新:6
※この作品には性別転換・ダークファンタジー要素があります。
※誤字脱字があれば申し訳ないです。
お祭り当日。
ラヴはシャルドネの厚意によって服から何から何まで用意してもらった。
「お小遣いもそうですが。本当に良いのですか?」
シャルドネはラヴに鞄を渡して首肯する。
「どうせ老いぼれの独り身だ。お前一人くらいはよくしてやりたいと思うのは自然だ」
そうなのだろうか。とラヴは不思議に思いながらシャルドネに「行ってきます」と手を振った。
シャルドネも微笑を浮かべながら手を振り返す。
赤い紐を辿りながら下山して、シルエットの家に向かう。
今日は一応彼とのデートのような物だ。
町は夕暮れに染まりとても美しく飾られていた。
国境の町なので疲弊している旅人たちの憩いの場として発展してきたここは、様々な文化や娯楽が根付いており今日はそれらが一気に盛んになっている。
たくさん人はいるし会話も聞こえる。
ラヴが見たことがある貴族もいて、少し胸をどきりとさせたが隠れるように伸ばした前髪のおかげでバレていないようだ。
それどころか平民の服装なので、まず目に入りにくいだろう。
シルエットの家に来ると中が大変騒がしいことに気がつく。
ノックをしても騒音で聞こえないのか出てきてくれない。
「……兄貴!それ……!」
というシルエットを揶揄う声がほとんど。
ラヴは口元に手を当てて微笑んだ。
ここの兄弟たちはみんな騒がしく温かだ。
こんな余所者のラヴにも優しくあれこれ教えてくれるし、その純粋な善意がとても嬉しかった。
特にシルエットは優しい。
自分の見た目が綺麗だからかもしれないけど、それでもあれほど純粋に好きでいてもらえるということがこれほど嬉しいとは知らなかった。
一応ノックしてから扉を開けた。
「ええい!うるさい!」
いつも通り、シルエットの怒声が聞こえた。
「やめろ、やめろ!星たちもやめろ!ラヴに言いつけるぞ!」
はて?とラヴは訝しみながらみんなのいるリビングに足を踏み入れた。
するとそこには、いつもは最低限しか整えられていない乱雑な髪の毛を綺麗に整えられ、青と黒が基調のしっかりした服を着たシルエットが顔を真っ赤にして立っていた。
シルエット自身の顔も端正なので、それはもう貴族のラヴでも滅多に見ないほどの美男子だった。
そして、その服のせいでラヴが平民で、シルエットが貴族のような出立ちになっている。
「あら。とっても綺麗にして。どうしたのよ」
ラヴが目を丸くしてそう言うと、シルエットは尻尾を揺らして耳をピンと立てた。
「このっ!こいつらが!」
照れるのを隠すように怒りながら掴んだのは星たちだった。
「こいつらが、家にやってきたかと思えば何も言わずに俺をこんな姿にしやがったんだ!」
ラヴは逃げようと激しく点滅する星たちに歩み寄る。
そして凝視した。
「月と太陽が命令したの?」
星たちは頷くように必死に点滅する。
『そうだよ!』『そうそう』『僕たちは命令されて!』
一瞬、ジュベールも加担していそうだと思ったが、ここ最近会ってないしそんなことしないかと考えを改めた。
ラヴは小さく嘆息しながらシルエットに言った。
「知り合いが遊びでしたようだわ。あとで叱っておく」
でも……とラヴはその赤い薔薇のような色の瞳を見つめて、可憐な微笑みを浮かべた。
「とっても似合ってる。格好いいよ」
途端、沸騰したようにシルエットからぼっと湯気が立ち上って流石に恥ずかしがった。
その反応が面白くて、ラヴは口に手を当てて笑った。
「笑うなよ……!」
耳が下を向いたので揶揄いすぎたらしい。
ラヴはまだ微笑を浮かべながら、シルエットの右手を取って彼の弟たちに手を振った。
「じゃあね。行ってくる。みんなも楽しんでね」
弟妹たちはシルエットを応援しつつ、ラヴに手を振った。
家の外に出て手を離すとシルエットに尋ねる。
「それで、この町のお祭りはどこでなにをするの?」
シルエットは掴まれていた手を揉みながらこたえる。
「そうだなあ……まあ、まずは買い食いとか、土産とかか?これから一時間半後くらいに行われる踊りと、花火が醍醐味だからそれまでの暇つぶしって感じだな」
なるほど、とラヴは頷く。
