愛しき君、生きたまえ
※この作品には性別転換・ダークファンタジー要素があります。
※誤字脱字があれば申し訳ないです。
――そう思って目が覚めたら森の中だった。
何処かは分からない。だが森の中ということだけは分かる。
月と太陽は居ない。呼びかけるが出てこない。
どうしてだろう。
取り敢えず、ラヴは土を払いながら立ち上がりもう一度辺りを見た。
しかしどこを見ても、木、木、石、土、虫、動物の足跡だらけだった。
このまま突っ立っていては自分までもが木になってしまうので、ラヴは今晩だけでも寝泊まり出来る場所を探した。
先程からもあるように、そこら中に獣の足跡がありそれが熊や狼だった場合危険なためここに居てはだめだろう。
どっちが西か東かは夕暮れや夜明けを見れば分かるだろうから、取り敢えずそれまで身体を温存出来るところを探さねば。
下に行けば良いのか上に行けばいいのか分からないラヴは下山出来ることを祈って下に行くことにした。
雨上がりなのか土がぬかるんでおり、中々上手く下山できずラヴは苦戦する。
そして、ここ一ヶ月余りずっと牢獄で寝たり窓を見たり泣いたりしかしていなかったため体力が落ち、直ぐに息切れがした。
「ああ、一旦休憩」
ため息をつきながらラヴは近くの石に腰を下ろした。
木々から漏れる光や肌寒い風に土の匂い、何もかも暗く臭かった牢獄に居たラヴには開放的でそしてとても気持ちが良かった。
「さあ、頑張ろう」
そう言いながらラヴは膝を押さえて立ち上がりまた下山した。
あっリスだと木の中に入っていくリスを見てラヴは呟きながら、黙々と見知らぬ山を降りる。
途中、着ている服が泥だらけになり歩きにくくなったため膝上までくくり、靴の中に入っている石などを出すとまた再出発した。
「あっ!ラズベリーだわ!」
歓喜しながらラヴは紫寄りの赤いラズベリーに近づき、棘に気をつけながらそのラズベリーを取り口に入れた。
甘酸っぱい味が口の中に広がりさらに空腹を感じたラヴは次々に実っているラズベリーを頬張った。
ラズベリーは約五メートル先まで広がっており、このときばかりはその繁殖力にラヴは感謝した。
途中鳥やうさぎなどがラヴに警戒しながら、のそのそとラズベリーを食べにやってきて、ラヴは微笑みながらそのお隣さんと一緒にラズベリーを食べた。
次第にうさぎ達もラヴが悪いやつではないと理解したのか、茶色のうさぎがラヴの傍らにやって来て少し警戒しながらも匂いを嗅いだ。
ラヴは茶色いうさぎに気がつくとゆっくりとピンクがかった手のひらをうさぎに近づかせた。
うさぎは鼻を上下させながらラヴの手のひらに近くづくと、舌でその手のひらを舐めた。
ラヴは必死で笑い声を抑えて、その愛らしい姿を見た。
「可愛いなあ。自分なんかよりもずっと可愛い」
呟きながらラヴは垂れ耳のうさぎの頭を撫でた。
うさぎは気持ちよさそうに目を細めた。
すると、なんの前触れもなくうさぎたちは物凄い速さでラズベリーの草むらの中や木の中や空などに走り去ってしまった。
辺りはしーんとした。
元々それほど物音はせず静かだったはずなのになぜかもっと静かになったように感じ、ラヴは本当に今、一人ぼっちなのだと実感した。
そもそもこんな目にあった原因が、シュシュが何者かに唐突に殺されその濡れ衣をなぜか自分に着せられたせいなのだ。
