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※この作品には性別転換・ダークファンタジー要素が含まれております。
※誤字脱字があれば申し訳ないです。
――貴女のせいよ。貴女が、貴女のせいで……貴女のために蜜を使わなければ!あぁ……貴女みたいなケダモノ、産まなきゃ良かった――
冷や汗を沢山掻きながら飛び起きた。
今でも脳裏にこびりつく、魔物に喰われ凸凹になった顔や身体。
何よりもぶるりと震えるあの鋭い目つき。
そして、最後の言葉……
いや、母上はあんな酷いこと言わない。
誰よりも自分を受けてくれた人だから……
でも本当は鬱陶しかったのかも、嫌悪していたのかも。
だったら、だったらどうしたら良かったの?
最後、会いに来たのは迷惑だった?うんざりしたの?
ベッドの傍らにある水をとってカップに注ぎ勢い良く飲む。
それを幾度も繰り返し、ようやく動悸と涙が収まる。
ベッドから降りた。
姿見の前に来て日課の慰めをする。
大丈夫、大丈夫、今日も可愛い。
とっても美しい女の子。
どこからどうみても女の子。
ふっくらとしている胸がちゃんとある。
だから大丈夫。大丈夫。
可愛い金髪が似合う女の子。
男じゃない大丈夫。
「我ら星人夜。今日も太陽と月が母上と私を守ってくれますように。貴方たちが幸せでいれますように。叶え給え叶え給え」
そう祈り終わると外から鐘が鳴る音が聞こえてくる。
祝日なのだから何時でも寝かせてくれれば良いものの、寝過ぎは自堕落への一歩と考えてやまないこの学園はそうさせてくれない。
シュベールは最低限の服などを太陽と月から支給され、それを詰め込んだボストンバッグ片手に学園から少し行ったところにあるブロード公爵の銅像が目印の広場で待っていると星から伝言を預かった。
思い切っておめかしして行こうと思う。
大切に取っていた無地柄の淡い桃色のワンピースを着る。
すると、窓の外にある木が揺れているのを見て風が強く吹いているらしい。
肌寒いと嫌なのでそれを考慮し、その上に黒色のコートを羽織る。
靴は沢山歩くことを予想して、歩きやすい踵の低いヒールを履いた。
髪の毛は魔法で軽く前髪と後ろ髪の毛先を巻くと、ハーフアップにする。
また、化粧は控えめに。
香水は今の時期にピッタリな金木犀の香り。
最後にラヴが公爵令嬢だとバレにくくするために縁が金色の伊達丸メガネを掛けた。
「出来た。ちょっとやりすぎたかな?」
そう久しぶりに本気でコーディネートした己の姿を鏡で見たあと、黒の手提げバッグを持ち部屋の扉を開けた。
行く先先に視線を感じ、矢張りやりすぎたか?と恥ずかしく思いながら早足で歩く。
「うん?お前、ラヴか?!」
目的地につき馬車の手配をしていると、後ろから話しかけられ振り返った。
そこには珍しく洒落た服を着ているナタールと、聖女候補にしては派手なフリルが沢山付いている服を着ている彼女と、相変わらず少し残念なファッションセンスの王太子。
後は名前を忘れたが、確かナタールと同じ剣技を習っている筈の男の子と、魔法学部で見たことがある淡いオレンジ色の髪の毛をしている男の子が居た。
この人たちも馬車の手配をしに来たのだろう。
「あら、こんにちはお兄様。それと皆様も」
そう伊達メガネを外して挨拶すると、アカーシャが何やら口を開くよりも先に王太子が目を輝かせ訊いてきた。
「ラヴじゃないか。綺麗におめかしして何処に行くんだ?」
「折角の『実りの日』なので出掛けようかと」
本当の目的は濁してラヴはこたえる。
『実りの日』とは秋の豊作を祈り感謝する日のことだ。
毎日毎日勉学に追われている生徒達だが祝日だけは規則も何もかもを忘れて遊べるので、沢山の生徒たちがこうして馬車の手配をして帰省や街に出掛ける。
「そうなのか。実は俺達もでね、良かったら一緒に行くか?」
察しが悪いのかはたまた分かっている上で言っているのか……
これほど気合を入れているのだから先客がいるに決まっているだろう。
