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※この作品には性別転換・ダークファンタジー要素があります。
※誤字脱字があれば申し訳ないです。
それから約一週間ラヴの厳しい指導のお陰でシュベールのダンスは上達した。
だが、それに比例するようにラヴのデマや悪口が学園内で良く耳にするようになり、ラヴの評判はどっと右肩下がりだ。
ついには最近足を引っ掛けられ転ばされたり、態と肩をぶつけられたり教科書をいつの間にか捨てられていたこともあった。
だがそれでもめげずに、どうしてもしんどければ星空に逃げ込めることに幾度も助けられ踏ん張っている。
そんなある日のこと、仮面舞踏会が明日に控えた学園はどこもかしこも既に空気が緩んでいた。
緩みすぎて普段は怒られない生徒まで幾度も注意されていた。
そういうラヴも明日が楽しみで鼻歌を歌いながら廊下を歩いていた。
嫌な視線もいつもなら胃を傷ませて無視しているがそれさえ気づかないほど浮かれていた。
ふと、学園のお知らせなどを貼っている掲示板に人集りが出来ているのにラヴは不思議に思い、そっと人の間を縫って見てみた。
そこには、なんとタイミングが悪いのか、シュベールとラヴが『実りの日』を楽しんでいる様子が張り紙に貼られていた。
更にその張り紙には
『かの「公爵家の奇跡」や「天使」などと評されていた「ラヴベリー・ゲルド・フォン・アンジェ公爵令嬢」がなんと「実りの日」にて同年代の平民の男と楽しむ様子が発見された!
串焼きやクッキーをその男と分けっこする様子も見られ親しい間柄だと見てわかる。
更には二人で宿に入るところも見られ……』
ラヴはそれらを読みながらわけがわからなかった。
おかしいのだ。
あの日ラヴが何にも対策せずに出掛けていたわけではない。
眼鏡には認識阻害の魔法がついていたし、ラヴがつけていた香水は『ラヴ』だと認識しずらくする効果もあった。
もちろん二度もナタールにバレたのは予想外でラヴ自身一番驚いていたが。
それでも、ナタールは片割れだ。産まれた時からずっと一緒だったから分かる人には分かる。
だが、この記事を書いた人とは縁もゆかりも無いはず。
その時ラヴはもしやと勘づいた。
恐らくだがこの記事を書いた人たちはラヴが部屋から出た瞬間からつけていたのではないだろうか。
この二つの道具も万能ではない。
一度ラヴだと認識してしまえばいくら認識阻害の道具を使っても効果は半減。意味がなくなる。
だが、それよりも、一番謎なのはどうしてこのタイミングでこれを公開したのかだった。
「実りの日」からもう一週間以上経っているのに今載せた。そんなの悪意しかない。
そうラヴは苦々しい顔をしながら思うと踵を返した。
あの張り紙を破きたいのは山々だが今ここで破れば焼け石に水だ。それどころか火に油を注ぐ行為だろう。
今まで意地悪なことは数え切れないほどされてきた。だが、それだけ対処も知ってる。
けれど――
ラヴは再び踵を返した。
そして、掲示板に手を伸ばすとその記事を引き裂いた。
怒りで拳を震わせながらラヴは引き裂いた紙を持ち掲示板に群がる生徒達に向かって言った。
「よく聞きなさい!次、私の親友を冒涜したその時は!」
そのき裂いた部分をラヴはさらにビリビリと細かく引き裂き続いて言った。
「今度は必ずあなた達の、その空っぽな脳を焼却炉に放り投げてやるから!」
息を吸い呼吸を整えるがそれでも余りの怒りのせいで我慢できず思わず声を震わせながら、ラヴは続いて言った。
「あと、こんなことでしか私に対抗出来ない弱虫たち。良いこと?少なくともあなた方よりも私のほうが容姿も性格も、美しくそして気高いわ!」
涙を堪えるように肩で息をすると。
それだけよ、と紙をその場に捨てラヴは去った。
教室に戻るときラヴは歩きながら心のなかで心底後悔した。
どうしてあんなことを言ってしまったのかと……
もちろん言わないよりは随分マシだ。
けれど、あんな言い方では薪に油を注ぐ行為と同じだ。
あれでは皆が勘違いしていることを認めるようなもの。
本当にどうして。
頭の中が堂々巡りだ。
恐らく、溜まっていた怒りに火をつけられられ我慢ならなかったのだとラヴは思うが、それでも余りにも無意味なことをしてしまった。
