新:5
※この作品には性別転換・ダークファンタジー要素があります。
※誤字脱字があれば申し訳ないです。
ラヴが消えて一ヶ月と少し経過していた。
裁判の間であったあの出来事は国中を震撼させ、公爵令嬢は冤罪なのかどうかについて議論が激しくされている。
また、月と太陽がこの国への加護を取りやめたことで特に首都あたりの空は常に曇りで、月も太陽も、星さえ姿を現さなくなった。
天気も不安定で、豪雨が降って作物がダメになってしまったことが何件もある。
国王はラヴへの捜索を開始していたが、足取りは一切掴めていない。
あの金髪や青い目を目立たないようにするというの不可能に近いため、誰か……特に変装を得意とする黒魔術師の手を借りている可能性が高かった。
だが、黒魔術師は腕利きであるものが多く魔術を使うところをこの目で見ないと発見は難しいと言われていた。
「ナタール」
「はい。父上」
すっかりやつれてしまった父にナタールは姿勢よく応じる。
「ラヴのこと、お前はどう思っているんだ」
少し間をおいて彼は答える。
「……心配です。どこで、なにをしているのか。なにがあったのか、何も分からなので」
「そうだな……」
父は頭を掻き呟くように言った。
「こういうときにアゼリアがいたら……」
父は、言ったところでどうしようもないことだと金髪をかき上げて首を横に振る。
「お前も、ラヴの捜索隊に加わる気なのか?」
「はい」
「学業は?」
そんなことよりも。
「ラヴのほうが優先です。勉強なんて後でいくらでも巻き返せますから」
「……そうか。確かにな」
父の目線は窓の外にある新年を祝う旗だった。
「ラヴは今日を何よりも楽しみにしていたな毎年……」
毎年、今日降ってくる『希望の雨』を見て母の無事と家族の健康を祈っていた健気な美しいラヴを思い出す。
「そうですね」
ラヴは一体どこでそれらを見ているのだろうか。
見て、何を考えているのか……
ナタールには見当もつかない。
ナタールも父である公爵も、ラヴの無実を祈ってはいたのだ。
しかし、それを公言するには立場があまりにも重いし、万が一の時を考えれば何も言えなかった。
ラヴにそれを責められた時も何も言えなかった。
悪かったと、ナタールも思っている。
だが、助けてやれたかもしれない条件を蹴ったラヴもラヴだ。
守ってやるつもりだったのに……
腹の底で何かが塒を作って虎視眈々と見ている。
悪意のようで、親切心のようでもあった。
ただ、きっとラヴへの執着心のほうが大きい。
「お前がラヴを見つけろ」
父はその青い眼光を鋭くしてナタールに言う。
「万が一にでもラヴとお前のことがバレてはいけないからな。そして、お前も。必ず新月には我が家か、どこかに身をひそめるように」
「……分かっています」
その言いつけをいつまで守らなければいけないのだろう。
結婚して、子を成して、死ぬまで誰にも、世間にも隠し通せると……思っているのだろうか。
そういうことに気を遣うのが腹立つから、ナタールは他の女など眼中に入らないのだ。
あのアカーシャだって、知ってしまえばきっと離れるだろうから……
だから……ラヴにも自分しかいないとナタールは本気で思っているのだ。
父に一礼して部屋を出る。
ナタールは堅苦しい襟のボタンを外して袖をまくると髪の毛をかき上げて、自室ではなくラヴの部屋に向かった。
ラヴの部屋を掃除していた使用人たちは着崩したナタールにすこし頬を赤くしながらも、何も言わず一礼だけして部屋を去った。
この部屋は変わらず良い匂いがしていた。
ラヴの匂いだった。
天蓋つきのベッドに腰かけ、ナタールはその毛布を手で撫でた。
温かみはなく、冷たい。
次にドレッサーの前に立ち、その棚の中にあるアクセサリーなどを見る。
やはり、ナタールにはこれで己を着飾ることにかなり抵抗があった。ラヴが付ければきっとかわいらしいなのだろうが。
ドレスも、ヒールも、どれも全く興味がない。
ただ、ラヴは似合うのだろうと感じるだけだった。
ラヴは自分しかいないと、ナタールもラヴしかいないとずっとそう思ってきたのだ。
なのに、ラヴはそうじゃなかった。
あの……あの平民。
ラヴが投獄されていた間も幾度も面会を申し込んでいたのだという。
13歳ほどのガキのくせに。
見目もナタールほど良いとは言えない、ただの平民。
なのに!ラヴはアイツを選んだ。
パートナーなんて、居なくてもラヴは構わないはずだ。
自分に頼んでくれば、アカーシャなんて捨てて一緒に踊ったのに!
