10:前編
※この作品には性別転換・ダークファンタジー要素が含まれております。
※誤字脱字があれば申し訳ないです。
ランドルの不動産屋に戻った。
そして客室で契約書を書くことになり、ラヴとシュベールはつらつらと三枚にも及ぶ契約内容を必死に読んだ。
―第一章……第四章……第六章………第十六章…第三十章……
三十分ほどして二人は何とか全て読み終え、茶を飲み一息つく。
そして、ラヴは姿勢を正し直しランドルの顔を改めて見つめて言った。
「取り敢えず契約内容は理解しました。プライバシーの件も改めて信頼することにします」
ランドルはそれは良かったです、と満面の笑みを浮かべ頷いて言った。
だが、ラヴは内心このランドルという男を心の底から信頼はしていなかった。
理由は、今日紹介された物件の大半がろくでもない物ばかりだったからだ。
ラヴの推測では、ランドルは態と良い物件を最初に紹介しなかったと思っている。
根拠はないが余りにも最後の最後が良い物件過ぎたし、逆に最初の物件たちが余りにもお粗末だったのでそう疑っている。
もし、この疑いが本当だとしたら、ランドルはどうしてこんなことをしたのだろうか。
一番考らえられるのはあの物件を買い取って欲しかったからだと思うが……それにしてもムカつくやり方だ。
まぁそれでも口に出してそれを訊くほど馬鹿ではない。たかが推測だ。考えるだけ無駄なこと。
そうラヴはため息をつきながら思うと、契約書にサインした。
お金はもちろん月と太陽からで、星ずてに渡すと言われていた。
あの物件の値段は「550万リング」(一リング=100円。日本円にして約55千万円)
立地のことなども含めて少しお手軽だなとラヴはその値段を見たとき思ったが、どうやらシュベールには手も出ないほどの金額らしい。
値段を聞いたとき顔を真っ青にさせて、払えるのかと幾度もラヴに尋ねた。
ラヴは大丈夫だとシュベールを宥めると、ある星を呼びランドルに訊ねた。
「金は今日支払えば良いのですか?」
ランドルは笑みを浮かべると、ラヴの瞳を見つめて言った。
「どちらでも構いません。我々は早いのに越したことはないですが」
「そうですか。なら今払います、物件は?」
「それは、まず金を用意してもらってその後正式に契約書にサインして貰いましたら引き渡書をお渡しします」
すると、シュベールはラヴに耳打ちして「さっきサインしたんじゃないの?」と訊ねた。
ラヴはシュベールに耳打ち仕返して「あれは、いわゆる表面上だけなんです。直筆サインだけで魔力はこもってないので、会ったときに言っていた、契約魔法を今からするんだと思います」とこたえた。
その様子をランドルは表情変えずに見守る。
ラヴは傍らに待機させていた星を手のひらの中に移動させランドルに訊ねた。
「契約書は?」
ラヴが訊ねた時、ランドルは無言で指を鳴らした。
すると、扉から使用人が入って来てランドルに茶色い丸筒を手渡した。
そしてそれを机の上に置くと、丸筒はひとりでにカタカタと動き出したかと思えば蓋が開き、中からは金色に光りを放つ紙が出てきてた。
ラヴとシュベールはその紙――契約書を見て思わず、椅子から身を乗り出して見惚れる。
契約書はしばらくの間、頭上で円をかきながら周ると、派手な赤色の火花を散らしながらゆっくり舞い降り、机の上面まで来てそのまま上下に浮いた。
「さてと、では貴方方もお出しして下さい」
ラヴは考えた。
今の謎に契約書が頭上を周ったりと何故見せつけるのだろう?