「じゃあ何か食べよう。シルエットは何がおすすめ?」
二人は歩いた。
彼は整えられた髪の毛が違和感なのかいじくりながら言った。
「俺は羊肉かな。この日のために熟成していた肉が大量に売り出されてた。いいぞ。ありゃ絶品だ」
思い出して腹が空いてきたらしく、シルエットの尻尾は小さく振られている。
「羊肉ね。確かに美味しそう」
食べたことはあるがいまいち味を覚えていないラヴだった。
「お前はなにか食べたいもんはあるのか?」
小さな灯火の数々を見上げてラヴは考える。
「……そうねえ。私のいたところでは良く温かいスープが売られていて、それを食べて飲むのが恒例だったから、そういうのがあればいいかな」
「スープか……。あっ、そういや朝霧の商人が毎年店を開いていてな。そこでは豚の出汁が上手いスープが飲めるぞ。確か豚汁って言ってた気がする」
「豚のスープ?考えただけで美味しそう……」
ラヴとシルエットは顔を見合わせて微笑んだ。
まず、シルエット一推しの羊肉の串焼きを食べてみた。
言わずもがな美味い。
クセはあるが、濃い味付けでそれが中毒性を誘う。
また、噛みごたえがちょうど良く香りまで美味しかった。
「美味いだろ」
「ええとっても」
シルエットが誇らしげにそう言って、ラヴが笑って肯定する。
食欲がなかったラヴだが、案外食べられて安心したものだ。
道中、他国の出店がたくさんあった。
その中には、高額商品を箱の中に入れそれと空の箱に魔法かけて判別しにくくして、惑わされずに手に入れれば数十リングで高額商品を手に入れれるというのがあった。
どうやらシルエットはこの手の物が大得意らしい。
「見とけラヴ。絶対百発百中で当てて見せるからな」
店主に幾らかお金は支払うと、一つの箱に有名なブランドの刻印が入ったネックレスが入れられた。
そして、四つの空箱が出現し合計五つのそれらは見た目が全く同じなので見分けができなくなった。
ラヴは位置は覚えていたものの、魔法で箱が独りでに位置を高速で移動してからは自信を失う。
それでもシルエットの表情は得意げだ。
箱の移動が止まると、店主はどれか選べと選択を迫った。
「どれか分かるの?」
そうシルエットに尋ねると、彼は得意げに頷く。
「もちろんだ。俺にはこんな小細工通用しねえからな」
胸を張りながらシルエットは「これだ!」と、指を箱に向けて突き出した。
それは右から三つ目の箱だった。
店主の顔が一瞬渋る。
「本当にそれでいいのか?」
「ああ!」
さらに店主の顔は曇り、シルエットの目をじっと見つめたが、諦めたようにその箱を開けて見せた。
「当たりだ!」
シルエットは歓喜しながらそのネックレスが入った小箱を取る。
ラヴも喜色満面を浮かべながら拍手した。
「すごいねシルエット。どうして分かったの?」
彼は尻尾を強く左右に揺らせながらこたえる。
「獣人はめちゃくちゃ鼻がきくんだ。俺は混血だから本来、獣人ほどの嗅覚は持ってねえはずなんだが何でか嗅ぎ分けられるんだよ。母親によると、先祖返り的なもんらしい」
言って、シルエットは小箱を開けて赤い宝石が嵌めこまれたネックレスをラヴに渡した。
「くれるの?」
嬉しそうに微笑むラヴは満更でもないが、どうしてもこの可愛い犬を揶揄いたくなり言った。
「つけて。私ネックレス自分で着けられないの」
シルエットの耳がピンと張り詰める。
「えっと……分かった」
シルエットは耳を赤く染めながらラヴの白いうなじに手を伸ばす。
胸元に手を回し、肌に触れないよううなじにネックレスを戻して止める。
震える手が感じられて、ラヴはまた笑ってしまう。
そうして微笑を浮かべたままシルエットに振り返ると笑いかけた。
「ありがとう。どう?似合う?」
赤いネックレスは飾りの灯りに照らされて虹色に反射している。
その青い目と良く映えていて、黒い髪は恍惚に輪を描き端正な笑みは溜息が出るほど美しかった。
「うん……」
思わず素直に頷くシルエット。
「そういえば。これ、貴方の目と同じ色をしているわね」
その時、やっとシルエットは気づいたらしかった。
己の瞳や髪色などと同じ色のアクセサリーを祭りであげる意味を。
意中の相手や恋人に良くそうする習わしがある。