いやでも、無視するよりは良かったのだ、きっと……
少なくともラヴの中ではそう思っておくことにした。
「あの……」
可愛らしい女の子の声がして、ラヴは更に苛立ちながら振り向いた。
そこには肩まで伸びた栗色の髪に、色素の薄い茶色の瞳に、白とは言い難い褐色の肌をしている、愛想のある顔をした何処かで見たことがある女の子がいた。
「どちら様でしたっけ」
機嫌が悪いためか少し不愛想にラヴは尋ねた。
女の子は怯えながら自己紹介をした。
「プ……プティシュシュ・ネルア・ベルダンと申します。その……一応貴方様と同級生で三人の聖女候補生の内一人です」
「はあ……えっと、ベルダン様?何か御用ですか?」
プティシュシュと名乗る彼女は顔を火照らせながら言う。
「そんな、様など恐れ多いです。どうかシュシュと読んで下さい」
「そうですか?では、シュシュ、何か用ですか?」
大した用では、とシュシュは下を向き頬を両手で挟みながらラヴに言った。
「さっきの騒ぎで、ラヴベリー様がその、傷ついているのではと思いまして。その、本当に……」
そう言葉に詰まりなから言うシュシュは今にも泣きそうだ。
だがシュシュは呼吸を整え、胸元にぶら下がっている銀のロザリオを強く握りながら続いて言う。
「ただ、その。私はラヴベリー様は憧れの方で。我ら聖母様と同様に尊敬しているので、何か困っているのでしたらお力になれればと」
刹那、シュシュの目の縁からぶわっと涙が溢れ出てた。
シュシュは目を覆い、ダメと幾度も呟きながら頬を己で叩くと戸惑っているラヴの顔を見上げて言った。
「すいません。お節介でしたよね」
本当にすいませんとシュシュは更に連語する。
「私本当に昔からこんなことばかりで。すいません。消えます、こんなみっともない姿を見せてしまって。ただでさえブサイクなのに、すいません」
ラヴは迷った。
踵を返すのを止めるべきなのか、放おっておくべきなのか。
そして散々迷った末、制服の胸ポケットからハンカチを取り出し真下を向いてしまっているシュシュの手を取り優しく手のひらに乗せた。
「取り敢えず仰りたいことは理解しました。ただこのままでは授業に遅れてしまうのでまずは教室に向かいましょう。詳しい話はその後でも遅くはありませんわ」
ねっ、とラヴが安心させるように笑いかけるとシュシュはさらに号泣し幾度も頷いた。
教室につくと、またまた面倒なことになっているような雰囲気が教室全体に充満していた。
その雰囲気を無視してラヴがシュシュを連れて教室の中に入ると、同時に嫌な視線が教室に飛び交い、生徒達はお互い顔を見合わせ、ラヴを睨みつける。
ラヴはナタールと王太子とアカーシャが集まっているところを横目にちらりと見た。
ナタールたちは何やらヒソヒソと話し合いラヴを庇おうとする素振りは見えない。
悲しくはない。けれど、ナタールに失望した。
そう、静かに思いながらもラヴは構わずシュシュを連れて己の席に行く。
だが、見たことのある男子がラヴの席の前に立ちはだかりラヴを邪魔した。
「どちら様?」
どうしてここまでするの?
と尋ねたいのをぐっと堪えてラヴは男子に尋ねた。
男子はフンと鼻を鳴らしラヴに言った。
「あの記事本当なのですか?」
それを尋ねるのか……とラヴは嫌気がさす。
「さあ、私がどうこう言ったところで貴方たちは信じますの?」
高飛車に、その男子生徒を見下しながらこたえた。
「とりあえず、邪魔なので退けていただいても?」
「はっ!天使と謳われたラヴベリーも地に落ちたな」
男子生徒――ラヴはそいつを思い出した。
ベッセル男爵の息子。コークという名だった。
あの男爵一家はアンジェ家とは真反対の勢力のため、よく突っかかって来ていたのだ。
本当に面倒で、ラヴは舌打ちをしそうになる。
「貴方も、そうやって突っかかるほど地に落ちたのですね。紳士とはあまりに程遠く、失望いたしましたわ」
そんな妖艶な笑みを向けられて、コークは少したじろぎながらも、負けじと言った。
「平民とデートしていたラヴベリーには言われたくねえな」
「名前で呼ぶことを許可した覚えはなくてよ?」
「ここは学園だ、そんなの関係ねえな」
「紳士たるマナーも守れない人にそんなこと言われる筋合いないですわ」
「あるね。そもそも、平民と出かけることがレディのマナーか?」
腹立つ――!
