第19話 海は若さを運ぶ(1)
2001年5月、18歳のインス
……グラスを上へ、カモン 頭の上へ、カモン 乾杯、トゥ・マ・セ――
耳をつんざく携帯電話の音に、インスは寝ぼけたまま目を開けた。壁の時計は六時を指していた。はっと我に返り、声を整えてから携帯を開いた。
「おう」
ジフンの声が聞こえた。
「おい、準備できたか」
「もちろん。待ってろ。下りるから」
通話が切れると、インスはばねのようにベッドから跳ね起き、洗面所へ駆け込んだ。
「ああ、母さん。五時半に起こしてって言ったじゃん」
母は早くから起きて、居間でテレビを見ていた。
「起こしたわよ。起きなかったけど」
文句を言う余裕もなく歯を磨いた。口をすすいで何度も水を吐き出し、鏡を見ると髭も剃ったほうがよさそうだったが、
「向こうで買えばいいか」
と、部屋へ戻った。
短パンとタンクトップに薄手のシャツを羽織り、帽子をぐいぐいとかぶってから顔に乳液を塗った。朝早くからばたばたしていたせいか、下の姉の部屋のドアが開いた。
「おい、チュ・インス。朝っぱらから何騒いでんの。寝かせてよ」
気にも留めず、荷物を確かめた。何もしていないつもりなのに、時計はもう六時十分を過ぎていた。
「母さん、行ってくる。電話するから」
母は気をつけるようにとひとしきり小言を言おうとしたが、インスはもう玄関を飛び出していた。階段を駆け下りるスリッパの音だけが、ぱたぱたと響いた。
階段を下りきると、何でもない顔で歩調を緩めた。十分くらいなら大丈夫だろうと門を開けたが、いるはずのジフンが見当たらない。怒ったのかと慌てて携帯を開いた。そのとき、脇の路地からジフンが全力で走ってきた。
「おーい。はあっ、はっ。待ってないよな? 俺、さっき来たんだ」
その様子では、こいつも電話をかけたときに起きたばかりだったらしい。二人は互いの姿をじっくり見てから、ふっと笑い、地下鉄の駅へ歩き出した。
チョンニャンニ駅へは二号線でしばらく行き、乗り換えも必要だった。二人はまだ眠そうな顔で足を急がせた。
「ああ、ラーメンでも食いてえな」
軽食屋を見つけて、インスが舌なめずりした。
「六時になって起きたやつが、ラーメンまで食えるかよ」
「自分だって。さっき電話したときに起きたんだろ?」
ジフンは顔色一つ変えずにとぼけた。
「いや? すぐそこにいたんだよ」
チョンニャンニ駅に着くまで、くだらない言い合いは途切れなかった。
駅の時計塔の前に着いても、友達は誰もいなかった。
乗るつもりだった列車の時刻まで、あと三十分しかない。
「あいつら、誰も来てねえのかよ。俺らも思ったより遅くなったと思ってたのに」
七時に着くはずが、乗り換えに思いのほか時間がかかり、列車のタイミングも合わず、地下鉄を下りたのは七時半だった。それぞれ一人ずつ受け持って電話をかけた。
二人とも、電話に出た相手に居場所を問い、悪態をつき合った。
「このバカ、七時五十分くらいに着くってよ」
ジフンが電話した相手はヒジェだった。親しくなってから、あいつが約束の時間を守ったことは一度もない。今日くらいは違うだろうと思ったのが間違いだった。
「こっちはまだましだな。もう着くって」
ジフンが、えっ、という顔で尋ねた。
「じゃあ、何であんなに悪態ついたんだよ」
「だってよ、七時集合なのに七時半になって『もう着く』って、何言ってんだよ。あのクソ野郎」
自分が今着いたことは、一番乗りだから問題ない。その理屈でインスはジフンを説得した。どうやら納得したらしい。地下鉄の出口にデヒョンが現れると、中指を立てて散々文句を浴びせた。
「おい、今日くらい時間守れよ」
「悪い、悪い。乗り換えが思ったよりクソ長くてさ。地下鉄も全然来ねえし。まあ、これくらいならセーフだろ」
「お前らと約束するときは、最初から三十分早く言っとかないとだめだな」
「はは。他のやつは? ジフン、よっ。何してんの」
ジフンはヒジェとの電話を切ったあとも、ずっと電話をかけていた。相手が出ないので、青ざめた顔で二人を見た。
「チョンウォン、まだ寝てるみたいだ。電話に出ねえ」
列車の本数は思ったより多かった。八時の列車に乗るつもりだった一行は、八時四十分の切符を四枚買った。ヒジェはそこでようやく、ひどくのんびりした様子で切符売り場の近くに現れた。ひと騒ぎしたあと、コンビニでおやつをいくつか買うと、もう列車の時間だった。チョンウォンとやっと連絡がついたのは、列車が出てからだった。チョンニャンニ駅に着き次第、一番早い列車で追いかけてくることになった。