シルエットの慌てようと言ったら本当に笑えるもので、ラヴは更に笑みを深くしながらその毛深い耳を優しく触った。
「ありがとう。大切にする」
ラヴの心中を上手く隠しながら放たれたその言葉は、シルエットにとって少し複雑なもので、ただ、きっと自分の抱いている気持ちはそういう物だから否定もできず頷くばかりだった。
飼いならされてるな。と自身で感じながらも何も言えないのだ。
町の祭りはまだまだ賑わいを増していた。
ラヴはシャルドネへのお土産に異国の美しいガラスのコップを買った。
「シャルドネ様のお金なのに申し訳ないのだけど……」
と、ラヴは苦笑気味だった。
あの人の金遣いの荒さは中々のもので、それで助けられているシルエットでも引くものだ。
本当にその財源が謎に包まれている人だ。
二人は沢山食べて飲んだ。
ラヴはお酒があまり好きじゃないので果実ジュースを主に、シルエットは果実酒を設置されている椅子に座って二人は飲んでいた。
「俺は人相手にも鼻がきくんだ」
少しほろ酔い状態で彼はラヴに微笑む。
「だから、初対面でお前が良い奴だってことは分かった。シャルドネのような腹黒さもない、変わった良い奴の匂い」
「変わった?」
空に浮かぶ明けの細月を見上げてラヴは首をかしげる。
「ああ。俺も嗅いだことのない良い奴だけど、なんか変わってるやつの」
「良い意味なの?」
もちろんだ。とシルエットは深く頷いた。
「超良い意味。だから、きっと弟妹たちもお前を気に入っているんだよ」
ラヴは言葉が喉元まで込み上げてやめた。
変わってるのはきっと、自分の性質のせいで良い意味というのは、繕っている部分を指すはずだから。
「ほらその顔」
えっと、ラヴは顔を上げてシルエットの赤い目を見つめる。
「お前。何をそんな思い詰めてるんだよ。会った時からずっと……。なにか、嫌なことでもあったのか」
耳と一緒に首を傾げる彼の優しい言葉が心に沁みて、ラヴは少し苦しそうな笑みを浮かべた。
「ううん。ただ……」
そこでまた声をつまらせたから、ラヴは吐息をつくと言った。
「ただね、大切な友人を亡くしてて、多分そのせいなのよ……」
シュシュ……
今でも貴方が夢に出る。
貴方は優しく接するけれど、その目は憐みと淋しさで潤んでいて自分まで悲しくなる。
恨んでいないその清らかな貴方の心がまた、苦しい。
ラヴは思い出す。
毎日、毎日、彼女を忘れたことはない。
だからか、罪悪感からなのか……シュベールに会いにいけない。
逢いにいきたいけど、会うと多分心が耐えられないほどの感情に襲い掛かられるからできなかった。
「とても大切だったんだな」
優しいシルエットの声が頭上から降ってきた。
ラヴは隣に座る彼の毛深い尻尾を見つめて言う。
「ええ……とても」
だから、貴方も怖い。
きっとシュシュのように、完全に心を開こうとした途端に自分の手から滑り落ちるから。
シルエットの手が優しくラヴの細い手を包んだ。
ただ、そうして良かったのか分からなくなったのか、物凄い緊張しているのが伝わる。
その不器用な手つきが面白くて、シュベールやシュシュに向けるような愛しさじゃないものを抱いてしまって、どうしようもないのだ。
でも、優しく心を汲んでくれるからラヴはその手を静かに受け入れた。
「優しいね」
「俺は……不器用だからこれくらいしか……」
そうまた優しい声が聞こえる。
「ありがとう」
優しい人はいる。
なのに、今までその人達を傷つけたのがもれなく自分だったがゆえの恐怖がひどいのだ。
途端、二人がいた付近の飾りの灯りがさらに明るくなった。
ほんの一時目を瞑ったが、慣れてくると目を開けてそれらを見た。
レンガ造りの床に大きな金色の花が描かれているその広場は美しく彩られ、簡易舞台の上で音楽隊が太鼓やチェロなどをかき鳴らしはじめた。
ラヴとシルエットは顔を見合わせると微笑みあって立ち上がった。
そして、男女それぞれ別れるために手を離す。
赤い瞳は愛しそうにその青く澄んだ瞳を真っ直ぐ見つめる。
ラヴも包むような朗笑を向けてから踵を返した。
細月と星たちがラヴを見下ろして見守っている。
あの二柱は今自分たちを見ているのだろうか?