なのに……
あの平民。面会を申し込みに来て偶々ナタールと出くわした際、厚かましくも会わせてくれと頼みこんできやがった。
腹が立ったが、そうでもしないとラヴに会える権利も持たない弱者だと嘲笑ってやった。
すると、あいつ憐れみの目線を向けてきたのだ。
——君、悪魔か何かに侵されてるね。ラヴと同じだ。お願いだ。彼女に会わせてくれ、彼女会いに来てくれないから伝えたいことを伝えられないんだ。君が僕に嫉妬しているのは見て取れてる。けどそれは……
それは……
——ラヴの心を汲んでいるのかい?
茶褐色の髪から垣間見えるその目は何か強い光を宿しており、魔眼を持つナタールには到底人間のものだと感じられなかった。
だが、ナタールはそれ以上に腹が立ったのだ。
何も知らないのに、勝手なことをほざいて!
思わずその頬を殴りつけ、勢いそのまま怒鳴ってやった。
「俺たちの秘密さえ知らない部外者が!勝手なことを言うな!ラヴを理解しているのは俺だけなんだよ!お前が、傲慢でラヴの気持ちを何も汲んでない!」
けれど……!その目は揺るがず、手を伸ばしてナタールの肩を易々と押し戻して見せた。
——若い。若いね君。君たちの秘密を知らないのは確かにそうさ。星たちに聞いても教えてくれないからね。でも、君も……
その時、強く風が吹き彼の前髪揺らしてその眼を現した。
「君もなにもラヴの心を見ていない。見れば、その感情が欺かれると理解しているから」
現代の人間が負っているはずのないその傷。
真っ黒で、特有の切り傷。
魔物のものとはまた違う純粋な瘴気による切り傷!
そして、瞬きしたときには彼は金の粉になって消えようとしていた。
「ねえ、ナタール君。君に一つ占ってあげよう」
彼は金の粉に包まれたその手を差し出した。
「君はその腹の悪意に喰われてラヴを傷つけるだろう。そして、きっとラヴに大変しかられるはずさ。そりゃあ、ボコボコに」
この占いが叶わないことを祈るよ——と、言い放って彼は姿を消した。
心の深淵から腹が立ち悍ましいほどの醜い感情に囚われた。
まるで、何もかもを見透かしてラヴの全てを理解しているような、そんな声色!
青筋が見えるほど拳を握る。
『悔しいかい?』
腹の底から湧きだつ怒りと執着が囁いてきたような声がした。
『悔しいだろう』
ねっとりして、嘲笑が混じるその声。
『さあ、どうするんだい』
首筋から這い上るように真っ黒な悪意が蛇の姿をして姿を現した。
『そのどす黒い感情をどうするんだい?』
蛇はあざ笑う。
「ラヴを探すために使うに決まってるだろう」
ナタールは蛇の頭を掴み、床に投げつけると踏みつけた。
すると、蛇は風船のように膨らんでパン!と煙を立てて破裂した。
そうしてそこには、黒髪に紫の目をした絶世の美少年がにやりと笑ってこちらを見ていた。
『やあやあ。酷いね公子様』
「うるせえ」
ナタールは腰に下げていた剣を抜きそいつに刃先を向ける。
「お前はなんだ」
私ですか?と少年は自身を指さし笑う。
『私は悪魔ですよ。珍しくもない。ただの、悪魔』
ナタールは、目にもとまらぬ速さで魔眼を発動させて相手の弱点を見破り襲い掛かった。
『ああ、焦らないでください』
悪魔は剣先を掴むとナタールと至近距離で目を合わせた。
『私に魔眼を使ったところで意味はないですよ。私は弱点も、マナも、魔力も何もかも変幻自在に変えられるのですから』
その時、ナタールの目に映っていた弱点が急に蛇の姿に変わりこちらへ襲い掛かってきた。
ナタールは反射的に後方へと退く。
『ほらね。私は変幻自在。本当の姿はないのですここには、どこにも』
悪魔は意地の悪い笑みを浮かべてナタールに剣を返し続けた。
『貴方には才能がある。剣の才能、人を愛する才能、人を憎む才能。その全てを私は見透かし、応援できるのですよ』
「なんのことだ」
悪魔はその紫の目を獰猛に光らせ、大げさに腹に手を当てお辞儀をし言った。
『貴方の僕となりましょう。その数々の才能とその出自を見込んで』
しかし、ナタールは隙を見せず断る。
「嫌だね。悪魔なんて信じられるか。俺にメリットはゼロだ」