内心呆れながらもラヴは愛想笑いを崩さず断る。
「お誘いありがとうございます。しかし、私には先客がいらっしゃるので」
「あっそうだったのか。例のパートナーか?」
「パートナー?」
ナタールが王太子の言葉に怒鳴り気味に訊ねた。
そのナタールの反応にも動じない。
何より、さっさとシュベールの元に急がなくてはいかなかったし、このメンバーと絡みたくなかったのでナタールたちを避けるような足取りをしながらこたえた。
「いえ、違いますわ。申し訳ないですが、馬車の手配をしにお待ちしていらっしゃるお方が沢山おられるので私はこれで。良い祝日を」
一瞬ナタールに呼び止められたような気がしたラヴだが、誰かが止めてくれたらしく一安心しながら馬車に向かった。
十五分ほどすると馬車が止まり着いたらしく、御者の手を取りながら降りると広場の中心に向かった。
矢張り人が多く何とか人を掻き分けて道を進むと、やっと道が開けた。
広場の中心にはブロード公爵が剣を突き立てて立っている銅像が見事にあり、その美しさは百年たった今でも変わらない。
その祖先の周りに目を向けていると、銅像の横にペタリち張り付き茶色のボストンバッグに顔を埋め、何やら怯えている茶髪の男の子が居た。
その子を見た瞬間シュベールだとすぐ悟った。
ラヴはその子の近くにより肩を叩くと、男の子はゆっくりと顔を上げラヴの顔を見るやいなや涙を目の縁に溜めながら飛びついた。
「おっそいよー!直ぐ来るって言ったのに中々来ないから僕待ち合わせ場所間違ったのかと思って、ここで硬直しちゃってんだよ」
ラヴはその震える肩を優しく撫でながら、ごめんなさいと謝った。
「来る途中知り合いに会ってしまい少しの間喋ってしまいました」
シュベールはラヴから離れ目を拭くと前髪を少し整い直し、何処に行くの?と訊ねた。
「取り敢えず宿を探しましょう。ボストンバッグをずっと持っているのは辛いでしょうから」
シュベールは頷き二人は宿を探し始めた。
とはいえラヴはこれでも令嬢なので、どの宿もいまいちと見てしまい。中々進まない。
「少し休憩しましょうか」
しばらく探し回ったあと疲れ切った二人はベンチに坐った。
広場の周りには沢山の出店が出ていて、人が沢山いる。
そしていい匂いが漂ってくる。
「何か、食べましょうか」
「うん。そうしよう」
二人は満場一致で何かを買うことにした。
大体が南瓜や薩摩芋など、秋の旬を使ったものばかりで、四方八方からスイートポテトの匂いがしてくる。
「ねぇなにあれ?」
そうシュベールが指差した先にはどこかのサーカス団何かを披露しているらしく金色の粉やら、ナイフやらが空中を舞っている。
近くに寄って見に行くと、見事な技を繰り広げていて絶えず歓声が上がる。
「危なくないのかな」
「そうですね。ただ、最近はサーカス団入会希望者も増えているみたいです。流行みたいですね」
ふーん、とサーカスの良さがいまいち伝わっていないのかシュベールは微妙な反応を見せて、踵を返すとまた出店がある所に戻った。
出店でラヴは好物のさつまいものカップケーキを。
シュベールはラヴのおすすめでカボチャのスコーンのを食べた。
「うわぁ!凄い、美味しい!僕、南瓜食べたことあるけどこんな美味しくなかったよ。もっと硬くて甘いとかなかった」
美味しくなったカボチャのお菓子にシュベールは感激して凄い速さで食べ終えた。
その様子にラヴは微笑みながら言った。
「私もカボチャのスコーンが好きなので気に入ってくれて嬉しいです」
その後二人はしばし出店にあるスイートポテトやカボチャチーズケーキなど様々な物を食べた。
そして、少し落ち着くとまた宿探しを再開する。
「ちょっと食べ過ぎたかもね」
「ですね。楽しくてついつい」
またしばらく宿を探すと一つの宿の前にシュベールはこれは……と足を止めた。
その宿は百年以上も続いており、各地に広く展開している有名な老舗宿だった。