ラヴはシュシュを殺した犯人を、同じく殺したいほど憎んでいるのには変わりがない。
それと同時に母上を殺した犯人、つまり母上はどうしてナルアカ特別地区に行ってそこで魔物に喰われたのか。
そして、犯人はなぜ魔物を仕掛けたのか知りたくなった。
以前にも言ったが、ラヴの母は超凄腕魔法使いだったので普通の魔物相手なんて蟻を踏みつぶすようなもの。
いくら上級魔物でも、一方的にやられるというのはまた考えにくい。
そうなると……矢張り不意打ちに仕掛けた奴がいるはずなのだ。
何より確信的なのは流れ星に何故母が死んだのかを訊ねた時にノイズが邪魔で全然聞こえなかったが、犯人はいるというのは言っていた。
だから……
死ぬよりはずっとマシだった。
死んだらもう、それらの謎を知ることもできなかったし、自分の手で突き止めるということすら叶わなくなった。
そう思うとまだマシなのだ。
死ななくて……本当に良かった。
「うん……そうよね」
牢獄に入れられてあのまま死刑になっていたよりは随分マシだ。
よし!と言いながらラヴは立ち上がると結んでいた服の部分を手で思いっきり引き裂いた。
そして近くに水はないかなと見渡したが無くて、良く耳を澄ました。
何処からか鳥が鳴き、枝と枝が擦り合わせる音のずっと奥に微かに……
ラヴはまたラズベリーの元に帰ってくれるようにそこら辺の木に印を付けながら勘を頼りに歩く。
そしてその勘が当たっていたようでどんどん川の音が聞こえてくる。
汗だくになりながら歩き回った先には、雨のせいか少し量が増している小川があった。
けれど水自体は綺麗に澄んでいる。
ラヴは手に握りしめていた服の破った部分を川の水で洗った。
こんな汚い布に食べ物を包むなど、ラヴには到底考えられないことなのだ。
そして、ついでに小川の水をたっぷり飲んだ。
「はあ、生き返る」
辺りを見渡しこの水を持っていけるものとか無いかなと期待を寄せてみたが、そんな奇跡はなくラヴは諦めて布を絞りラズベリーの元に帰った。
途中、木の印を見失いそうになり、少し焦りながらもちゃんとラズベリーの元に帰ってきてその布の中に詰められるだけラズベリーを蓄えた。
もう少し歩こうと考えたラヴはラズベリーが生えているところから真っ直ぐ下山して行った。
下に行けば行くほどどこからか川の音がする。
先程の小川が繋がっているところだろうか……
余り大きくない川じゃなければ良いなあと思いながら木々に掴まって下山をする。
ザーザーと音を大きく立てながら川が氾濫していた。
川の水は泥色に濁り少し足を滑らせたら川に飲み込まれそうだ。
右手に握りしめているラズベリーが入っている袋をさらに強く握り締めた。
星を呼ぼうか迷ったが、なぜか誰も反応せずどうするかさらに悩んだ。
ラヴは天文学だけが飛び抜けて上手く、他の魔法や魔術は辛うじて使ったり平均だった。
それぐらいのレベルなのにこの大きく氾濫している川を無理に渡ろうとして失敗し死ぬより、他の道をなんとか見つけるほうが現実的というわけだ。
「無駄足か」
そう呟きながらラヴは川一帯を見渡した。
何より星たちが呼びかけに誰も応じないのが痛い。
仕方がないが何があったのだろうか……?