では!と悪魔は両手を広げ、口角を吊り上げ言う。
『貴方様に信じていただけるよう。あなたの願いを見返りなしで何でも叶えてさせあげましょう。もちろん!叶えたあとで、私が我儘を言うなどしないと誓いますとも。この真名にかけて』
悪魔が【真名にかけて】という時、一時的に絶対嘘はつけない呪いを自身に宿したものだとナタールはどこかで読んだ覚えがあった。
ナタールは数秒沈黙して思考した。
そして、声に出して願いを言った。
「じゃあ。今ラヴはなにをしている。その様子を映し出して見ろ」
いきなり大きく心の底からの願いを言えば、嘘はつけなくとも悪魔はリスクをナタールに求めてくる。ならば、小さな願いから叶えてもらう。
そうナタールは見抜いて言ったのだった。
『ふむ。妹君の現在の様子ですね』
悪魔はニヤリと恐ろしい笑みを浮かべてから、首肯して手を宙に差し出した。
すると、その手のひらから独りでに水がわき出しその水は鏡のように平面になると、美しい光を発して水面に黒髪の少女を映し出した。
ナタールは駆け寄りその水面を覗き込んだ。
悪魔は空気を読んで後ずさる。
水面には、ここ最近ナタールが見ていなかった星空と月を見上げて散歩している黒髪碧眼の少女がいた。
その顔立ちと碧眼からすぐラヴだとナタールは見抜く。
ラヴは何かを虚ろ気に考え込んで歩いたが不意に振り向いた。
それは、華やかに今日を祝われているどこかの町だった。
いくつもの灯りが灯され、ラヴのいる広場もたくさん飾りがかかっていた。
「ラヴ……」
思わず呟いてしまうほどそのラヴは美しかった。
平民が着飾る際によく着ているドレスなのに、ラヴが着ているだけでとても華やかに見えるし綺麗なのだ。
ラヴは何かを見てニコリと微笑んで手を差し伸べた。
誰かに微笑んだようだ。
その手を掴んだのは逞しい男の手で、背筋に言いようのない悪寒が走った。
そして、ラヴに初々しく何かを言い放つのは……見るからに獣人と人間の混血の男だった。
心臓の鼓動が早くなるのをナタールは感じる。
ラヴは可憐に微笑みながら、男の両手を取りダンスを始めた。
男もラヴにつられるように踊る。
細月の明かりの下に照らされて、二人は笑っていた。
幸せそうで、誰の目も気にしていないように笑うその顔。
その目線の先にある、獣人紛いの男。
なぜ……!
「クソが!」
ナタールはその水面を床に投げつけ目をそらした。
「なんだ!なんだよ!誰だあの男は!」
あまりの怒りに身体は震えて、血が出るほどその唇を噛んだ。
「俺がいない間にもう男が⁈ふざけるな!そんなこと許されるわけないだろ!」
笑って踊るラヴ。
その様子を愛おし気に見つめる何も知らない男!
ナタールは幾度もその水面を踏みつけた。
そして、変わらない笑みを浮かべている悪魔に足音を立てながら歩み寄る。
「これは幻覚か?」
『いいえ。誓って真実です』
罵倒が喉元まできたが、どれも悪魔にぶつけて良い物ではなくナタールはクソ!と怒鳴りながら水面を見た。
ラヴは楽しそうだ。
腹が立つ。腹が立ってしかたがない。
ありえない。許せない。自分だけ置いて……
青い目が黒く濁るのを、悪魔は愉快げに見つめる。
「許せない……。ラヴ、そいつはなにも知らないんだ……」
獣人の紛い物の男は愚かにもラヴに恋をしているようだった。
その美しさだけに目を取られて、きっと!ラヴのことを本当には理解していない!
理解しているのは……
「俺だけなんだよ」
ナタールは髪をかき上げると、悪魔に言った。
「俺の僕になると言ったな」
悪魔は一つ頷く。
「なら、もう一度真名にかけて願いを叶えろ」
青い目は彼の者のように黒く濁り悪意に染まる。
「あの、紛い物の男にラヴの本当の姿を見せてやれ!」
その時、悍ましく耽美な笑みを悪魔は浮かべた。
『ええ。もちろんでございます。我が真名にかけて誓いますとも。ナタール様の意のままに』
そして、悪魔は再びラヴに呪いをかけ、ナタールを浸食していったのだった。
読んでいただきありがとうございます(o^^o)




