新:2
※この作品には性別転換・ダークファンタジー要素があります。
※誤字脱字があれば申し訳ないです。
とある町に一人の青年が住んでいた。
青年は茶色い髪色と同じ色の耳と尻尾を持つ母が獣人で父が人間のハーフだった。
青年には妹弟が六人いた。
皆んな騒がしく、貧しいなりに逞しい妹弟であった。
あれは、末の弟が産まれて間もない頃。
青年たちの母親は暴力を振るう父親に限界を迎えてどこかに消えてしまった。
それから間も無くして今度は父が酒を飲みに出て行ってから帰ってこなくなった。
青年は幼い妹弟たちを守りながら飢餓を退く方法を探さねばならなかった。
そこで、異国からやってくる金持ちの私物を盗みそれを売って過ごすことにした。
たまに見つかって殴られるが、それでもお金には代えられないと青年はそうやって過ごしていた。
今、青年は褐色の肌を寒い冬服に身を包ませ、赤い瞳を光らせながら山を登っていた。
背には薪を背負っており、白い息が青い空へ溶ける。
毛深い耳は森の動物達の声に反応して動き、尻尾は寒さのためか下を向いている。
幼さが感じ取れるが、凛々しい顔立ちの青年は一つの古い家を目指していた。
古い家には一人の老人が暮らしており、寡黙で人とあまり会いたがらない人物だ。
その昔、青年は山に山菜を取りに行った際、運悪く魔物と出会ってしまったことがあった。
その時、老人が魔物を撃退して怪我を無料で治療してくれたのだ。
そして、老人が一人で暮らしているということなので、青年は買い取ってくれるなら薪をここまで運びに来てやると交渉して成功。
こうして、毎月二、三回薪を届けに来ていた。
薪は安値で購入し、それなりの値段で老人に買い取ってもらうという青年のがめつさ故の今だった。
「全く、こんなとこまで来てやったのに出迎え無しかよ」
青年はそう愚痴を言いながら古い家の入り口まで歩み寄ると、耳がピクリと動いた。
どうやら、家の裏手で薪を割っている……?
「あの爺さんにそんな元気あったか?」
青年は眉根を寄せて訝しみ、一旦薪を家の中に下ろして裏手へと回り、そこを覗き込んだ。
するとそこには……
冬の日差しに照らされた黄金の如く光る金髪を高く一つに結い上げ、白玉のような肌に汗を滲ませている、海のような青い目をした少女が薪を割っていた。
豪快に斧を振り上げては綺麗に振り落とし薪を割り、首にかけている布で汗を拭う。
その容姿は到底、人間のものとは思えなかった。
白い肌も、金の髪も、青い目も、どう見ても貴族のような容姿なのに今行っている事は薪割り。
それも汗水流して、日焼けなど気にしていないそれは令嬢のものではない。
青年は目を見開き、尻尾を振らせて興奮した。
これは——!ニンフだと。
青年は踵を返し扉を開け老人を探した。
老人はどうやら椅子で寝ていたらしく、青年に気がつくと目を開けて「おお」と声を上げた。
「爺さん!おお、じゃないぞ!今、今!家の裏手でニンフが薪割りしてるぞ!大変だ!」
老人の頭に?が浮かび、数秒無表情のままだったが何か思い当たることがあったのか眉を上げ少し口角を緩ませながら老人は尋ねた。
「それは大変だな。一旦どんな容姿だ」
「それはもう見たことがねえほど綺麗だよ!絹のような金の髪に、雪のような柔肌に、サファイアのような目をした!ニンフだよ!」
興奮している青年は老人を引っ張って裏手まで連れて行く。
老人は青年を落ち着かせようとするが、当の青年自身は尻尾をぶんぶんと振らせて邪魔になる兎などを怒鳴りつけて退かしながら裏手に辿り着く。
青年と老人は一緒に裏手を覗き込んだ。
しかし、ニンフが薪割りしていたはずの場所にはもう例の金髪のニンフは居なかった。
「ありえない!確かにさっき——」
「あれ?何方ですか?」
その時、二人の背後から鈴を転がしたような声色がした。