「うん、僕この宿知ってる。昔はもっと山奥に店があったんだ。それにもっと小さくて、旅人とか戦争で母さんと父さんが死んでしまって何も分からない身寄りのない子供たちに食べ物を分けてくれたり、狩りの仕方を教えたりしてくれて……大きくなったんだ」
そう立派な宿を見上げてシュベールは呟いた。
その様子を見つめ、ラヴは柔らかな口調で言った。
「ならここにしましょうか」
「えっ、でも絶対値段高いでしょ?だってこんなに立派で大きいんだし……」
シュベールが遠慮するのにラヴは何故か得意気に、そして意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「お金は私たちが払うんじゃないんですよ?月と太陽が投資という面目で出してくれるんです。少し位使ったって二人は有り余るほどのお金を持っているはずなのできっと何も言われませんよ」
ラヴがこんな表情を出来るのにシュベールは驚きながらも、じゃあいっかと宿に手配をしにいった。
運が良いことに一部屋だけ空いていて、そこを取り敢えず三日いさせてもらうことにした。
部屋の中はラヴでさえ感嘆するほど清潔で、ベッドのシーツも綺麗に敷かれている。
「もうここに住んじゃわない?」
思わずシュベールは呟いた。
「そうしてしまったら魔道具の開発が難くなりますよ?」
「もう冗談だよ」
とシュベールは微笑みながらボストンバッグをベッドの上に置いた。
バルコニーからの眺めは佳景で、大きな湖が見える手前には様々な住宅が気持ちよく並んでいて見ていて気分が爽快だ。
さて、と言いながらシュベールはベッドに腰掛け続いて言う。
「これからどうする?物件も決めないといけないし魔道具も開発しないと」
ラヴはシュベールの向かいにある棚に保たれてこたえた。
「そうですね、物件のことは今からでも探しにいけます。この世に慣れるついでにもなりますしね。魔道具は私も考えたのですが……矢張り宣伝などと言っても毎度毎度今日のように護衛無しで出かけることは難しいです」
窓の外から民衆の歓喜のざわめきが聞こえてくる。
「何よりも私が男の子と密会してると噂になるには、色々釈明が面倒なので魔道具の開発は星空の中でも良いでしょうか?」
「それはもちろん」
ベッドから立ち上がると出入り口を指さしてシュベールは続いて言った。
「じゃあもう行く?物件探しと僕の慣れのために」
ラヴは頷いてシュベールの後を続いた。
宿を出ると次は不動産屋を探しに人並みが多いところに向かった。
途中二人はまた買い食いをしたりと満喫する。
「中々ないね」
「ですね」
あるのは大抵服屋や居酒屋などだ。
不動産屋は普通は友人からの紹介などで行き着くことが多い。
しかし、ラヴには信頼できる友人がいないのでそれは頼れない。
あと、至るところに美味しい食べ物があり中々先に進めないというのも一つ理由だ。
「これ美味しいよ?」
ラヴに食べ物を一つ渡してシュベールは言う。
それを口に入れラヴは目を輝かせ、本当だと呟く。
「ナタール様、これ美味しいですよ?」
アカーシャもまたシュベールのように渡すが、ナタールは頑なに嫌がる。
「え?」隣にいる見覚えがある二人にラヴは瞠目する。
「え?」またその二人も同様に瞠目する。
「ラっラヴ?その隣の人は?」
ナタールが訊ねた。
どうしようか……今逃げたらシュベールといることに言い訳がしにくなる。
というよりもまた拗れる。
そう冷や汗を少しかきながらラヴは愛想笑いをして言う。
「あっこの方は――」
「ん?あぁこんにちは。シュベールって言います」
ラヴが紹介しようとした途端、シュベールは頬に食べ物頬張りながらナタール達を見ると自己紹介した。
ナタールたちからするとシュベールの見た目は可もなく不可もなくで、何処からどう見ても平民だ。
そして、そのシュベールとラヴが一緒に『実りの日』を満喫しているという事実は、それこそラヴが男という事実以上に信じられないことだろう。
その様子にラヴはため息をつき言った。
「友達ですよ。この街に初めて来たらしいので案内していたんです」
「平民をか?」
ナタールの言葉にラヴはキッ、とナタールを睨みつけ言った。
