新:1
※この作品には性別転換・ダークファンタジー要素があります。
※誤字脱字があれば申し訳ないです。
母の背中におぶられていた。
良い香りがする母の髪の毛に顔を埋めて、幸せに笑っていた。
「ラヴ」
母が前を見据えたまま尋ねてきた。
「ナタールのことを恨んでる?」
ナタール……私のことを見捨てたあいつ。
「少しだけ」
そっか、と母は悲しそうに呟いた。
「許してあげることはできない?」
「難しいかな……父上のことも難しい」
母はまた悲しそうに、そっかと呟いた。
「母上もね、そう思う。けど、いつかは許してみてね」
いつかは……
希望の蜜が辺りを舞う。
「シュシュは母上が守っているから、貴方はしっかり自分と向き合ってみてね」
母はこちらに振り向いた。
そして、希望の蜜を一つ口に入れてくれた。
甘くて美味しい。
思わず笑みを浮かべて母に抱きついた。
すっと……目が覚めた。
窓の外を見ると夜だった。
大変汗をかいていたらしく、体が気持ち悪い。
喉が痛くなるほど渇いた。
水を探すために辺りを見渡した。
すると、木のサイドテーブルがありそこに水が入った器がある。
それを手に取って、ごくごくと水をたっぷり飲んだ。
「ここどこかしら……」
今更そう思った。
確か、魔物に襲われて気を失って……
そこから記憶がない。
梟の声がして、動物が草の上を歩く音もした。
寝ていた場所はベッドのようだ。
質は良くないが悪くもない。
地面に足をついて歩こうと動かした。
しかし、足に力が入らず転びそうになる。
「誰か……」
小さく声を出して星を呼んだ。
すると、小さな小さな星たちが姿を現した。
「貴方たちが助けてくれたのね……ありがとう」
声は掠れていた。
星たちは嬉しそうに点滅しながらクルクル回ると、魔法でラヴの体を支えてくれた。
何とか歩きながら扉を開ける。
ここは、どうやら古い家のようだ。
向こうの扉から灯りが漏れており、その扉を開けると一羽のウサギが足元に飛び出してきた。
白色の可愛らしいウサギだったが、その大きな片耳は黒く一部が欠けており、その部分を可愛らしい布で補われている不思議なウサギだった。
「起きたか」
老いた男の声がして顔を上げると、皮の椅子に背を預けて暖炉を見つめている人影があった。
その人影は立ち上がってこちらに歩み寄った。
背の高い、六十半ばほどの老人だった。
「体調は?」
この人が助けてくれたのだろうか?
そう訝しみながらもこたえる。
「少しふらつきますが、もう大丈夫です」
「そうか」
ぶっきらぼうに老人は言うと、ラヴをクッション性がある椅子に案内して座らせた。
そして、目の前の机に暖かなコーヒーを差し出してくれた。
「あっ、ありがとうございます……あの、貴方様が私を助けてくれたのですか?」
老人は向かいの椅子に座ってコーヒーを一口飲むとこたえた。
「まあそうなる。お前が森の中で倒れていたところを救ったんだよ」
老人の濁った目がラヴに向く。
「お前、男か」
どきり――と心臓が波打った。
「えっ……どうして……」
「介抱していた時、新月あたりだったかお前が急に男の体になったもんだから」
ラヴは何とか取り繕おうとして口を開けたり閉じたりを繰り返した末……何も言えなくなった。
「まあ、答えられないならそれでいい。それよりだ」
あっさり流されてしまい、ラヴは少し慌てる。
「えっ、良いんですか?」
老人はラヴの目を見た。
「私が……男でも……良いのですか?」
その澱んだ瞳は数秒じっくりラヴの碧眼を見つめた後、視線を霜に包まれた夜空に移した。
「男か女かなんて俺には関係がない。それによって害があるわけでもないのなら、今語るべきことではない」
その回答にラヴは言葉を詰まらせた。
初めて家族以外の人に体のことがバレたのに、こんなアッサリ流されてしまい戸惑いが隠せないのだ。