見ていたら、心配いらないと言ってみたかった。
音楽が本格的に始まる。
ラヴはまた振り返り、向こうから歩いてくるシルエットに手を伸ばした。
シルエットは優しくその白い手を取り、腰に手を回す。
「いっ言ってなかったな……とても、綺麗だよラヴ」
初々しく、ついさっきそう言おうと決めたようなその口調に、ラヴは軽やかに花のような笑みを浮かべた。
「ありがとう。嬉しい」
二人は踊る。
シルエットは天使のように踊るその少女から目を離せず、ラヴはそうやって見つめる瞳が愛らしくて心地良かった。
ずっと、こうして踊っていたい。
そう二人は思う。
空からぽつりぽつり、と輝く蜂蜜のようなものが降ってきた。
星たちの笑い声が聞こえる。
金色に光るそれらは艶やかに円をかいて回り、二人を取り囲む。
黒のベールに金平糖を塗したような空から降り続ける物たちは、周る二人を虹色に照らす。
細月の光は増す。
ラヴの黒髪はそれらに彩られ、シルエットの尻尾も踊るようにラヴの足を撫でるように揺れる。
ラヴの柔らかなワンピースは空気を孕んで膨らんで、回るたびに絞られる。
手を合わせて回って、シルエットの硬い肩に手を置き、ラヴの腰に手を当てる二人はお互いなんだかむず痒い笑みを向け合う。
ただ、幸せだった。
愛しいと純粋に思える心は、人を楽にして、暖かく癒してくれる。
だからきっと、幸せの束の間に降る不幸が何にも変え難いほど辛いと言うのは、正鵠を射ているのだ。
細月の光は一瞬、ぽっと不思議と消えた。
誰もそれに気が付かない。
みんな祭りに夢中だから。
だが、ラヴは見て感じたのだ。
身体から、何かが溶けて消えて構成されるのを。
ぞわり――と背筋が凍り悍ましい感覚が血を駆け巡る。
毎月、感じるこの感覚。
震える手でラヴはシルエットから手を離した。
「そんな……」
「ラヴ?」
新月のとき感じるこの感覚。
身体の何もかもが溶けて世界一嫌いな己の身体に戻る、あの……!
「ラヴ、どうした。大丈夫か?」
シルエットが近づいてくる。
ラヴの息は荒く、その顔は蒼白だった。
「シルエット……」
泣きそうな声でラヴが言った刹那、黒かった髪が根元から金に戻っていく。
彼は困惑して、ラヴに寄り添おうとする。
そして、身体の変化が確かになってきて堪らずラヴは踵を返して駆けた。
人を掻き分けて、変わっていく身体を隠すように星を呼び出す。
「服を取り換えて……」
その碧眼から涙が溢れていた。
シャルドネからもらったワンピースは、真っ黒のズボンとシャツに変わっていく。
『我ら星人夜』『大丈夫?』『どうして?』
そんなの、ラヴが聞きたい。
全部全部!なんでよ!