「それこそ、ナタが嫌う差別でしょ?」
その目と的を射た発言にナタールは何も言い返せなかった。
ナタールは人とは違うこと……
つまり己の性別の認識が違うことを差別や人の目のせいで隠さないといけないという事実を何時も心底嫌っていた。
父に相談してもどうにもならない事にナタールは、もし自分が公爵になったら出来るだけ差別などの概念を無くして自分たちと同じ人を生きやすくする、と意気込んでいるのをラヴは性別を転換してから常々聞いてきた。
そしてそれをナタール本人が真っ向から否定するようなことを言ったのに、ラヴは我慢ならなかったのだ。
「別にそう思うのは仕方がないけど。私が誰と仲良くなろうと貴方たちには関係ないでしょ?それが平民だろうが男だろうかね」
ため息混じりにラヴは言うと更に一同を睨んだ。
その張り詰めた空気にシュベールは己が原因だと察しおどおどしながら言う。
「僕、あれだったら一人で探すけど」
彼が後ずさりしたのにラヴは咄嗟にシュベールの腕を強く掴んで逃さないようにした。
「大丈夫ですよ。もう要件は済みましたから」
薄っすらと笑みを浮かべているアカーシャをラヴは一瞥して、シュベールを連れ踵を返して立ち去ろうとした。
「一つ教えてくれ」
そのナタールの声にラヴは一旦立ち止まった。
「仮面舞踏会はそいつと出るのか」
ラヴは嘲笑ともとれる妖麗とした笑みを浮かべてナタールの方に振り向くと「さあね」と誤魔化し颯爽と立ち去った。
それから少しラヴは早足で進むと息を整えて立ち止まった。
「大丈夫?」
「はい、すみません。見苦しいところを」
「いやいや僕は良いんだよ。けど、さっきの人結構偉い人なんじゃないの」
早足で歩いてきた道を振り返ってシュベールは訊ねた。
ラヴは少し言葉にするのを戸惑った末、ため息とともに近くにあったベンチに腰掛け言った。
「双子の兄です。少し頭が硬いんですあの人」
「君の兄というと……小公爵ということか。そりゃ平民を毛嫌いするのも仕方がないね。上流貴族の性みたいな物だし」
そう考えると、と言いながらラヴを横目に見てシュベールは言った。
「君は余り平民がどうのこうのとか言わないね。僕なんかにも敬語だし」
普通に考えれば当たり前の感想だが、ラヴはその言葉にドキリと鼓動を跳ねさせた。
「そっ、そんなことないですよ。敬語は癖みたいな物で平民とかは特に気にしたことが無かっただけで……」
そう言いながら苦しい言い訳だと感じた。
平民を気にしない貴族などいない。
どれだけ聖人君子を謳っても矢張り泥塗れになって家畜を従える姿は貴族から見れば滑稽で汚らしいからだ。
だが、ラヴはその汚らしい姿がまるで己のようで平民のことを悪く言えないのだ。
もし言ってしまえばそれは己を悪く言っているように感じてしまうから……
そんな風に思った刹那ラヴに自己嫌悪が襲った。
なんて身勝手な思いだろう。鳥肌が立ち、先刻までの心地よい空気は息もできないほど肌を刺した。
通り過ぎる人々が皆、自分を敵視し蔑んでいるような錯覚と吐き気に襲われたその時、眩しい光が視界を遮った。
「あっ、やっと気が付いた?」
シュベールはその光を抑えて、ラヴのことを本当に心配しているように顔を覗き込んで続いて言う。
「ごめん、さっきからずっと話し掛けてたんだけど聞こえてなかったようだったから……」
シュベールの手には黃金に光る球体がくるくると周りながらラヴの顔を照らしていた。
その様は言葉に言い表せないほど美しくまた煌々としていて、先程まで真っ青にしていたラヴの顔をオレンジ色に照らした。
「大丈夫?」
「はい」
眉を顰めているシュベールの顔を見てラヴは微笑みを浮かべて頷き続いて言う。
「再開しましょうか。ここら辺ならきっとあります、もう少し根気強く探しましょうか」
少し調子が戻ったラヴにシュベールは胸をなでおろすと微笑み返して頷いた。
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