新:4
※この作品には性別転換・ダークファンタジー要素があります。
※誤字脱字があれば申し訳ないです。
ラヴはたくさんシルエットに倣っていた。
お金のことから、洗濯のしかたから、正しい家事の仕方まで。
シャルドネがいい加減なことを変に教えたせいで、ラヴの思考に偏りが見られたがそれもご愛嬌だと、シルエットは一緒に食卓を囲んでいる黒髪の少女に目を移す。
「ラヴ!これ美味しんだよ」
「ラヴちゃん、これもこれも!」
弟たちはラヴにとても懐いた。
綺麗だし、優しいし、色々教えてあげるのが楽しいのだろう。
シルエットは弟たちを嗜めつつラヴを観察して言った。
「姿勢が良すぎるなあ」
「えっ、だめ?」
ラヴはフォークを優雅に持っており、それを正しく口に運ぶを繰り返す。
音も立てず、姿勢も崩さず、塵一つこぼさない。
「まあ……良いけどよ。貴族か金持ち育ちとはバレちまうだろうなあ」
どうしたら良いの?とラヴが純粋に首を傾げるのでシルエットは意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「俺たちの真似をすりゃいいんだよ。そしたら、完璧さ」
肘をついて食べるシルエット、音を立てて食べる小さい子たち……
ラヴは眉間に皺を寄せた。
「難しいわ……長年の癖だもの」
「ほほう、箱入り娘だったのかい」
少し探りを入れた。
彼女は肘をついてスープを飲もうとしつつこたえる。
「そういうんじゃないよ。ただ、そういう癖」
「変わった癖だね。俺だったらしんどくて敵わん」
すると、今度はラヴが意地の悪い笑みを浮かべてシルエットに言う。
「シルエットも変わった癖があるよ?」
「へえ……そりゃあなんだ」
シルエットはラヴの澄んだ青い瞳を見つめて、余裕の笑みを返す。
「私に見惚れてると、耳が二度ピクピクするの。ほら」
そう指をさされた先で、シルエットの茶色い耳はピクピクと二度動き、彼は顔を真っ赤にする。
弟たちは声に出して笑い出す。
「兄貴!本当じゃん!」
「そういうの抑えるの得意な兄貴が!」
「ああ!面白い!」
「ラヴちゃん、綺麗だからねえ?」
揶揄う弟たちを怒声を上げながら黙らせようとする。
「ええい!黙れ黙れ!なんだ!そんなの……く、癖じゃねえ!獣人は無意識になるんだよ!」
「ギャハハ!無意識?無意識って言っちゃった!」
「私らはそんなんならないから、兄貴だけだよ」
騒がしくなった食卓の中で、鈴の音のような笑い声も混じる。
艶やかな黒髪が耳から垂れてくるほど笑うその様子はやっぱり綺麗で、蝋燭に照らされた桃色の頬も持ち上がって目を細ませている。
「ほら、耳がまた!」
ハッとしてシルエットは両耳を抑える。
「おい!もう黙れ!いい加減にしろよ!」
弟たちはまだ笑う。
ラヴも笑う。
暖かで朗らかで、そうした雰囲気が家の中にあるというだけで何だかシルエットは心地よい気分になるのだ。
しかし、揶揄われるのは癪だ。
ラヴはふと少し笑顔を暗くして、窓の外に広がる星空を見上げた。
何かを恋しがるように……誰かを恋しがるような……
そんな眼差し。
ラヴは、愛する人がいるのかな……
そう唐突にシルエットは考えたが知るわけない、と首を振る。
「いつまでも笑ってないで、さっさと食べろ!」
ため息をこぼしつつ、シルエットも食事を再開した。
星空の下を徐に歩く、ラヴを見た。
その黒髪は月明かりに照らされて、天使の輪のような円形を描いて、目は底抜けに蒼に反射している。
丸みを帯びた鼻先は少し赤く染まって、薔薇の唇から放たれる息は白い。
整った顎に手を当ててラヴは何かを考えていた。
そして、靡く髪を手で梳いてまた夜空を見上げる。
ラヴはシルエットに気がついて、軽く手を上げた。
「やっほ。寝たのかと思ってた」
シルエットは手を上げ返しラヴに歩み寄る。
ここは、家の裏手にある小さな川沿いだった。
「家の扉が開くほどがしたからな。一応見にきた」
少し照れながらも、シルエットはラヴに柔らかな肌触りの羽織りを手渡した。
ラヴは、ふふっとはにかむと感謝を言いながらそれを肩に羽織る。
「ありがとう、ちょっと寒いと思ってたの」
羽織りを握るその爪は短く切られて、手のひらはあれだけ洗濯しても、斧を振っても綺麗なままだった。
「不思議だな」
「なにが?」
「お前は、何をしても綺麗なままで」
ラヴは少し目を丸くした。
「やけに素直で驚いた。いつもなら唇を尖らすのに」
すると、その言葉でシルエットは唇を尖らせて少し拗ねた。
「なんだよ、思ったこと言っただけじゃねえか」
ぽっぽっと、頬を赤く染まらせるシルエットと左右に揺れる尻尾を見下ろしてラヴはまた微笑んだ。
「ありがとう。純粋に嬉しいわ」
「言われ慣れてるだろ」
「いいえ。全く」
二人は川沿いを歩く。
「私、いじめられてたから」
シルエットはラヴの横顔を見下ろす。
ラヴは何でもないように言う。
「そういうものよ、女社会は。そういうもの」
言い聞かせるように発せられた言葉の中に含まれる重みの理由が分からない。
けれど、目の奥で虚げな光が瞬いたのが見える。
「嫉妬してんだろ」
「そうね。きっと、そうなのだと思うわ」
ラヴの目は星にある。
その目は揺るがない。