「うわあ!」
青年は飛び上がって驚き、尻餅をつかせた。
「えっ大丈夫ですか?」
キラキラと周りに星が瞬いているような煌びやかな容姿をしたニンフが自分に手を差し伸べていて青年は固まる。
「ラヴ」
老人はニンフに喋りかけた。
「どうやらこいつは、お前をニンフだと間違えたらしい」
音が消えた。
ラヴという少女は数秒青年をじっと見つめたまま黙ったあと、ぷっと吹き出した。
「あっごめんなさい……」
謝ってしまうと更に面白かったのか、少女は肩を揺らして笑う。
老人――シャルドネも密かにクックっと笑っていた。
あまりにも恥ずかしくなって、青年は顔を真っ赤にした。
「うっ……うるさいな!笑うなよ!」
ごめんなさい。と、ラヴは抑え込もうと口に手を当てるがそれでも止まない。
恥ずかしくて逃げたい気持ちでいっぱいだった青年は、毛深い耳まで真っ赤にしながら立ち上がり怒って帰ろうとする。
「おいまだ代金払ってないぞ、シルエット」
シルエット、と呼ばれた青年はまだ怒った表情をして振り返る。
「フン!何がラヴだ!そいつは誰なんだ!」
ラヴを強く指差しそうシルエットは言う。
ラヴとシャルドネは顔を見合わせた。
数秒、どう説明しようかと沈黙したあとシャルドネが口を開いた。
「こいつは俺の姪だ」
「嘘つけ!爺さんの姪ならもっとババアでブスだろ!」
シャルドネは心外だ、と眉を上げたがそれ以上説明もせず二人を家の中に招き入れた。
すると、家の中は中々小綺麗になっていた。
廊下や窓には埃は被っていないし、カーテンも新しい布に変わっていた。
シルエットは先を行くラヴを睨む。
こんなことをしたのはコイツではあるのだろうが、どうも食えないやつだった。
あの爺さんが易々と他人をこの家に住まわせると思えないし。
しかしその時、ラヴの右耳の一部がウサギ同様布で補われているのを見て取り、シルエットは少しだけ納得した。
ラヴは魔物に襲われシャルドネに助けてもらったのだろう。
ならば、本当に姪なのだろうか……?
シルエットは耳と首を傾げさせて数秒考えたが、分からなくて頭を横に振った。
居間にやって来るとシルエットとラヴは椅子に座り、シャルドネも飲み物を持って座る。暖炉の心地よい音が空間を満たしている。
「この、ラヴってのは一体なんでここに居るんだよ」
シルエットはカップ片手にラヴを親指で指差した。
シャルドネはコーヒーを一杯飲んでから、平坦にこたえる。
「魔物に喰われてから匿ってやってる。お前も一時はここで治療したろ」
今度はラヴに向かって尋ねた。
「何の魔物に喰われたんだ?」
ラヴはシルエットの深紅の目を見つめて、キョトンと首を傾げて考えた。
「何の……。」
思い出すように天井に目を向けてからラヴは答える。
「形は犬のようでした。ただ……目が、たくさんあって……不気味な……」
怯えるようにラヴは身震いしたあと、ココアを一口啜った。
「犬か。俺は鹿だったが……爺さん、犬のはどうやって対処したんだ?」
「いや、俺が行った時には魔物は死んでいた」
えっ、とシルエットは驚愕する。
「ラヴが殺したんだろう?」
シルエットがラヴに目を向ける。
ラヴは頭を振って否定した。
「私ではありません。星たちが殺してくれたんです」
星?と、二人は揃って不思議そうにした。
すると、ラヴは左手を空中に差し出した。
その手のひらからキラキラと、瞬くように幾つかの光が現れた。
「これが星です。私、天文学が詳しくてそういう類の魔法を扱えるんです。それで、星たちは私を魔物から守ってくれました」
小さな美しい星たちは、静かな笑い声を上げながらラヴの金髪を弄ぶ。
「しかし……あの魔物。やけに興奮していて、痛みなんて気にせず私を喰らうことだけに執着していました」
シルエットはその星に目を奪われながらもこたえる。