考えてもわからないな。ラヴは少しだけ川に近づき川沿いに歩いてみた。
泥の匂いや清々しい風、服や足に飛び散る水しぶきジャリジャリと歩くたびに心地よい音で鳴る砂利。
川の勢いに倒れる草花。
全てがラヴにとって初めて見て感じるものだった。
川が氾濫するというのは本で知ったが実際に見に行こうものなら使用人たちに全力で駄目と言われ、そもそも見に行けなかった。
「自由ね、きっと指名手配されてるでしょうけど。でも、自由だわ」
だが、その自由の代償は余りにも大きすぎた。
友として好きだったシュシュを亡くし、父の信頼やナタールへの愛情を心から捨て去ってしまった。
ただ残ったのは自分への嫌悪と、母とシュシュへの申し訳無さだった。
ずっと欲しかった自由がこんな形でしか手に入らないのなら要らなかったのに。
欲しくなかったのに。なのに。なのに……
「どうしてもこの自由が面白くて仕方がないの」
茶色に塗られた頬に涙が流れた。
どうして泣いているのかはラヴでも分からない。
どんな感情で泣いているのか分からない。
けれど、今、大きな代償を払って手に入れた一時の自由がラヴにはありがたくて、嬉しくて、とてもとても寂しく申し訳なかった。
この自由がありがたくて思ってしまうほどラヴの心は罪悪感に蝕まれていってしまう。
ありがとう、ごめんなさい、本当にごめんなさい、何も知らないのにごめんなさい、でも嬉しいの、ごめんね、本当にごめんなさい、無責任でごめんなさい。
溢れ出る涙を零すと嗚咽から徐々に哀哭していった。そしてラヴはポツポツと川沿いを歩く。
ラズベリーが入っている袋を強く握ったせいか袋は赤紫色に染まり甘酸っぱい匂いが微かに周辺に漂った。
泣きつかれたラヴは川沿いにある大きな岩に坐り込んだ。
最近泣いてばかりだな……とラヴはふと思った。
牢獄でも毎日のように泣きよく隣の囚人にうるさいと怒鳴られた。
そのたびにラヴは声を殺して泣くように努力するが、どうしても嗚咽が漏れまた囚人に怒鳴られていた。
その瞬間、カサカサと草むらから音が聞こえた。
人かしら。とラヴは期待してその草むらに目を向けた。
しかし、なにか違った。
一点の草むらだけじゃなくて、あちこちからカサカサという音が聞こえるのだ。
ラヴは涙を我慢して、音を立てないよう身を潜めた。
段々なにかが近づいてくるのを怯えて待った。
すると、草むらから黒い鼻が覗いた。
それは犬のように見えたが、すぐにラヴの本能が叫んだ。
それは、魔物の犬だと。
鼻から顔が見えてくると、ラヴは声にならない叫び声をあげる。
顔には幾千もの穴が開き、その中には目のような白い点がラヴだけを一直線に見つめていた。
耳はなく、ぽっかり空いた空洞が頭のてっぺんに大きく一つあった。
胴体は一歩進むたび、どろりと溶けては、瞬く間に元に戻りまたどろりと溶けるのを繰り返す。
しかし、足だけは鋭く長い爪を見せびらかし、ラヴを八つ裂きにするのを今か今かと待っていた。
途端、小さな星たちがパチパチとラヴを守るために輝いて現れた。
魔物は唸り声を上げながら一歩後ずさった……と思ったその時、勢いをつけて飛びかかってきた。
星たちはさらに輝きを増してラヴを庇うが、魔物は黒い血溜まりを噴き出させて酷く傷つきながらも獰猛なその牙をラヴに突き立てた。
鋭い痛みが耳をつんざいた。
叫び声を上げてラヴは右耳を押さえた。
すると、その耳の上部側面が欠けていた。
血がとめどなく流れて、痛みが燃えるように強くなった。
冷や汗が噴き出て、吐き気がする。
魔物の毒である瘴気だった。
ラヴを襲った魔物は星たちに破滅させられ居ないが、ラヴの傷は良くならない。
星たちは心配気に声をかけて癒そうとする。
しかし、星たちの力は非常に弱まっており痛みは留まるところを知らない。
意識が朦朧としてきて、地面に血を吐いた。
その時、大切な友人の香りがした。
シュシュの物だった。
顔を上げて、今は亡きシュシュを探す。
すると、あの栗色の髪をしたシュシュが膝をついてラヴを見下ろしていた。
その表情は哀れみで歪んでおり、泣いていた。
「シュシュ……ごめんね」
絞り出すように謝ると、シュシュの身体が粉となって消え出した。
そして、シュシュはラヴの額にそっと口づけをしてから抱きしめて消えてしまった。
悲しくて、申し訳なくて……
ラヴは涙を流しながらその場に倒れてしまった。
読んでいただきありがとうございます(o^^o)