本当、星にコイツの首を締め上げろと命令しようか!
はらわたが煮えくり返っていたその瞬間、やめなさい!という怒声が聞こえた。
それはまさかの、シュシュだった。
シュシュは嘲笑う男子を突き飛ばすとラヴの前に立って涙を流しながら言う。
「どうして!どうしてそんな酷いことが言えるの?!ラヴベリー様が何したっていうのよ」
ラヴは心のなかで本当にねと同意した。
だが、このまま見て見ぬふりをしていてはシュシュの聖女候補生としての評判までもを落としかねない。
それはラヴのプライドが許さない。
「シュシュ落ち着いてください」
荒く肩で息をしているシュシュの肩を優しく叩くと、ラヴは無様に倒れ込んでいるコークに近寄り、たった一言だけ言い放った。
「ダサい」
天使のような顔はとても冷酷になり、コークを睨みつける。
その眼差しは、コークを見下し嘲ている。
コークはその一言が中々に響いたらしく、言葉を継げそうになかった。
その様子に呆れるとラヴは「本当になんにも面白くないから……」と呟いて踵を返すしシュシュを隣の空席に坐らせた。
シュシュはごめんなさいと連語した。
「頭がカッとなってしまって」
言いながらラヴが渡したハンカチで涙を抑え込もうとしている。
大丈夫ですから、とラヴはシュシュを慰めるがそれでも、シュシュはずっと首を横に振って泣いている。
ラヴは嬉しさ半分の苦笑いをしながらため息をつくと、二三度シュシュの頭を撫で耳元で「ありがとうございます」とお礼を囁いた。
そして、シュシュの背中に優しく手を回した。
それは、それこそ。
まるで生徒達が自分勝手に思い浮かべてきた慈悲深い天使のようだった。
前触れもなく急にそうした理由は、ただ、嬉しかったから。
ナタールでさえ庇ってくれなかったのに、少ししか喋ったことがないのに、なのに庇って怒ってくれて嬉しかったから。
ただそれだけ。それだけで泣くほど嬉しかった。
そう感謝の念を心底抱いた瞬間、ラヴは思わず涙を少し流した。
だが、このままではいけないと己に言い聞かせてシュシュから離れると袖で目を拭き先程と打って変わって誰とも目を合わせたがらない生徒達を見渡した。
「私が何をしたかは分かりません。どうしてここまで酷い仕打ちをされなければいけないのかということも」
ナタールは目を逸らす。
「ですが、一つだけ分かります。ここの誰もシュシュのように庇ってくれなかったということは」
涙が溢れ出るのを奥歯で噛み締めて我慢しながら、ラヴはナタールを含めた全員を睨みつけながら続いて言った。
「私の顔が良いからあなた達を傷つけたという理屈も知りませんし理解しようともしません。
そして、我が身可愛さで私を虐めた人も見て見ぬふりをした人も私はあなた達を心底軽蔑します」
と、言い終わった瞬間チャイムが鳴った。
後ろにいたコークや傍観していた生徒たちは、教師に見つかる前にそそくさと立ち去り、ラヴは袖で目をふくと席についた。
教科書を開くと何事もなかったかのように授業を受ける。
誰も立てておいた教科書の後ろで密かに涙を流しているとは知らずに。
授業が終わるとシュシュがラヴの席に来て、どうして教師にいじめられていることを告げないのか尋ねた。
それにラヴは自嘲を浮かべながらこたえる。
「私も幾度か考えました。けれど、私は一介の貴族ではなく。公爵令嬢です。その公爵令嬢がなんの抵抗もなしにいじめられているなんて笑いものでしょ?ナタもきっとそのことを負い目に感じて無視しているんだと思います」
「でも……それでも、余りにもラヴ様に対する態度が酷すぎるではありませんか」
「そうですね。ですが、みんながみんなシュシュのように思っているわけではないですから」
そう淡々とこたえるラヴの口調には諦めの色が見えた。
シュシュはその態度を哀れに思うとおもむろに辺りを見渡した。