あの契約書の類はラヴも幾度か見たことがあるが本来、あんな物は取り付けられていない。
当たり前だ。
契約書なのだから。
そうすると、明らかに見せつけていた。
ーーメリットは?私たちが相応しいかどうか?なにに?ただ単に興味を持っただけ……いや、でもこの目はそんな甘っちょろいことを思っているとは思えない。
何を思っているが探れないこの無感情の目。
嫌いな目だ。
ラヴはため息をつき、態々こんなことをしないといけないことに対する怠い感情を押し殺しながら、明明と光る星にふーと息を吹きかけた。
すると、黄金の鱗粉のようなものが星からしたたりラヴの手のひらに落ちていく。
その星から生まれた鱗粉はまるで琥珀を削り出したかのように艶々しく、また、シトリンのように黄色ながらも天使の羽毛を思わせるほど軽くどれだけ多く手のひらにその鱗粉が落ちてきても一gも感じられない。
さらにそれほど軽いと鼻息ごときで吹き飛びそうなのに雪が硬く固まっているように頑なにラヴの手から落ちない。
その息を呑むほど美しい鱗粉には思わずランドルも息をするのを忘れて熱心に見つめた。
シュベールもこの鱗粉は見たことがなかったのか目を輝かせ、その光景を邪魔しない範囲でじっくり観察した。
すると、次第に星は鼓動を打つように一定のリズムを刻みながら暗明をつけて、光りだした。
星がまるで心臓のように鼓動する様子にラヴは微笑んで、呪文のようなものを唱えた。
「我は星人夜。
我ら宇宙の王よ、どうかお応えくださいまし。
星たちが暮らす星空の都で我にお助けを、代価に私の髪を一束差し上げましょう。
この艶々とした髪で糸でも紡いで、無力の我にご助力を。
どうか叶え給え」
言い終わるとラヴは星に口づけをした。
ラヴの唇が星に当たった刹那手のひらにあった鱗粉が目が眩むほどさらに輝きを強めた。
三人は目を開け違和感に気づき机の上を見た。
するとそこにはなんと、金塊がどっさりあった。
「おお、これは!」
とランドルが感嘆するほど多くまた高品質な金塊にはシュベールも見惚れた。
「これで足りますでしょうか?」
「それはもちろんでございましょう。鑑定する必要もないほどに見事ですから」
それは良かったですとラヴは笑みを浮かべると、手のひらにいた星はパチッと電球が切れる音のような音を立てながらラヴの手のひらから消えた。
「では、早速契約書にサインしていただいてよろしいですか?」
シュベールとラヴは同時に首肯した。
二人の首肯を見たランドルは傍らに置いてある二つの羽ペンを二人に差し出した。
契約書は浮いたまま二人のもとに舞い降りる。
その羽ペンは魔法効果なしの契約書に使った羽ペンとは違い、羽の部分が羽ではなくなんと機械だった。
構造はとても複雑で、羽の形をしているが、いたるところからカチカチと謎の音がしてきたり奥の方から赤い点滅が見える。
また、一見とても重そうに見えるがそれほど重くもない。この品物はラヴでさえ見たことがない羽ペンだ。
「この――」
ラヴがランドルにこの羽ペンのことを訊ねようとしたとき、ランドルは口に人差し指を当て言った。
「おっと、言ったでしょう。魔法の契約書に関することは企業秘密だと」
ラヴはなにか言いかけたがぐっと堪えて、そうでしたね……と納得した素振りを見せた。
シュベールは興味津々で機械で出来ている羽ペンを見つめると、ラヴが契約書にサインしているのに気づき急いで自分の名前を書いた。
二人が名前を書き終わるとランドルは契約書を手に取り、誤字脱字などなく書かれているか確認した。
「ラヴベリー・ゲルド・フォン・アンジェ様とシュベール・ナナホシ様。もしかしてシュベール様は東南の方ですか?」
「いえ、僕はここ産まれです。ただ、父が東南の人だと母から聞きました」
そうだったんですか、とランドルはニコニコと笑みを浮かべて言った。
確かにシュベールの苗字は珍しい。東南産まれかと疑問に思っても不思議じゃないだろう。
そうラヴは勝手に納得した。
ランドルは二枚の契約書を揃えると二人に言った。
「これにて取り引き成立ということでよろしいですな」
「シュベール様は何かお聞きしたいことはございますか?」
とラヴが訊ねた。