しかし、老人は構わず至って平坦に話を続ける。
「お前、耳の調子はどうだ?」
未だ動悸が収まらないが、耳が何なのか疑問になり両耳を触ってみた。
すると、右耳の上部側面に鋭い痛みを感じた。
「血は止まっているようだが魔物の瘴気に当てられ、右耳の大部分は壊死しとる」
老人は言いながら手鏡を渡してくれた。
壊死……
そう胸の中で反芻しながら右耳を見た。
鏡に映る右耳の上部側面は欠けており、欠けている部分は可愛らしい蔦模様の黄色い布で形付けられていた。
そして、耳の大部分は真っ黒に壊死している。
「なんですか、これ……」
思わず尋ねた。
「布の部分は魔物に喰われたようで無かったからそうやって補強してやってんだ。その布には瘴気と痛みの鎮静効果がある。だから、それ以上痛くなることはないだろうさ」
一息つくようにコーヒーを飲んで老人は続ける。
「壊死は仕方がない。俺が見つけた頃にはもう大体そうなっていたからな。一応手当てはして聴覚には影響はないだろう。ただ、微細な違和感はあると思うが……まあ、ご愛嬌だろう」
カップを置き、老人は改めてラヴに向き直る。
「で、お前は?俺は質問に答えたぞ」
ラヴは言い淀んだ。
「なっなにを……聞きたいのですが……?」
冷や汗が背を伝う。
もし、国が自分を探していてそのことだったら……
どうしよう。
逃げるべきだろうか、でも星たちは弱々しいし……
「お前からは、天使と悪魔どちらも臭う」
えっ、とラヴは顔を上げた。
「その見た目と男になる性質。訳ありなのは理解しているんだがな、天使と悪魔どちらも香るのは一体どう言うことなんだ」
天使と悪魔……
どちらも?
天使は、ラヴの祖先がそういう言い伝えがある。
しかし、悪魔とは何のことだろうか。
「言いたくないのか」
「えっと、いや。私も……その」
足元でラヴを見上げている、自分と同じく耳が欠けているウサギを見つめて言う。
「……私も分からなくて……」
「記憶がないのか?」
「いえ、そうではなくて……私の身体がこうなっている理由が……」
分からない。
天使とか悪魔とか分からない。
本当に祖先が天使だとしても、悪魔の臭いがするとか意味が分からない。
老人はラヴの様子に嘘はないと見抜いたのか、一つ頷いてから言う。
「そうか、なら仕方がないな。それより、腹が空いたろ」
またアッサリ流した。
強い戸惑いが後から後から襲うラヴを置いて、そう言った老人は何かを呼んだ。
すると、白い人形がラヴと老人の前にある机にやって来て料理を運んできた。
白い人形は、青いボタンの目に、黒い糸で作られた口、青い髪をした、ラヴと同じ背丈ほどの人形だった。
「これは……」
老人はラヴにフォークとナイフ等を取り分けながらこたえる。
「俺の術だ。俺の一家はこういう類の術に長けているんだ」
人形はラヴに美味しそうなコーンスープや鹿肉の蒸し焼きなどを渡す。
「良いのですか?」
「とりあえず、お前が元気になるまでは面倒を見てやるさ。元気になってからのことはまた後で考えろ」
言って、老人も黙々と食事を始めた。
ラヴは少し戸惑ってからコーンスープを一口飲むと、それが非常に美味しかったので更に詰め込むように食事を食べた。
ふと、ラヴは冷静になり老人に尋ねる。
「あの……貴方様のお名前を教えていただいても?」
老人はパンを食べながらラヴを一瞥するとこたえた。
「俺はシャルドネ。姓はもう捨てた」
シャルドネ……あまり聞かない名前だった。
「私は、ラヴと申します。姓は……答えなくても良いでしょうか?」
シャルドネという老人は構わず食事をして言う。
「勝手にしろ」
ほっと、胸を撫で下ろしながら食事を再開しつつ気になったことを続いて尋ねた。
「気になっていたのですが……どうして、あのウサギの耳は欠けているのですが?」