生徒たちは罪悪感なのかなんなのか、面白いまでに態度をころっと変えてラヴを睨みつけたり、悪口を言ったり態と注意を引くような態度をすることもなくなった。
更に、一応、シュシュのライバルの一人でもあるアカーシャも以前のようにあからさまに嘲笑をラヴに向けることもなくなった。
正直、シュシュからしたら……どうしてアカーシャが最有力候補なのかサッパリなのだ。
力が随一と言われているが、それは他二人に比べてはというだけで、聖女になり修行を積めば簡単に追い越せる程度のこと。
そしてあの性格……不思議だった。
だからと言って別段どうしても聖女になりたいわけではないシュシュは、アカーシャのことを人を嘲笑うことしか出来ない哀れな人なのだなと思った。
だが、何よりシュシュが不思議に思ったのはナタールがラヴを庇わないことだった。
ラヴの母親が亡くなり一旦帰省し帰って来きたときにあった、ラヴの机が泥塗れ事件では、頼りなかったが一応ナタールは心配していた。
なのに、今回は心配するどころかあからさまに無視をし、更に、アカーシャと王太子とともにラヴを嘲ていた。
「ナタール様と喧嘩でもしたんですか?」
言ってしまった途端、シュシュは心のなかで己を殴った。
ラヴは急なことを訊かれ少しの間戸惑っていたが、直ぐに鼻でため息をつきながらこたえた。
「そんな大袈裟ですよ。ただ単に、お互い段々性格が合わなくなって……。ほら、ナタの彼女、アカーシャ様ご存知でしょ?」
シュシュは黙って首肯した。
「単に、私より彼女を優先しているだけ。それだけです」
「悲しくないのですか?」
「悲しい悲しくない、以前に私はもうナタに期待していないのですよ」
そうこたえるラヴの瞳の先には、灰色の毛並みを持ちながらも羽のうちは鮮やかな黄色を持つ小さなシンベル鳥のオスが枝の上に乗って優雅に毛繕いしていた。
すると、ラヴの視線に気づいたのか金色の羽を羽ばたかせて何処かに飛んで行った。
その後を目で追いラヴは何処でも飛んでいけるのを羨ましく思う。
ナタールのことは本当は凄く悲しい。悲しくてやりきれない気持ちで一杯だった。
あの日、自殺しようと本気で思った絶望したあの日、一番支えてくれたのはナタールだったから。
だから、尚更寂しい。けれど、だからってナタールがラヴにした仕打ちが許されるわけがない。
シュベールを傷つけ、転ばされても無視して、教科書を破られても無視して、さっきも無視して。
許せない。
でも、だからって嫌いになったわけでも無い。
ただ悲しかっただけ。世界一大切な、家族の一人だったから。
やっと母上よりも心を許せたと思った。なのに、ナタールからしたらそうじゃなかった。
「人間不信になるわよ」
そうシュシュにも聞こえないほど小さな声でラヴは呟いた。
だが、時は進む。太陽は次第に西に近付いている。
明日は仮面舞踏会だ。楽しみではある、けれど沈んだ気分が拭えない。
「そういえば、シュシュの仮面舞踏会のお相手はどんな方なんですの?」
重たい空気を追い払おうとラヴは唐突に尋ねた。
シュシュは恥ずかしいのか、顔を火照らせるとこたえた。
「カッコいい方です。優しくて、気遣いも出来る完璧過ぎる方です」
「それは王子様のような方ですね」
そうラヴがニヤリと笑いながら誂うとシュシュは、カアッと更に顔を赤くした。
その反応を見た瞬間ピン!とラヴの勘が働いた。
「まさか、本物の?あの王太子?」
「ちっ違います、違いますよ!そっ、そんな恐れ多いです。本当に違いますよ!」
聖女候補生は嘘をついてはいけない、という教えがあるため、恐らく嘘ではないだろう。
「私が知ってる人ですか?」
シュシュはどうでしょう、と首を傾げた。
「恐らく知らないと思います。学園外の方なので」
学園外となると、出会いは恐らく神殿か?