「それは多分、お前の魔力量が多いからだろうな。魔物は人間の魔力量を見透かしそれを喰らうことで強くなる」
星たちはシルエットの元にやって来ると、耳を不思議そうに見つめたり尻尾を持ち上げたり好き勝手し出した。
シルエットは尻尾で星を払い、耳を触って来る星を手で退かした。
「星にここまで好かれるのは珍しいな」
シャルドネがラヴに向かってそう言った。
ラヴは微笑みを浮かべ、シルエットに纏わりつく星を見つめてこたえた。
「私の特性みたいな物です……。ありがたい事ですよね」
そのどこか寂しそうな目をシルエットは星片手に見つめた。
物憂げなその顔も相変わらず美しいが、何よりやっぱり得体の知れない人だと感じたからだ。
しかし、それを聞いたところで答えてはくれないのは分かっていたので、シルエットは口を噤んで煌めく星を突いたりした。
「シルエットさんは……」
徐にラヴは話しかけてきた。
「この辺りに住んでいるのですか?」
次第にシルエットに飽きたのかラヴの元に戻る星たちを見つめて、彼はこたえる。
「ああ、この山の麓にある町に住んでる。あと、さん付けなんて気色悪い呼び方すんな。シルエットで良い」
「そうですか……?分かりました。では、よろしくお願いしますね、シルエット」
「敬語もやめろ」
戸惑いつつも、ラヴは頷く。
「わっ分かった……」
やはり変なやつだった。
どう見ても貴族だが、しかし……
薪割り?掃除?何なら家事もしてそうだ。
そんなの貴族の令嬢がすることか?
そもそも、貴族の令嬢だとしてなんで山奥にいて魔物に襲われる?
シルエットは考えた。
ニンフじゃないとしたら、人間なんだろうが……
「シルエット」
シャルドネが話しかけてきて、一つの袋を渡してきた。
「それ、代金だ」
瞬間、毛深い耳はピンと立って、尻尾はブンブンと左右に揺れた。
シルエットは嬉々として袋の中の物を漁る。
そして眉間に皺を寄せた。
「ちょっと待て。リングの数が多すぎるぞ」
返そうとしたがシャルドネは「待て」と止めた。
しかし、シルエットは問答無用で返そうとする。
「哀れみか?そんな物俺には必要ねえ。いざとなって恩を作っていたくないんでな」
シャルドネは顔色変えずに否定した。
「いやそういうことじゃない」
シルエットは老いた顔を見る。
「ラヴに狩りを教えて欲しいんだ。それはその代金」
「は?」
「え?」
シルエットとラヴは同時に声を出した。
「私に……狩りですか?」
彼女は少し嫌そうだった。
確かにこんな綺麗な女の子が動物を殺すことを嫌がるのは当然だと、シルエットは納得する。
「お前はいつか旅に出るつもりなんだろ。なのに狩りの一つ二つ出来ないでどうする。もし、森や山中で迷ったら?何かのトラブルで持ち金すべて消えたら?何かのトラブルで、魔法が使えなくなれば?金は湧き出るもんじゃない。そして、世間はそう甘くない」
厳しい言葉の数々にラヴは苦い顔をして押し黙った。
その表情は悔しげでもある。
それらを横目にシルエットは自信なさげに言う。
「……俺は、確かに狩りできるが、他人に教えられるほどじゃねえよ?」
「良いさ。とりあえずやって見せろ。問題はその後だ」
シャルドネは悠々とコーヒーを飲んで、淡々と言い放った。
「狩りった動物を捌くのも教えてやってくれ」
「さば……く」
ラヴはがくりと項垂れた。
想像しただけで悪寒が走ったようで、机の下で足を伸ばして寝ているウサギから目を逸らした。
「しなくちゃならん」
厳格な口調にラヴはまた口を噤んでから、絞り出すように言い放つ。
「分かっています……けど……私なんかに……動物を殺すなんて……」
星たちはラヴの様子の変化に気づいたのか、瞬きながら幼子のような声で言った。
『僕たちがいるから大丈夫』『狩りなんてしなくても』『僕らが全部してあげる』
