答えはもう決まっていたのかもしれない。ポケットを探ると、くしゃくしゃの千ウォン札が二枚と、小銭がいくつか。それが全部だった。ひとまず電話をかけた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ヤンジェ川で焼酎でも飲まない?」
デヒョンは、試験まであと一週間ほどしかないからと、遅れていた分の勉強をしているところだと言った。それでも、こんな時間に会いに来るという友達を追い返しはしなかった。自分を頼ってくる友達を放っておける性格ではなかった。ジフンがデヒョンの家の近くまで歩いていけば、帰りのタクシー代はデヒョンが貸してくれることになった。わずかな金をまたポケットに突っ込み、歩き始めた。途中、横断歩道を七、八回も渡らなければならなかった。いつもならとても歩いていけそうにない距離だったが、今日は歩きたい日だった。
夜風に背中を押されているようで、それほど遠くは感じなかった。
着くとすぐにコンビニへ寄り、焼酎を一本と菓子を買った。それから、ビニール袋を揺らしながらデヒョンを待った。紙コップはデヒョンが家から持ってくることになっていた。やがて路地の向こうから、デヒョンが手を振りながら現れた。
「おい、思ったより早かったな」
ジフンは息も切れていなかった。
「思ったほど遠くないな。今日だからかな」
二人は場所を移した。川沿いのベンチに腰を下ろすなり、ジフンが最初に口にしたのが、あの質問だった。もう答えは決まっているようだという、拍子抜けするような返事だったが、たしかにそのとおりなのかもしれなかった。
「それに、その三十パーセントが誰かもわかるよ」
デヒョンは焼酎を注ぎながら、くっくっと笑った。ジフンは恋のことになると、ついしゃべりすぎてしまう。デヒョンはその話を、もう何度となく聞いてくれていた。胸にあふれる気持ちを誰かに話さなければ、どうにかなりそうな年頃だった。
しかも、それを何か月もずっとこらえていた。
ゼロから一へ。
一から二へ。
二から五へ。
十へ。三十へ。
少しでも可能性を生み出そうと、懸命になった。そもそも、その可能性さえ、確かだと言えるものだったのだろうか。三十パーセントというのは、本当に信じていい数字なのだろうか。
ジフンの気持ちは、もう百パーセントを超えていた。そして、可能性だって、もはやゼロではなかった。
その数字がどこから始まったのかは、はっきりしていた。
2001年4月、18歳のジフン
初めてセハに会ったのは、去年の秋だった。
親友のインスに彼女ができたと聞いた日だった。自分と同じくらい女の子には奥手だと思っていたから、彼女ができたと聞いて驚いたし、なぜか少し妬ましくもあった。
「お前に彼女ができるとはな……」
ジフンも中学生の頃、不器用ながら恋愛らしきものをしたことはあった。ただ、それも一か月でうやむやになってしまった。恋愛ではもうずっと先を行く友達を見ていると、ほろ苦さとともに、今までにない気持ちを覚えた。
「彼女、この近くで遊んでるんだって。下まで行って、一緒にちょっと挨拶しない?」
「行こう。どんな顔してるのか、一回見ておかないとな」
インスに誘われ、二人はカンナム駅の大通りへ向かった。
「友達と遊んでるんだって。あいつらも家が近いからさ。会ったら彼女を家まで送ってくるつもりなんだけど、いい?」
「いいに決まってるだろ。親友の彼女なんだから、一回は会っとかないと。目も鼻も口も、ちゃんとついてるんだよな?」
「ふざけんな」
二人はくっくっと笑いながら、足音を響かせて坂道を下っていった。
夜のカンナム駅周辺は、さまざまな人でごった返していた。酔って騒ぐ人、ふらつく人、足早に歩く人、幸せそうな恋人たち。その間から、二人の女の子が高く手を振りながら近づいてきた。大きな口を開けて、満面の笑みを浮かべている子が、きっとインスの彼女だ。そうであってほしいと思っただけなのかもしれない。
「話は何度か聞いてるよ。イ・ジュミョンだよ。こっちは友達のチャ・セハ」
インスの彼女はジュミョンと名乗ったが、その自己紹介は、目にも耳にも入らなかった。
もう、ジュミョンの友達に目を奪われていた。
セハは小柄で、白いTシャツにジーンズ姿だった。よくある服装なのに、ひときわ目を引いた。
「あ……よろしく。俺、インスと幼稚園の頃から友達の、ジフン」
できるだけセハと目を合わせないように、関係のないところばかり見ていた。女の子と話すといえば、消しゴムを貸してくれと頼むくらいだった頃に戻ってしまった。何を言ったのかさえ覚えていない。ただ、インスはこんな変なやつとよく長いこと友達でいられるものだと、二人に思われていそうだった。
しどろもどろになる自分がみっともなくて、一刻も早くこの時間が終わってほしかった。インスの背中を押し、帰ると言って踵を返した。
「じゃあ、ちゃんと送ってこいよ。お似合いだな」
「うん、また会おうね」
インスに言ったのに、答えたのはジュミョンだった。明るい性格で、インスと気が合いそうだった。
ふと、三人の後ろ姿が見たくなって足を止めた。三人はちょうどやってきたバスに乗り、席について何か話していた。昼間よりも明るい、カンナム駅のタワーレコード前のバス停は、そんな風景として記憶に残った。
楽しそうに話す三人。
遠くから見ているだけのジフン。
いつか、あの会話に自分も加わりたいという思い。
少しでも多く、その姿を目に焼きつけておきたくて、バスの中の彼女を見つめていた。