「もしかして神官とか?」
シュシュは視線を泳がせた。そうなのだろう。
聖女は結婚してはいけないという規則はないが、あまりの激務に追われ結婚したくても出来ないことがほとんどだ。
きっと、シュシュはそれを承知で相手のことを好きになっていのだろう。
ラヴはその純愛を少し羨ましく思った。
もし、これからラヴが誰かを愛しく思ったとしても。必ずいつかはラヴが男だと真実がバレてしまう。
そうなると、単純な純愛はラヴには到底難しい。
「ラヴベリー様はもうお相手決まっているんですか?」
ラヴは頷いた。
「ただの友達ですが。仲がいいので頼みました」
流石にシュシュは「実りの日」を一緒に周った人か、とは訊ねなかった。
けれど、シュシュは嘘を付くというよりは、隠し事が苦手らしく目があちこち泳いでいる。
ラヴはため息をついて言った。
「そうです。「実りの日」を周った子です。けれど、神に誓って私は彼と関係は持っていません。ただの大切な友達です」
その言葉にシュシュ瞠目したのと同時に、柔らかな微笑みを浮かべそうですよねと頷いた。
「すいません。不躾なことを言わせてしまって。誤魔化すのが下手だとは自覚してるんですけど」
シュシュは律儀に頭を下げた。
それにラヴは慌てて頭を上げさせると言った。
「嘘がつけないというのはとっても良いことではありませんか。それは聖女になるために必要な素質の一つでしょう?そのシュシュ特有の性質を見抜いて現聖女様である『ナルメア様』は貴女を支持していらっしゃるんですよ」
そう、シュシュは現聖女の『ナルメア・ルルーシュ聖女』一行に支持されている唯一の聖女候補生だ。
(ちなみに、聖女になると特有の身分を証明するためミドルネームが抹消され、代わりに『聖女』という実質王にも負けない地位を持つ。
※元は地位を表すことが理由ではなく、己よりも勢力を持たれることを恐れた王が保身のためにミドルネームを抹消させた。いうのが最も有力な説らしい……)
その影響力は膨大で、平民から多く支持アカーシャでさえ気軽に太刀打ちできないほどだ。
そしてもう一人の聖女候補生はシュベールが経験したあの戦争前から続いてる大変な古株の貴族から支持され、三人の勢力は丁度よい均衡が保たれている。
シュシュは思わぬ褒め言葉に照れたのか、ありがとうございますと頭をかいた。
それから今日最後の授業のチャイムが鳴り二人は席に座り直して授業を受けた。
授業が終わり、帰り間際に連絡などを担任が話す。
「最後に、明日の労力のために足を存分に休ませておくこと。馬鹿なことをして懲罰を受けないよう。以上!」
そう締め括った瞬間教室内は終わったー!という歓声の渦に埋め尽くされた。
そして、濁流のように生徒たちは扉から教室を出て、一目散に寮に帰っていこうとするが他のクラスも合わさり混沌となった。
するとシュシュが人の波に押されながら、教室の一番後ろでその波が通り過ぎるのを待っているラヴの元へ来ようとしているのに気づき、人がぶつかり合う間を縫ってシュシュに腕を伸ばした。
そして、シュシュは白魚のようなその手をしっかり握ると、ラヴは人の波から引き抜いた。
「毎年のことですけど、何回経験しても凄まじいですよね。気品は何処に行ったのか」
とラヴは、警備員の案内をも呑み込むその波を見て呆れながら言った。
それにシュシュは首肯した。
「私はこれから学園内にある教会に行かないといけないのですが……この調子だと今年も遅れてしまいそうですね。毎年良い方法を練るんですが、どれも屈強な令息たちに邪魔されてしまいます」
シュシュは哀れな目を、怒鳴り合う貴族のご令息達を向けて言った。
そのシュシュの様子を横目にラヴは呟いた。
「まあ、方法がなくはないです」
シュシュはその呟きを聞き取り、本当ですか⁈と目を輝かせて尋ねた。
「はい。シュシュが良ければですけど」
「そっそれはもちろんです!願ってもない申しでです!」
犬のように喜ぶシュシュにラヴは愛くるしさを覚えながら右手を空中に差し出した。
すると一つの金色に輝く粒がラヴの手のひらに現れた。
怒声さえ耳に入らぬほど見事な金色だったので、思わずシュシュは鼻の先がつきそうなほど見惚れた。