「お前と同じ。魔物に食べられ壊死している。それを、治す実験台になってもらったんだ。あいつも生き存えたし、お互い利益は一致しているからな」
「シャルドネ様は、なんのお仕事を?」
老人の濁った目がこちらを向いた。
「俺は無職さ。とうの昔に隠居しているのでな。今はこの山奥で、作物を育てたり魔物避けを作って町に売っている」
そこで、ラヴはハッとする。
「あの、ここは一体どこでしょうか?」
そこでシャルドネの眉根が顰められた。
「ここは、クレミアンとルメブレットの国境にある町の上にある山だ」
クレミアン――ラヴの住んでいた国と、追放先だったルメブレット聖帝国の境……
つまり、月と太陽はわざとここあたりに飛ばしたと言うこと。
なんでだろうか。
ラヴの神妙な顔にシャルドネは一瞥しただけで、食べ終えた食器を人形に片付けさせたあと一言だけ言う。
「お前はもう休め」
その言葉には謎の強制力があり、ラヴは頷きかけたが、シャルドネという老人にどうしても尋ねたくて思わず言葉が口から滑り出た。
「シャルドネ様は……」
老人は無表情にラヴを見る。
「私が……男かもしれないということに、何にも興味を示さないのですか……?」
胸が動悸していた。
ラヴがずっと……ずっと、必死になって隠していた秘密をこの老人は知ったというのにその反応があまりにも思っていたのと違うから訊かずにはいられなかった。
シャルドネは暖炉に目を移した後、ふっと昏い笑みを浮かべた。
「男だの女だの。俺の歳になれば関係ないからな。お前のその謎の臭いと関係があるなら、余計、俺には探ることができない。それだけだ」
教えてくれるなら別だがな――と、彼は席を立ちラヴに寝室へと戻るよう言い聞かせた。
その部屋を重い足取りで後にして寝室に横たわった。
ラヴが見たこともないほど古いこの家は今にも潰れてしまいそう。
「……ねえ」
星たちに呼びかけると、小さな星が姿を現した。
「ジュベール様はどうしてる?」
キラキラと瞬いて、星は答える。
『元気だよ』
『ラヴがいなくて悲しんでる』
「太陽と月は?」
星たちは答えなかった。
「元気にしてる?」
答えない……
「私のせいなのかしら。私が……天文学をまた、廃れさせたから……」
『違う』
泣きそうになっていたその突如、一つの星が赤く光ってそれは虎の形を模った。
赤く光る虎にラヴは身体を起こして、虎に飛びついた。
「良かった。怪我はないのね……」
火星は徐々に砂鉄を体に纏わせ、柔らかな舌でラヴの壊死した右耳を舐めた。
『ああ勿論。しかし我たちの方が安堵した。お前の反応が微弱だったゆえな』
ラヴが体から離れたのを見計らい、続けて火星は重々しく言う。
『予言が着々と的中して叶えられている』
その時、ラヴは大きく目を見開いた。
月と太陽さえ手出しできないほどの事が起こると、あの二人はラヴに予言した。
「つまり……」
波打つ火星の体が燃えるように赤く染まる。
『つまり、お前の身に起こって来たことは予言の一部であり、まだ起き得るのだ。あのお方達とジュベールがお前を何とか助けようとしているが、どうも呪いは強力で解けないのだ』
「呪いって……?」
声が震えていた。
『お前を女にしているその、呪いだ』
驚愕で心臓が飛び跳ねた。
「呪い?これが呪いですって?」
どう考えても、ラヴにとっては救いなのに。
『ああ、あれは……』
そこで、火星はその横顔を窓に向けた。
そして空に浮かんでいる月をじっと、見つめたのだ。ラヴはその仕草だけで何が行われているかを察する。
「月は言うなって?」
ぺたりと下がった耳と尻尾を見て、ラヴは苦笑する。
「良いよ。分かってるから。ただ……」
ラヴも月を見上げた。
艶やかな金色の髪を反射させているその月は、ただ厳かにそこに佇む。