「どうして!どうして!」
とある林にラヴは逃げ込んだ。
魔物がいたらと怖くなったが、そんなことよりも隠れたかった。
そして、ラヴの身体は金色の粉に包まれてふくよかな胸は、硬い胸板に。
柔らかな曲線を描いていた顔の輪郭や肩は、骨ばり。
身体中が穢れていった。
混乱で脳が追い付かない。
喉に手を当てると、硬い骨が動いた。
「汚い……。なんで、なんで……」
震える手で、全て確認した。
「なんで!」
己の金色の髪の毛だけが変化せず、ラヴは木の根元に座り込む。
「一体どういうことなの……ねえ、月!太陽!」
呼びかけても応じない。
最近、ずっとそうだ。
なんでよ……一体全体なにが……
「ラヴ!どこだ!大丈夫か⁈」
その時、声が聞こえた。
シルエットの声だった。
「ダメよ……絶対……」
ラヴは這うようにし身を隠す。
けれど、シルエットの声は段々近づく。
そうだ彼は、鼻が利く。
冷や汗が身体中から噴き出して、恐怖で震えが止まらなかった。
バレる。この秘密が!汚らわしい、秘密が!
ラヴは必死に身を隠す。
星の手も借りて、絶対ばれないように。
絶対……絶対に……
なにがなんでも隠し通さなければ。
「ラヴ!」
声がする。
貴方のことが愛しい。
けど、貴方はきっと受け入れられないから。
きっと、軽蔑するから。
そうなったら、私は耐えきれず死んでしまう。
大きな涙を流しながら、ラヴは身をひそめる。
漏れ出そうになる嗚咽を抑えて。
嫌われてもいい……どうか、貴方には美しいままで……綺麗なままで……
その瞬間だった。
悍ましいほど気配がして、ラヴは顔を上げる。
すると、あの……ラヴの右耳を食いちぎったものと同じ、犬の魔物が林の中から出てきてシルエットを襲おうとしていた。
「シルエット……」
ラヴは震える手で、後ずさる彼を見た。
あの魔物はラヴに気が付いていない。
けど……けど……
脳裏にフラッシュバックする燃えるような痛み。
鳥肌が立つ無数の目。
シルエットなら逃げ切れそうだった。
だから、逃げて欲しいのに……
「ラヴ!いるか!こっち、来ちゃだめだからな!」
と叫ぶ馬鹿な彼。
本当はずる賢くて、弟たちが大切な優しい人なのに。
ラヴは己の醜い身体を一瞥した。
そして、魔物が飛び出してシルエットが何とか避けたその瞬間。
眩いばかりの光がその魔物の身体を引き裂いた。
魔物は毒々しい血液を垂れ流しながらその場に伏して息絶える。
光を発した場所をシルエットは見て――目を疑った。
「ラヴ……か?」
そこには鮮明な金髪を持つその人物がおり、その人は月明かりに照らされた髪を靡かせて、大きな木の傍らに立っていた。
シルエットと同じくらいの身長で、肩幅は程よく広く、その顔は中性的で非常に端正だった。
すらりと一直線を描いたようなその身体はどこか艶めかしく、長いその髪と澄んだ碧眼と合わさってまるで、天使が舞い降りたようだった。
傍らに浮いている何かが煮え立っている不思議なうさぎは、その者に寄り添っていた。
「お前……」
避けた反動と、光線に驚いたシルエットは腰が抜けて立てなくなっており、呆然と見上げていた。
「お前は一体……」
その者はその時、酷く傷ついた顔をした。
眉根を寄せて、端正な顔を歪ませたのだ。
そうした儚げな気配と酷似した容姿、今までの疑問などの積み重ねからシルエットは察してしまう。
「ラヴ……なのか?」
確信に近い声色だった。
呼ばれた人は、目を潤ませて一つ頷いた。
「ごめん。シルエット……」
その声は彼女より一つ低く、落ち着く声色だった。
しかし、非常に震えており責められるのを覚悟していることが見て取れた。
「ごめんって……それ一体……お前……」
あまりにも混乱しているシルエットに、ラヴはさらに顔を歪ませ涙を必死にこらえているようだった。
「見たまんまだよ。シルエット……見たまんま……」
ほろり、ほろり、と彼なのか彼女なのか分からないラヴから涙が溢れる。
