第11話 幻想の国(3)
「ああ、足が……」
五時が近づく頃には、ジフンもインスもジュミョンもセハも、口々にうめいていた。
「昔は日が暮れて、パレードまで見ても平気だった気がするのに、何でこんなにきついんだろ」
インスのぼやきを聞き、あの頃は開園と同時に入っていなかったんだろうと思ったが、口には出さなかった。
「年取ったからかな」
とこぼすジュミョンに、
「もうそんなこと言っちゃだめでしょ〜」
と返すセハを見て、うなずいた。
「そろそろ行こうぜ。もう十分乗っただろ」
インスがそう言うと、みんなで出口を探して歩き出した。
「おいしいものも頼もうよ。何食べたい?」
さっきまで足が痛かったのも忘れたように、楽しげに食べたいものを挙げていった。
「あれ? セハ、手どうしたの?」
前を歩くセハの後ろ姿を見ていたジフンは、手に赤い跡を見つけた。セハは言われて手を見て、驚いた顔をした。
「あれ、血が出てる。気づかないうちに、どこかで引っかいたのかな。やだ……」
ジュミョンも手を見て、心配そうに言った。
「どうしよう。まだ血が出てるね。手、上げてみて。とりあえず洗いに行こう」
たくさん出ているわけではなかった。黄色いカーディガンにつかなかったか見ているうちに、ジフンは思い出した。昨日、友達とコンビニに寄ったとき、母に頼まれて買った絆創膏があった。
もう一度手をちらりと見ると、傷にはまだ血がにじんでいた。
「あ、そうだ」
急いで斜めがけのバッグを探った。ウォークマンと小説の間をかき分け、平たく押しつぶされた絆創膏の箱を取り出した。
――あ……これは……。
何も考えずに買った絆創膏には、小学生向けかと思うようなカラフルな背景に、にこにこ笑うキャラクターがいた。何となく恥ずかしくて、すぐには渡せなかった。けれど、選り好みをしている場合でもない。セハへ差し出した。
「ちょうど昨日買ったのがあるんだ。傷、洗って貼ってきなよ」
「わあ、ありがとう。こんなのも持ち歩いてるなんて、すごく気が利くんだね。あ、ピカチュウの絆創膏だ。かわいい!」
意外にもセハは、かわいいと喜んで、絆創膏をじっくり眺めた。
「何だよ、これ。小学生かよ」
インスの反応は予想どおりだったが、セハの顔を見ていると、なかなか誇らしかった。
セハはジュミョンに手を引かれ、トイレを探しに行った。ジュミョンはちらりと振り返り、声を出さずに「おお〜」と口を動かして、ジフンを褒めた。
「楽しいか、今日?」
女の子たちが見えなくなると、インスが尋ねた。
「楽しいよ。毎日、今日みたいに遊べたらいいな」
「最初に『セハと』ってつけろよ」
からかうように笑っていたが、どこか気のない顔だった。
「お前は何だよ。楽しくないの? 一番楽しんでたくせに」
「ロッテワールドは楽しいよ」
その言い方に、妙な含みを感じた。
「早く帰って、チキンで焼酎飲もうぜ。お前、セハにいつ告白すんの?」
ジフンは困った。告白だなんて、考えたこともない、ずっと先の話だった。巨大な山を前にして、登り始めることさえためらうのは、こんな気分だろうか。
「やっと仲良くなり始めた気がするのに、いきなり告白って。まだ考えたこともないよ」
インスはジフンの肩に手を置いた。
「ほかのやつを見てても、自分でこうして経験してみてもさ、待ったから何か変わるってわけじゃないんだよな。結局、うまくいくか、いかないかなんだよ。付き合うか、付き合わないか、そのどっちかだろ。もう決まることは全部決まってるんじゃないかって思うんだ」
今だめなら、あとでもだめだということだろうか。それでも、焦りたくはなかった。
「お前の言うことは正しいんだろうけど。でも、今は早すぎる気がする」
インスは口を鳴らし、どこか苦々しそうに答えた。
「早くしろよ。早く。夏のうちに」
夏だってすぐそこなのに、それも早くはないだろうか。そう思いながら、ジフンはうなずいた。ある程度、目標を決めておくのも悪くない。
「ジフン! 見て!」
傷を見つけたときの戸惑った顔は、もう消えていた。セハは絆創膏を貼った指を、うれしそうに見せた。銀の指輪をはめた人差し指は、絆創膏で飾られ、トロフィーのようだった。黄色い絆創膏の上でウインクするピカチュウが、カーディガンによく似合っていた。
「はい。ありがとう!」
一枚使った残りの箱を、ジフンへ差し出した。
「いや、持ってていいよ」
ただの絆創膏でも、これも記念品といえば記念品なのだろうか。
「ええ、いいの? ありがとう。これ、ほんとにかわいくて好みなんだ」
喜んでくれる姿がかわいくて、ジフンは顔を赤くし、短い髪に手をやった。セハは傷ついた人差し指を立てたまま、服を整え直した。
「いつもそうやって気を配ってね。そしたら、すぐ彼女もできるよ!」
たまたまだったとはいえ、少なくとも今は、セハの言う「気配り」をちゃんと届けられた気がした。ただ、その相手からセハ自身は外れているような口ぶりが、少し残念だった。
「それと彼女ができるのと、何の関係があるの?」
セハは、そんなこともわからないの、という顔をした。
「女の子はそういうものなの。ほら、急に雨が降って、傘が欲しいときに、さっと渡してくれるとか。いつでもあなたのために用意してありましたって感じで、さりげなく出すんだけど、その気配りに惹かれちゃうんだよ」
なるほどと思いはしたが、口から出たのは逆の言葉だった。
「それなら毎日、海外に引っ越すときみたいなでかいバッグ持ってないとだめじゃん」
「何それ〜。あはは。お姉さんの言うこと、聞いてないでしょ!」
セハの調子に、ジフンもとうとう笑ってしまった。
「お姉さんって。三十センチは違うんだけど。はは」
セハを見下ろし、頭にそっと手を置いてから、自分の胸元までまっすぐ線を引くように動かした。
「ちょっと、三十センチも違わないからね」
バスを待つ四人の笑い声は、いつまでも続いた。




