第13話 背の低い空の下で(1)
2001年5月、18歳のセハ
久しぶりに会う友達と、朝早くからロッテワールドへ行った。そのあとの飲み会でも、セハは疲れさえ忘れて楽しく過ごしていた。試験期間が終わったおかげで、親の小言もずいぶん減った。勉強するときは勉強して、遊ぶときは思いきり遊んでいい。今日はその言葉が、いつになくありがたかった。
みんなのいたずらに、夢中で笑い、おしゃべりした。あまり遅くならないうちに帰らなければいけないのに、もう十時が近づいていた。
「マジかよ。『火花』見てないの? イ・ヨンエが出てるんだぞ?」
十代の話題は、迷路のようにあちこちへ散っては、いつの間にかまた同じ場所へ戻ってきた。決まった話題はなかったが、ドラマの話をしていたデヒョンが、女優イ・ヨンエの美しさについて熱く語っていた。
「世の中には、三種類の女がいる。イ・ヨンエと、イ・ヨンエに似てる女と、イ・ヨンエに似てない女」
みんなの視線が、一瞬でデヒョンに集まった。指を一本ずつ立てながら、話を続けた。
「イ・ヨンエと、イ・ヨンエに似てる女は、きれいな女。イ・ヨンエに似てない女は、ブサイクな女」
突拍子もないことを真顔で言うデヒョンに、みんなは手をたたいて笑った。笑っている中から、デヒョンはジュミョンを見据えた。
「何笑ってんだよ。お前はイ・ヨンエに似てねえぞ」
インスが誰よりも大きく笑ってしまい、ジュミョンは呆れたように笑って拳を握った。インスとデヒョンを交互にたたくので、飲み会は大騒ぎになった。
息の詰まる毎日の中、友達に会うと感じられる、このかすかな解放感が好きだった。
「ねえ、私、そろそろ帰らなきゃ」
時間を確かめ、セハは泣きそうな顔をした。みんながそれぞれ残念そうに声を上げた。
「ええ、もっとセハと遊びたいのに。もう帰っちゃうの?」
ソヒョンが一番名残惜しそうだった。学校や塾に追われ、こうして集まれる日は少ない。だからか、なかなか立ち去れなかった。それでも、また次に遊ぶためには、遅くなりすぎないうちに帰るほうがよかった。
「私もソヒョンともっと遊びたいよ。また遊ぶためにも、早めに帰ったほうがいいんだ。ごめんね」
ソヒョンに片目をつぶって挨拶し、立ち上がった。
「おい、イム・ジフン。立って、送ってきなよ」
ジュミョンに言われ、ずっと考え込んでいたジフンが「俺?」と聞き返した。
「そう、あんた。朝から一緒に遊んだんだから、夜まで責任持ちなよ」
そんなことしなくていいと、セハは手を振った。
「そうだな。イ・ジュミョンなら顔が凶器だから一人で帰れるけど、もう遅いし、セハは送ってやろうぜ」
ヒジェまで口を挟んだ。そのせいでジュミョンはまた拳を握り、勢いよく立ち上がった。近づいてくるジュミョンを見て、ヒソルは笑いながら席を離れた。
騒がしい中、ジフンがシャツと斜めがけのバッグを手に、近づいてきた。
「どうせ遠くないし。行こう」
「ほんとに大丈夫なのに……ありがとう」
セハは笑って答えた。振り返ると、ジュミョンとヒジェはまだやり合っていた。その間にソヒョンとジニョン、ヒソルが玄関まで見送りに来て、最後まで名残を惜しんだ。一人ずつ目を合わせて挨拶し、靴を履いた。
その間にジフンは、もうドアを開けて廊下を歩いていた。
「ねえ、イム・ジフン。一緒に行こうよ」
振り返ったジフンは、照れくさそうにした。
「あ、エレベーター止めておこうと思って」
セハの家までは二ブロック。信号を二つ渡れば着く距離だった。勢いよく走る車が切り裂いた夜の空気が、鼻先をかすめた。
「ああ、夜の空気、気持ちいい」
セハが沈黙を破った。ジフンはジュミョンの家で遊んでいる頃から、急に口数が減ったようだった。もともとよくしゃべる子ではないが、一日一緒にいると、感じ取れるものがあった。
「そうだね。少し酔いもさめる」
ジフンは小さく咳払いをして、空気を吸い込んだ。
「どうしたの。急に何か悩みでもできた?」
ジフンは首を振り、セハを見た。
「いや、別に。たいしたことじゃないよ」
何かを考えている顔だったが、それ以上は聞かなかった。
ジフンがバッグからごそごそと何かを取り出し、渡してくれた。
「これ飲みなよ。少し酔いがさめると思う」
「わあ、チョコ牛乳。私、これ好きなの、どうして知ってたの?」
うれしくて、チョコ牛乳を受け取った。
「俺が飲もうと思って買ったんだけど。いいよ、飲みなよ」
セハはそれを手に、鼻歌を歌った。
「でも、ストローないね」
ジフンは、しまったという顔でセハを見た。
「いいよ。そのまま飲めばいいし。男の子って、あんまりストロー使わないよね?」
一つ目の信号で立ち止まり、パックを開けようとした。ジフンが手を伸ばして止めた。周りを見回し、言った。
「ちょっと待ってて」
どこかへ走っていったジフンは、すぐに戻ってきた。片手には新しく買ったチョコ牛乳、もう片方にはストローがあった。
「はい、これ使って」
ジフンは牛乳のパックを開け、ストローを差して、ひと口吸った。
「サンキュ。ちょうどコンビニがあったんだね」
二人は並んで、また信号が変わるのを待った。
しばらくして横断歩道を渡りながら、セハが口を開いた。
「今日、すごく楽しかった。ロッテワールドも、ジュミョンの家でも……」
ジフンはうなずいた。
「うん。ロッテワールド、ほんとに久しぶりだった。高校生になって来ても楽しいんだね」
「ね。二十代になってから来ても楽しいかな?」
ジフンは何度もうなずいた。
「もちろん。四十代でも五十代でも楽しいよ。夢と冒険がいっぱいの国なんだから」
セハは笑った。
「二十代か……。みんな、どうなってるんだろうね。考えたことある?」
ジフンはストローから口を離し、急に真剣になった。
「二十代って……明日のことだってわからないのに」
「もう、ばか。想像してみるんだよ。みんな、どんな仕事してるのかなとか。結婚してるかなとか。私の隣には誰がいるのかな、とか」
ジフンはしばらく黙っていた。何を考えているのかはわからなかったが、セハの言葉に、いろいろ想像しているようだった。やがて考え終え、口を開いた。
「同じだと思う。今みたいに集まって遊んで、悪態ついて、ふざけたりしてるんじゃないかな」
「そうかな。そうだったらいいな」
家に近づくにつれ、あたりは静かになり、二人の足音だけが響いた。