その日から、ジフンは部活まで休んでインスについて回るようになった。それまで顔を知っているだけだったインスの友達とも、親しくなり始めた。学校の向かいには、戸建てや低層の集合住宅がひしめく一帯があった。その片隅に、ここで集まろうと誰かが言ったわけでもないのに、放課後になると一人、また一人と集まってきた。
「ジフン、来たか。タバコある?」
「チョンウォン、お前さ。いちいち俺にくれって言わないで、ここに隠しとけって言っただろ。聞いてなかったのか?」
「バカかよ。ほんと物覚え悪いな。前にそうして全部なくなったの、忘れたのか?」
口汚く罵り合いながらも、何がおかしいのか、二人はにやにやしていた。ジフンはくしゃくしゃの箱から一本取り出して渡し、火までつけてやった。
「ほかのやつらは? 帰りのホームルーム、とっくに終わってるだろ」
「知らねえ。あいつらのクラス、ホームルームだけで一時間やってるんじゃないか」
そんなはずはないだろうが、ジフンとチョンウォンは地べたに腰を下ろし、今日も友達を待った。ほどなくしてインスと、ほかにも何人かがやってきた。その日、まともに顔を合わせるのはこれが初めてだったが、挨拶よりも先にタバコを探した。結局、五人全員が集まり、三本のタバコを回し吸いしながら、他愛もない話をした。
ジフンが急に毎日のように連絡してきて、自分の友達とも親しくなった理由に、インスはまるで気づいていないようだった。
「ジュミョンの友達……セヒ……だっけ。あの子、彼氏いるの?」
こんなふうに、あからさまに彼氏の有無を聞いても、
「うん、けっこう長く付き合ってる人がいるらしいよ」
と言って、聞かれたことなどすぐに忘れてしまった。
ジフンは落ち込んだ。
セハという名前を忘れたわけではなかった。
わざと名前まで間違えたせいで、興味がないように見えただろうかと心配にもなった。インスが気づいたところで、彼氏がいると聞いた以上、どうすることもできなかった。それでも毎日のようにインスと一緒にいた。インスのそばにはジュミョンが影のようにくっついていたから、もしかするともう一度会えるかもしれないという期待が大きかった。ところが、セハはその後もごくたまにしか顔を見せず、来てもすぐ、塾に行くとか家に帰らなくてはならないとか言って、長くはいなかった。挨拶をして、ほんの少し話すのがせいぜいだった。そのわずかな時間に、必死に何か話しかけられたことだけでも、自分を褒めてやりたかった。きっと印象にも残らないような会話だったのだろうけれど、声を聞くだけでうれしくなった。
友達は、道で唾を吐いたり、険しい顔で歩いたりするような不良ではなかったが、酒やタバコくらいのことは、ろくに考えもせずにやっていた。セハはそういう子ではなかった。勉強に力を入れていたから、学校が終わっても街でだらだら遊んだりはしなかった。
そういうところが好きだった。
服装や身のこなしにも、真面目さがにじんでいた。
憧れていたから、見ているだけでよかった。
自分のものだと言い切れる存在ではなかったから、今でなくても、いつかジフンのほうを振り向いてくれるだろうと、待つことができた。
待つというのは、甘いものだ。
いつ終わるとも知れなければ、なおさら。
結末が見えないからこそ、平気で待っていられた。
春の日差しがひときわ熱かった、四月のある日だった。
学校が終わったあと、家に寄って着替え、ジュミョンも連れてくるとインスが言うので、ジフンは一人でヤンジェ駅のマクドナルドで待つことにした。着替えるだけのために家へ寄って、また出てくるなんて、どう考えても効率が悪かった。インスは一緒に行こうとしつこく言い張った。ジフンは面倒だから一人で行ってこいと言い、ヤンジェへ向かってしまった。
「いや、そんなに時間かからないだろ。一人で行って帰ってくるの、つまんないじゃん! その間、お前は何してるんだよ」
「俺、一人でいるのも好きだけど?」
インスは話の通じない友達に悪態をつき、家へ向かうバスに乗った。
――着替えなきゃいけないなんて。
彼女がいるやつって、みんなああなんだな。そう思ってにやにやしながらマクドナルドに入り、コーラを一杯だけ頼んで、席に座って本を読んだ。
古本屋で買ってきた本を思わせる、古い紙の匂いがあたりを包んだ。小説は長いけれど、終わりがあるところがよかった。複雑で波乱に満ちた出来事が活字の中でめまぐるしく繰り広げられても、結末にたどり着けば、すべてが収まり、終わる。先のことが気になりながらも、あえて考えないようにしていたジフンにとって、終わりのある物語は、没頭するのにちょうどよかった。
鞄はいつも軽かった。教科書は学校のロッカーに押し込み、鞄の中には古びたウォークマンと小説が一冊あるだけだった。鞄さえ持ち歩きたくなかったが、担任に、学校へ遊びに来ているのかと叱られてからは、せめて鞄だけはと、持ち歩くようになった。それでも、合間に本くらいは読めるのだから、よかったと思っていた。聴き慣れたテープをかけて本を読み、一、二時間後にようやく来るだろうインスを待った。友達に順番に連絡すれば、暇なやつの一人くらいには会えたかもしれない。でも、今日はなぜか静かに過ごしたかった。わざわざ連絡しなくても、友達は結局、ここヤンジェに集まってきた。
「あれ? ジフンだ!」
聞き慣れた声がして、あたりを見回した。
ほんの数歩先に、明るく笑っているセハがいた。
ハンバーガーのセットが載ったトレーを手にしたセハと、目が合った。暖かな香りが空気に広がり、時間が止まったようだった。耳元では、何百回と聴いた別れの歌が、愛の賛歌のように響いていた。
……日差しの降り注ぐ日は、また来るのだろうか……
まだ驚きを隠す間もなく、セハは向かいにトレーを置き、腰を下ろした。