だがラヴが、こほんと咳払いしたのに気がつきシュシュは急いでそれから離れ尋ねた。
「この、まるで妖精の粉のような美しい物はなんですか?」
その褒め言葉にラヴはまるで自分事かのように胸を張って説明した。
「この子は、『プラネター』と言います。宇宙を放浪する流浪の星ですね。この子は『プラネター』になってから大体三十億年は存在していると思うので大凡の力は使えると思います」
「三十億年!まあ、なんて長生きなの。私は絶対三十億年も存在し続けるなんて無理です」
星の中で三十億年なんてまだまだ若人だが、天文学を知らない人にとっては長く生きていると思うのだろう。
それに、更にラヴは鼻高々になった。
「この子の力はいわゆる異空間移動でして。移動するには空の情報がいるので……」
ラヴは少し間を開けて言う。
「そうですね、シュシュが覚えている限りで良いので教会に近いところにある空を思い出してください。夜空なら尚更、満天の星空なら文句なしです。その様子を思い出しながらこの子の上に手をかざしてください」
シュシュは出来るだけ夜空を思い出した。
――色とりどりのステンドガラスに入り込む星の光。その日は恐らく新月だった。目が眩むほど眩しい星空だった。まるで、星が泣いているように『希望の蜜』が降る。それを手に取ると、蜜は何か囁いているように光を脈打つ。彼女が泣いていると頭の中に入ってくる。
『彼は、彼女
彼女は彼
未来の聖女よ』
すると、ひとりでに己の腕が動き『希望の蜜』を飲ませようと口に運ぶ。
『我ら、星人夜
彼女を癒して
我ら、不遊星
太陽と月の嫌われ者
けれど、みな星人夜が好き
ああ、我ら星人夜
悪魔が貴女の絶望を孕む
大罪人の天使が虎視眈々に見つめる
その日はもうすぐ
あぁ、哀れな星人夜
真実は知らないほうが良いこともあるのに』
ほんのり甘苦い味がする『希望の蜜』が喉を通った瞬間、シュシュの脳内に様々な記憶が流れ込んだ。
目が焼け付くような光が襲って来たかと思えば、唐突に目が慣れた。
そうすると……髪の長い金髪碧眼の天使のような美しい人が、銀髪碧眼の天使らしき人物と踊っている様子が脳内に流れる。
その様子を、黒髪に紫の目をした絶世の美少年が妬ましく睨んでいる。
あれは悪魔だ!とシュシュは本能的に勘づいた。
どうしてこんな見たくもないことが流れ込んでくるのかさっぱりなシュシュだか、それでもどうしてか目が離せない。
その天使たちの踊りが美しすぎるからだからだろうか?
いや違う。あの黒髪が悪魔かもしれないからだろうか?
全く見当外れ。
もっと己の何かが叫んでいる。
『聖母は見てしまった!
我ら、子供たちが守らなければ!
でなければ——が堕ちてしまう!』
と。
「シュ……シュシュ!」
ラヴの声がしたのに、ハッと教会の目の前まで来たことに気づいた。
「大丈夫ですか?顔が真っ青ですよ?」
息が荒いシュシュに気遣いラヴは教会の前にあるベンチに坐らせた。
シュシュは小さな声でお礼を言った。
「ごめんなさい。他人と異空間移動を使うのは初めてで、まさか副作用があるなんて思わなかったんです。本当にごめんなさい」
そうラヴは謝る。
がシュシュはそれよりも何よりも。
あの不思議な体験頭から離れず思わずラヴに訊いた。
「ラヴ様もなにか見ました?」
「えっ何をです?」
聖女候補生は嘘をついてはいけない……
それをシュシュは胸にぶら下がるお守りのロザリオを見て心の内で思うと、聞いたことをラヴに話した。
「……最後の何かが堕ちるというのは聞こえなかったんですけど。とても、気味が悪かったです。あと星人夜?が良く出ていました。何かは分からないんですが」
ああそれはとラヴは説明した。
「太陽と月を愛し、また、守る存在です。実は私もその一員なんです」
「一員?ということは他にも何人かいるんですか?」
「いえ、残念ながら今は私だけです」
「あっ、そうだったのですか」
シュシュも天文学が今の流行から大いに外れていることは知っているのか、どこか納得したようだ。
ラヴは、膝を抑えて立ち上がると言った。
「詳しい話は後で、まずは教会にお祈りに行きましょうか」