天使のようにラヴを飛び回る星たちは、まるで妖精のようでシルエットは目を奪われる。
そして、その紅色の唇は悔しげに歪んでから勢いよく首を横に振らせた。
「違う!ダメなの……ダメなのよ……」
艶やかな金髪を両手で掴み、顔を覆い隠すように項垂れる。
微かに見えたその青い目から、計り知れないほどの深く複雑な感情が垣間見得た。
「やらないと……やらないと……。母上が……」
星たちは慌てたようにクルクルとラヴの周りを飛ぶ。
けれど、ラヴは気づいていないようで項垂れるばかりだ。
そうした、非常に不安定になってきているラヴにシルエットは戸惑う。
こいつ、精神状態がやばい。
そう察せられるほど、目の前にいる美少女は追い詰められていた。
碧眼は潤むが涙は出ず、代わりに強く昏い怨念に近い感情を漂わせている。
それだけじゃない。
小刻みに震えて金髪を握りしめるその手は、痛いほど握りしめられ赤くなる。
今にも突発的に死にそうだった。
「……おい――」
そこで声をかけそうになった所で、シャルドネが口元に指を立てたのが見えた。
シルエットは口を閉じ、シャルドネに問いかけるように睨んだ。
シャルドネは一つため息をついて見せると、ラヴに優しく言葉を投げかける。
「お前は、しばらくシルエットと過ごせ」
「えっ?」
シルエットが声に出してまた驚愕する。
ラヴも流石に顔を上げた。
「別に一日中過ごせとは言ってない。ただ、シルエットの狩りの様子。シルエットの生活……そういう色々を学べ」
「何で俺が⁈」
己を指差しシルエットは困惑する。
「俺仕事あるし、そんな暇ねえよ!」
「1000リング」
シルエットの尻尾が一段階上がる。
「日当」
シルエットの尻尾がさらに一段階上がる。
「ニンフを観察できる」
「それはもう良いだろ!」
と、最後の言葉に真っ赤になったシルエットを弄ったシャルドネは愉快そうに笑ってから、ラヴに向き直る。
「お前は少し引きこもりがちだ。とりあえず、この世界を知れ。旅に出るのはそう早くなくても良いだろう」
ラヴはシルエットと横目で目を合わせた。
青い瞳が僅かに揺れて、下に向けられ、シャルドネに戻ると頷いた。
「分かりました。私は世間知らずですから」
そして、シルエットに向き直る。
その表情は先ほどとは違い凛々しく耽美で、陽光に照らされた白い肌は人形のように滑らかだった。
「どうか、よろしくお願いします」
首から金髪がサラリと落ちて頭を垂れる。
星たちも強請るようにシルエットの周りを飛ぶ。
上目遣いで見られるサファイアなような瞳……
シルエットは急いでその目から目を逸らし、唇を尖らせて言う。
「まっまあ、付き合ってやらんこともない。金のためならな!」
そう!金のため!
弟たちも、もう既に手に職をつけているししばらく家にいる時間が減っても問題はないだろ。
全ては金のため!
「分かっているとは思うが、魔物対策してある範囲内でな。それ以外はまだ複数いるだろうから」
シャルドネがそう念を押すので、シルエットは分かってるよ、と言いつつ立ち上がる。
もう用は済んだのだ。
これ以上ここにいたら、また面倒事を押し付けられかねん!
「じゃ、また明日今日より少し早いくらいで来るから」
袋片手にシルエットは手を上げて家から立ち去った。
左右に揺られている尻尾を見つめてラヴはシャルドネに尋ねる。
「良いのですか?私なんかにそんなお金を使って」
シャルドネは肩をすくめる。
「俺の心労を無くすための最善策だ。目を離せば死のうとしねかねんお前の監視だ。観念して、さっさと狩り覚えてその心治すんだな」
ラヴは複雑な表情をしてから、黙って頷いた。
心の背中に希死念慮が張り付いているのを否めなかったから……
読んでいただきありがとうございます(o^^o)