シュベールは急に話しを振られたことに少し戸惑いながらランドルに訊ねる。
「あっあの、家具などは何でも持ち込み可能なんですよね」
「それはもちろんでございます。あれはもう貴方様の店であり家でございますから」
ランドルは満面の笑みという名の営業スマイルでそうこたえた。
「何でも?」
「はい、何でも」
そっかとシュベールは何やら思いふけると顔を上げ言った。
「じゃあ、なにもないです。ありがとうございます」
「いえいえ、もう訊きたいことはございませんか?」
「はい」とラヴが頷いた。
「では……」
それからランドルは諸注意などを二人に伝え、シュベールに店の鍵を渡したりと、そこから五分も経たずに二人はその不動産屋を後にした。
「またのお越しをお待ちしております」
ランドルが頭を下げ二人を見送った。
空はとろける蜜のようなオレンジに染まり、月が顔を出す準備を始めている。
「そういえば今日祝日なのに来て迷惑じゃなかったかな」
夕方から出だした出店で串刺しを食べながらシュベールが訊ねた。
「さぁ、別に良かったんじゃないですか?店を開けていたんですし。ただ、確かに祝日なのに平常運転しているところは珍しいですね」
ラヴは焦げていく空を見上げてこたえた。
あの羽ペン――
あれは、あの恐ろしい……
『情報管理連邦公国』のものだった。
あそこは世界全ての情報を集め管理し、世界平穏を目指す国。
あのランドルという男。抜け目のないやつだと思えば、『妖精の森』を包むように位置するあの国の手先の可能性がある。
ラヴの星のことを知ったことで、ラヴに何かデメリットがあるとは思えないが……
頭を振る。
これ以上考えたところで何も分からない。
もうすぐ寮に帰ってまた憂鬱な日々が再開される。
そう考えただけで胃が痛い。
ずっと祝日だった良いのに、そうため息混じりにラヴは思った。
馬車を手配するところまで来ると、そこで立ち止まりお互い笑みを浮かべながら別れの挨拶をした。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「いえいえ、私のためでもありますから」
「あと太陽と月たちのためだね」
そうですね、とラヴは口元に手を当て愉快に笑う。
二人は目が合いまた謎に笑いがこみ上げてきて二人は少しの間は微笑みあった。
「今日また星空に来る?」
「そうですね、色々話し合いたいですし。行きます」
ラヴは頷いた。
馬の嘶きとともに馬車がやってくると御者が馬車の扉を開けた。
ラヴは御者の手を取り馬車へ登るとシュベールを見下ろして言った。
「また、星空で」
「あぁ星空で」
そしてラヴは馬車の窓からシュベールに手を振りながら学園に帰っていった。
茶色い木造で出来た馬車の背中を見つめながらシュベールも踵を返して宿まで星に案内してもらった。
学園まで帰って来ると生徒達のほとんどは口元を緩ませて、寮の中に入る入口で行われている荷物検査を待つ行列で並んでいた。
ラヴの番まで回ってきたが、お土産はなにもないので一度手提げバッグの中身を見せただけで無事通過出来た。
部屋に戻ると着ていた服とアクセサリーを取り、メイクも落とし風呂に入る。
出てから部屋着に着替えベッドに飛び込んだ。
祝日は食堂も閉鎖なのでもう部屋から出る用事はない。
そう思うとラヴは一気に疲れが肩にのしかかってきた。
だが、また星空でシュベールと落ち合うと約束していたので眠気を堪えラヴはあの星空を思い浮かべた。
『遅かったな』
凛々しい口調に女の声がするとラヴはゆっくりと目を開いた。
そこには長い銀髪を珍しく高く一つにして結び、どうしてか膝を上下に折り曲げる準備体操をしている月がいた。
「ごめんなさい。ていうか何してるの?」
ああ、これか?と次は腕を上げてジャンプしながらこたえた。
『これから太陽と少し対決するんだ。力が衰えてはいけないから――いやパワー?……人間の言葉では難しいな。まぁ簡潔に言うと体慣らしみたいなものだな。十年に一度の頻度でやるんだ』
「へえ、その太陽は?」
『あいつは恐らく愛用の投擲武器の点検をしてるんじゃないか?』
月はラヴから見て右を顎で指して続いて言った。