「言ったでしょ。私は穢れてる。だから……」
言ってラヴはたまらなくなったのかシルエットから視線を逸らした。
「何かが……お前をそうしたのか?」
絞り出すように、シルエットは尋ねる。
「呪いか、なにか……かけられたのか?」
しかし、ラヴはもっと傷ついた顔をした。
花びらをもがれていく可憐な花のように、孤独な憂いを抱えている。
「いいえ。違う。私は……自分で望んだ」
刹那、碧眼はかっと光ってシルエットに訴える。
「私は!産まれた時、男だった!なのに、私は穢れてるからそれは……耐え難くて!耐え難くて……」
こうしてしまった……
ラヴは消え入るような声でそう言うと、膝から崩れた。
目から涙は絶えず流れ、変わらず美しい金髪はその顔を隠す。
不思議なうさぎは黙ってラヴの隣に座った。
「ラヴ……俺……」
「同情なんかいらない!」
シルエットの声をラヴは遮った。
「私は望んでこうした!そのせいで、母上は死んで!友も……死んでしまった!」
ラヴは金髪を両手で掴み、引きちぎらんとばかりに顔に寄せた。
「私なんて!所詮……みんなの言う通り魔女なのよ……私が、死んでしまえば……」
そのあとの言葉は嗚咽と涙で続かなかった。
むせび泣くラヴをただ眺めるしかなかったシルエット。
彼の尾は垂れて、耳も心なしか下を向いている。
ラヴの姿に驚きショックを受けていた。
到底、受け入れられるものではない。シルエットの常識の範疇外だった。
でも、それでも……
シルエットは己が着ていたジャケットを脱いでラヴに近寄った。
その気配を感じたのか、ラヴは身を固くして殴られる覚悟をした。
けれど、彼は震える肩にジャケットをかけてあげるだけだった。
細く骨ばったその身体の震えは収まり、困惑した表情を浮かべた端正な顔があげられる。
「ああ……ほら。綺麗じゃないか。なにも変わってない」
シルエットはその手で優しくラヴの髪を黒い右耳にかけた。
「なにも、ラヴは変わってないよ。ずっと綺麗だ」
「なんで?」
ラヴの瞳から恐怖の光は消えない。
「……こんな生き物汚いじゃない。嫌われて当然じゃない」
静かに腰を下ろしてシルエットはただ穏やかに、どこまでも優しく声をかける。
「そうかもしれない。そう思う人もいるだろうさ。俺も驚いたのは本当だし、お前のことを疑ったさ」
でも、とシルエットはその涙を指で拭いてやる。
「俺の鼻はお前を、未だ変わらず綺麗だと言って聞かないんだ」
震える唇でラヴは言う。
「おかしい、おかしいよ……」
「俺の鼻が?」
「だって……この身体見たでしょ?」
「ああ」
なんで、とラヴは混乱して困惑する。
「綺麗だから。ずっと、ずっと深いところまでお前は綺麗だよ」
言ってシルエットはラヴに微笑む。
ダンスを踊って、綺麗と言った時と変わらない愛しそうな、赤い瞳で。
「なんでよ……」
ラヴの目の縁から涙はさらに止まらない。
けれど、嬉しそうなのは分かっていた。
「貴方の鼻どうなっているの?」
シルエットはさらに破顔する。
「俺の鼻は、お前のとこの星と同じくらい優秀なのさ。だから、お前にプレゼントもできる」
言って、シルエットはラヴの首にあるネックレスを手に取った。
「綺麗だよ。お前が男だろうが、女だろうが。なんだって……」
その時、シルエットはラヴの細い身体を優しく抱きしめた。
「全部、含めて綺麗だと思ってる」
ラヴの目は引き裂かれんばかりに開かれて、なにをされたかよく分からない様子だった。
しかし、シルエットが身体を離してラヴに微笑みかけて、次第に理解してくるとその両頬を真っ赤に染めた。
その様子を愉快げにシルエットは見る。
「仕返し成功だな」
意地の悪い笑みを浮かべた彼にラヴは変わらぬ可憐な笑みを浮かべた。
「ええ。やられた」
頭上に光る月と星から見守る彼らは、いざという時介入しようとしていた足を収めて、祝福の雨を二人にたくさん降らせたのだった。
読んでいただきありがとうございます(o^^o)