「嫉妬して、裏切って、見限って、嵌められて……。人って罪な生き物よね。この世にいるのかしら。私なんて……」
最後の言葉がやけに暗く、さらに重みを増させ不安定さをさらに感じさせた。
口を開こうとしたが、何も言えなかった。
その美しい顔の奥に何を抱えて、なぜ山奥まで逃げ込んだのか、という途方もなさそうな理由なんて見当がつかないから。
ただ、あまりにも危うい美しさを醸し出すから言葉が口から飛び出た。
「明後日。新年のお祭りがある」
ラヴはシルエットを見上げた。
「一緒に回るか?」
新年……と、ラヴの目に光が灯った。
「もしかして『希望の雨』が降るの?」
シルエットは『希望の雨』というのは知らなかったが、明後日はそういうものを迎える日ではあった。
「ああ、多分。ここでは『年明けの祝福』とか『星の涙』とか言われてるが……」
明後日の夜。決まって、それが降る。
空は満天の星空で雲一つないのに煌めく何かが降って、年明けを祝福してくれるのだ。
その雨は数分間空中で静止して瞬く。
また、静止したり円をかいて回るときは固形物のようになっており触れれるのだ。
それを袋に詰めてお守りにして魔除けにする人も少なくない。
シルエットはあれは好きだった。
まるで、金のように華やかに優しく輝くのに、金よりずっと綺麗で清らかだから。
「シルエットは持ってるの?」
「ああ、毎年保管してる」
その言葉になぜかラヴは花が咲いたような笑みを浮かべた。
「そう。とっても良いことね」
その笑みがあまりにも可憐で、シルエットは己の心臓が止まっていないか確認したくなった。
「それで……周るか?」
言って大変むず痒くなり、後頭部を無造作に掻いた。
ラヴはシルエット本人は気づいていないようだが、耳が張り詰めているようにピンと立って結構緊張しているのが見て取れた。
それと、シルエットの恥ずかしそうな顔に頬を緩ませると、ラヴは彼の手を意図もなく取ってみた。
シルエットの体はさらに硬直して、なんだ?と困惑気味だった。
「ただね。お祭りならダンスを踊るのでしょう?なら教えてよ。いつものように、私に教えて」
ラヴの可憐な笑みは増すばかり。
シルエットは両手にそれぞれ握られた柔らかな手を感じながら、足をつられるまま動かす。
月明かりに照らされたラヴは言葉では言い表せないほど美しく、どうしようもないほど幸せそうだった。
星が瞬くようにラヴが輝いて見えて、黒髪が金髪に見えるほどで……
シルエットとラヴは踊っていた。
そこはまるで星空に囲まれた舞踏会場のようで、四方八方どこをみても満天の星空だった。
地面は歩くたびに波紋を広げており、シルエットは自分の着ている服がまるで立派なものを着ている錯覚に陥る。
そして、ラヴを着ているものもまた美しい星林を映し出すドレスで、その髪の毛は鮮やかな金だった。
シルエットはラヴの腰に手を回して支える。
ラヴは満面の笑みを浮かべて、星空を楽しげに見回る。
『ああ、我が星人夜』『笑った』『笑ったね』『嬉しそう』『美しい夜だね』『明後日は雨だから』『そうだね』
星たちが嬉しそうに二人に笑いかける。
ラヴはシルエットの首に手を回して言う。
「貴方はきっと、私に勘違いしてる」
シルエットはその白魚のような手を取り回転させる。
「なにを?」
「私はそんなに綺麗じゃないの」
彼女の胸元で光る羅針盤は常に回る。
「綺麗じゃないか」
シルエットの尻尾もダンスにつられて左右に動く。
「いいえ、綺麗じゃないの。穢れているのよ」
「そんなことない。見ればわかる」
ラヴはシルエットの耳を優しく撫でて、彼の手を取る。
「ええ、見ればね。そうよね……」
ラヴはシルエットの顔に顔を近づかせ、また離し周り、その整った凛々しい顔を優しく見つめる。
「私は、きっと貴方を幻滅させる」
「しないさ」
貴族でも、なにかの令嬢でも、別にシルエットはどうでも良い。
だって、シルエットも綺麗な存在ではないから。
獣人と人間が考えなしに交じり合った末に生まれた紛い物だから。
「幻滅はしないよ。するならお前の方だ」
煌めく彼女の金髪は、その青い瞳をさらに引き立てている。
「するのよ」
「しないって……」
そして、その青い瞳がひどく虚ろになり、何かを言いかけやめた。
「おやすみシルエット」
ラヴはダンスをしながら彼の頭を一つ撫でた。
「きっと、私は旅に出る。教えられるかは分からない」
けど……、とその柔らかいキャラメル色の髪の毛を手に取り彼女は離す。
その碧眼はとても寂しそうに潤んでいる。
「貴方にそうやって見つめられたいから、多分教えられないわ」
そしてその手も離し、見惚れて何も言えなくなるほどのカーテシーをすると笑いかけた。
「おやすみ。また祭りでね」
最後、ラヴは何かを言った。
けれど、シルエットの瞼は重く体もだるくなり意識が遠のいて何かは聞こえなかった。
ただ、星たちが瞬くここでシルエットは幻滅しないのにと、言いたかった。
伝えたかった……
でも、何かがそうは簡単には言わせてはくれなかったのだった。
恐らくそれは、あの月明かりのようで……
日の出のような、優しく暖かな意志のせいだった。
読んでいただきありがとうございます(o^^o)