『大抵あっち側にいるから見てきたほうが速い。あと、行くなら我は準備できたと伝言を頼む』
ラヴは分かったと首肯して右に歩き出した。
月の言う通り右に進むほど何だか星たちが騒々しく星空もざわめいている。
すると、ヒヒヒ……と不気味な笑みと共にシュッシュッと刃物を研ぐ音が聞こえてくる。
「太陽?」
ラヴがそう赤髪に褐色肌の太陽に話しかけると、太陽は睨みつけるようにギロリと振り向いた。
その鋭い目つきには思わずラヴは息を呑んだ。
だが、その目がラヴの青い目を見つめ、星空のドレスを見つめると一変し明るい目になった。
『あらーラヴじゃない。ごめんなさいね、この時期は何時もこうなっちゃうの』
「いや、全然大丈夫だけど……何してるの?それ対決する時用の投擲武器?」
そうラヴは地面に置かれている十の投げナイフと、太陽の傍らにある銀の弓――
これを研いでいたのか、血のように真っ赤な円状の周りには棘のような先端が鋭い物が幾つもついている投擲武器を見た。
『ええそうよ』太陽はその円状の物を棘がない部分だけを器用に掴むとそれを上に放おり投げ続いて言った。
『人間界にはない代物なの。「スカーレットシップ」っていうの。私に馴染み深い武器よ』
これで彼奴の髪をバッサリ切ってやる、と太陽は落ちてきた「スカーレットシップ」をキャッチし不気味に笑った。
その様子を若干引き気味に見守りながら、ラヴは月の伝言を伝えた。
「月が自分はもう準備出きたって。あっ、あとさ」
『なに?』
「シュベール様見なかった?待ち合わせをしているはずなの」
『彼は多分だけど夕星のとこにいるんじゃないかしら?』
夕星……夕方に見える金星のことか。
それなら星空を見て探せる。
「分かった。ありがとう」
そうお礼を言いラヴは星空に光る金星を頼りに歩いた。
五分もしないうちに金星の下にやってきた。
「ねえ、ここの回路ってどうにかならないの?」
と強請るような口調で、耳がピンと立っているうさぎに訊ねるシュベールがいた。
それにうさぎである金星はため息混じりに言った。
『私に言われても。確かに私は調和を司るけれど、これはどうにも……あっ、ラヴ』
金星がラヴに気づきそう言うと、シュベールもその視線の先に目を向けた。
「あ、ごめん気付かなかった」
「いえいえ、それよりも何してたんですか?」
「魔道具の開発を早速してて。今は金星の調和の力を借りて全ての魔道具をスムーズに使えるように出来る回路を開発していたところ」
まぁでも、とため息を吐いてシュベールは続いて言った。
「君も来たしちょっと休憩しようかな」
その言葉に金星は細短い尻尾を立てて言った。
『ほんと?なら私も休憩させてもらうわよ』
急がないと試合に間に合わない!と叫びながら金星は流星になって何処かに飛んで行った。
「試合って?」
「どうやら月と太陽が年に一度行う、体慣らしみたいな物がもうすぐ始まるようですよ」
「へえ。そうだったんだ全然知らなかった。行ってみる?場所は星空を辿ったら良いだろうし」
そうしましょうか、とラヴは頷いた。
二人は星空を見上げながら歩き出した。
すると、道中シュベールがそういえばとラヴに訊ねる。
「不動産屋に帰る時さ」
「はい」
「何か言いかけてたけど、どうしたの?」
ラヴは首を傾げてなんのことかを頭を捻る。
そしてあの街から戻る時、ひらめいたアイディアをシュベールに良い忘れてたことを思い出し、話し始めた。
「あの店が買い取られてなかった問題って、恐らくなのですがあの店に行くのがとても面倒なこと。物を売る場所として向いていなかったのは、魔道具などを持ち帰るのが体力的にしんどいからだと思うんです」
「確かに」
「そこでですね。一つの魔法を開発しようと思いまして」
どんなの?とシュベールはラヴの横顔を見ながら首を傾げた。
「配達です」
「配達?」
「はい。下級の星たちが届ける配達です。彼らなら山奥でも海の中でも配達可能ですからね」
「でも、それって利用してくれるかな」
その疑問にラヴは素直に、さあ?と肩をすくめた。
「正直それは運次第としか言いようがないですね。それこそ、これから量産する魔道具たちの売れ行き次第です」
シュベールは、それはそうだと首肯した。