なにも答えず、波の行く末を決めている高潔なその姿にラヴは何も言えなくなり口を閉ざした。
きっと、答えてくれないから。
火星をぎゅっと抱きしめて少しだけ涙を流した。
父がどうしているのか……
家系はどうなったのか……
ナタールは一体どうしてああも冷たいのか……
シュシュは……
そうしたどうしようもない事が一気に押し寄せて、どうしようもないことを知らしめて堪らないから。
火星は優しく右耳を舐める。
壊死した耳は石のように硬くなっており、ラヴの美貌には大変特異に見えた。
「クレミアンは大丈夫?」
あの国は、一体なにをしてしまったのだろうか。
本当に自分は無知だった。
『大丈夫ではないかもな。あの方達の加護を失ったため、きっとこれから飢餓や天変地異に悩まされるだろうさ。あの穏やかな国は消え去るかもな』
「嫌だわ」
『星人夜を捨てたのにか?』
火星の口調には怒りが滲み出ていた。
「それでも、あそこの皆んながそうしたわけじゃない。私を大切に育ててくれた乳母も使用人も死んでしまうのは悲しいもの」
満点の星々たちは、この状況を一体どう思っているのだろうか。
『……ラヴはこれからどうするんだ?』
火星はラヴの膝に頭を乗せた。
その砂鉄のひんやりとした頭を撫でながらこたえた。
「そうね……とりあえず元気になって、ここらを探索して見て……」
月を見上げた。
「母上の後を追ってみる」
火星の耳がピクリと動いた。
「私の呪いを解けば大丈夫なのでしょ?完全に解くのは私には到底できないけど……」
私はあまりにも何も知らなさすぎるから……
と、ラヴは小さく小さく呟いた。
老人の言う悪魔と天使のこともだ。月が答えてくれないなら火星が知っているわけがない。
呪いのことも、自分の体のことも、母のことも。
いつまで無知でいるのだろう。
一つ息を吸い、古い天井を見上げる。
「そしたら、またお家に帰れるかもだしね」
ラヴは下唇を噛んで、込み上げる感情全てを呑み込むために火星とともに寝具に横になった。
目を瞑り暖かなその星を抱きしめて、これからどうなるのかと言う不安に駆られるまま無理やり眠ったのだ。
その姿を見つめていた銀の髪をした女神は、ラヴの額にキスをして愛しそうに見つめた。
『我ら星人夜。貴方を愛しているわ。貴方の魂が穢れようと、私たちが救ってみせるから……少し待っていてね。きっと、助けてあげるから』
普段とは一変、穏やかな表情を見せてから、月はラヴの金髪を一本だけ引き抜いた。
その時、ラヴの体は女から男へと変わる。
月はラヴの毛を突如現れた蝶の星、天王星に喰わせた。
すると、天王星はラヴの頬まで金と銀の鱗粉を撒き散らしながら羽ばたいて止まる。
普段ラヴが指名して呼ばなければ姿を現さない天王星は、静かにラヴの上に静止かと思えば再び飛んで月の肩へと戻った。
『我らが月。貴方様はどうして、そこまで星人夜を護るのですか』
蝶は静かに月神に尋ねる。
『貴方様は、我ら太陽系の惑星とも、他の星々とも一線を画しております。地球と性質が似ているものの、また次元が違うと言えましょう。ですから貴方様であれば、星々諸共見放せるでしょうに……どうして?』
その銀の髪は眩く光り、古い部屋を照らす。
月神の燦然たる髪は優しく部屋を照らし、彼の者の性質を変化させる。
『天王星よ、我は星を愛している。太陽のように全てを明るく照らすほどとは言えずとも、静かに皆を照らすほどには愛している。ラヴのことも同様に、まるで我が子のように愛しているのだよ』
男勝りな口調に戻ったその女神は、ラヴの金髪をサラサラと手に取る。
これがいつまで続くのかは分からない。
ただ、美しい月と惑星たちは愛しい星人夜のための苦労を惜しんでいないのだった。
読んでいただきありがとうございます(o^^o)