それにシュシュは、そうですねと頷いて教会の中に入って行った。
この教会の名は『シャルネネ教会』といい。
『シャルネネ』とはこの国特有の言語で『心を純粋に』という意だ。
どうして『シャルネネ』という名にしたのかはラヴは全く知らなかったのだが、シュシュによると、ここの初代神父がこの学園の生徒たちに足りないのは『純粋』さだと言い、それならば教会をそう名付けようとしたのが発祥らしい。
何とも極端だ。
教会の中には大抵の教会に置いてある木製の長椅子が両側五つずつ設置され、二、三人教師らしき人物が坐って礼拝している。
身廊を歩き、一番前の座席まで来るとラヴは席に坐り、聖女候補生特有の礼拝を眺めることにした。
ラヴ自身、礼拝はしたほうが良いのだが今はそれより、シュシュの礼拝に興味をそそられている。
シュシュはまず、手を聖水で清めるとそれを清潔なタオルで拭き内陣に踏み入った。
五人の天使が描かれているステンドガラスとその上にある薔薇窓から入ってくる夕焼けの光が特定の一箇所に集まる。
そこに膝をついて坐ると両手を握り祈りを捧げた。
祈りは声に出すと神に届かないと言われているため黙祷だ。
だが、何よりラヴが息を呑んだのは、色とりどりのステンドガラスの光に照らされ、シュシュの茶色の髪がまるで焦げた群星のように煌めき見惚れるほど神々しかったことだ。
「シュシュ様はどうして聖女になろうと思ったんですか?」
シュシュの祈りが終わったあと、徐にシュシュに尋ねた。
シュシュは少し間を空けたあと薔薇窓を見上げてこたえた。
「そんな立派な理由じゃないですよ。ただただ、お金のためです。
元々貧しくも裕福でもない普通の家庭だったんですけど、唐突にお父さんが病気で死んでから一層貧しくなっちゃって……お母さんは末の妹を産んでから身体が丈夫じゃなくなったから、長女の私が出稼ぎに行かなくちゃいけなくなったんです。
それで、一刻も早く仕事を探しに市場の掲示板に行って見つけた張り紙が聖女候補生だったんです。
寮付きでご飯も食べられるしお給料も貰えるから最初は駄目元で神殿に行ったんです。
神聖力とかがなくてもそこで働けるよう面接受けられたらそれで良いかなって。
そしたらまさかの適正があって。なんというか、嬉しさ半分驚き半分でした」
また間を開けてからシュシュは苦笑気味に言った。
「他の子達は病気で苦しんでる人を見て応募したとか……とても純粋な理由で入って来ていたのに、私だけお金のためって、本当に私なんて聖女になれるわけないですよね」
それに、ラヴは何を言えば良いか分からなかったが、呟くようにして言った。
「それでも、私はもし三人の中から聖女を選ぶとしたらシュシュに投票します。お父様やナタにアカーシャ様やルルノア様を投票しろと命じられても、私は断固拒否してシュシュを選びます」
「……どうしてですか?」
そのシュシュの眼差しは本当に分かっていないようだ。
「だって、あの地獄から手を差し伸べ一緒に戦ってくれたのが他の二人ではなくシュシュだったから。それだけですよ。これからあの二人が私に媚を売ってきてもそれは時すでに遅しです。誰よりも早く、誰よりも優しく、誰よりも泣いてくれて、私を救って下さった貴女だから私はシュシュに聖女になってほしいです」
無理強いはしませんが、とラヴは付け足した。
シュシュは下を向くと、肩を震わせ静かに声を殺して泣いた。
「ありがとう……ございます。私、ずっとラヴベリー様に憧れてて」
「えっ、私に?」
「ええ……。だって、とても綺麗ですから。
私の栗色の髪の毛とは比べ物にならない程美しい金色の髪も、怪我一つない陶器のような肌も私には到底比べ物にならないから。本当にずっとこうやってお喋りをしたくて……本当に憧れていたんです」
その言葉にラヴは複雑な気分に心を侵食された。
――もちろん嬉しい。が、自分はそんな善人じゃない。穢れてる。なのに……いや、否定するのは不毛かな
ラヴは様々な思うことをぐっと堪え、複雑な笑みを浮かべシュシュに言った。
「ありがとうございます。本当にシュシュは良い人ですね」
本当に妬ましく思ってしまうほど良い人過ぎる。
読んでいただきありがとうございます(o^^o)