「ていう内容です。ただこの魔法の開発をシュベール様にも手伝って欲しいので」
「それは、もちろん手伝うけど」
ただね、とシュベールは何やら思いふける。
「どうしたんですか?」
「いや、その。君ばかりに負担をかけてるなぁと思って」
「そうですか?」
シュベールは視線を下にして「君は責任感強いからなあ」と呟き、星空に視線を戻して言った。
「何か恩返しができるならしたいけど。何かやって欲しいことはないの?」
特に思い至らず唸っていたラヴは言葉を止めた。
それはとんでもない怒声ともに、刃と刃が交わったのかギン!という耳が痛くなる音が聞こえてきたからだ。
二人は星空から視線を前にすると、そこには黄金に光る球体のコロッセオがあった。
二人が中に入ると、更に目が潰れるかと思うほど眩しい光がコロッセオの客席に集まっていた。
段々目が慣れてくると二人はその客席に居るものの正体を見た。
客席自体が黄金に光っているがそれはただの光ではなく、ざわざわと声を上げてコロッセオの中心で繰り広げられている熱戦に応援歌や、叫びや笑い声怒声などなどを送っている。
煌々と光るそれを何とか目を凝らして見ると、なんとそれはどれも星たちで、中には砂鉄で出来た虎の形をしている火星が唸り声をあげていたり、うさぎの金星が後ろ足を鳴らしたりと目が慣れてくると見分けがついてきた。
ラヴとシュベールはその客席に何とか坐りコロッセオの中心に目をやる。
その時、ものすごい熱気が押し寄せたかと思うと、次は身体が凍てつくような冷気が押し寄せ、丁度良いぬるい空気がコロッセオの中心を下に渦巻いていた。
二人は更に目を凝らすとその中心では銀髪を靡かせながらも距離をなんとか取って金の弓矢を目にも止まらぬ速さで飛ばす月がいた。
矢は光速で飛び太陽の右頬に傷をつけた。
その瞬間、星がさらに輝き、フォー!という謎の声まで響いた。
太陽はニヤリと笑みを浮かべると例の「スカーレットシップ」を何もない空間から取り出した。
そして、「スカーレットシップ」を指で回しさらにスピードを出してくると、それを月へとぶん投げた。
だが、月は軽々と避ける。
しかし、「スカーレットシップ」は月の背後へと周ると軌道を変え月の首目掛けて再び回りだした。
ラヴとシュベールは思わず身を乗り出し危ない!と叫んだ。
が、月は「スカーレットシップ」を足の甲に傷をつけながらそれを周り蹴りし逆に太陽に向かわせた。
太陽は右腕を上げる。
それに引き寄せられるように「スカーレットシップ」は太陽の右手に向かって周った。
そして「スカーレットシップ」は褐色の手に吸い取られ瞬きしたときにはもうなくなっていた。
太陽と月はしばらくの間お互い黙って見つめ合うと二人全く同じタイミングで弓を構え矢を放った。
「結果は引き分けかー」
シュベールは残念そうに、坐っている客席のまた後ろにある客席に凭れて言った。
二人が放った矢は両方の弓を射て壊した。
星たちによると、あの弓が先に壊れたほうの負け、というルールがあるらしく弓が壊れたのが一秒も同じだったことから引き分けが確定したらしい。
月と太陽は不服そうにお互い握手をした。
するとコロッセオは段々崩れてきて、五秒もしない内にシュベールとラヴたちはいつの間にか波紋を広げる地面に坐っていた。
「僕たちは最後のほうに来ちゃったから早く終わったと思ったけど。周りの星たちの反応を見る限りかなりの熱戦だったみたいだ」
そうシュベールは騒々しい星たちを見つめて言った。
「みたいですね」
ラヴはドレスの裾を踏まないよう気をつけながら立ち上がるとそう言った。
月と太陽が何やら喧嘩してるのか怒声を混じえて話し合っている。
その見守りながらシュベールは何かを思い出したようにふと言った。
「そういやさ」
「はい」
「さっき、なにか言おうとしてたよね」
ラヴは一瞬なんのことかを忘れていたが、直ぐに思い出し、そういえばそうだったと頷いた。
「確かに。言おうとはしました。ですが、それはシュベール様が恩返ししたいからというので、内容を考えようとしただけですよ」
その言葉にシュベールはついには取っ組み合いをしだした月と太陽を密かに見守りながら……で?と切り出した。
「何か思いついた?」
ラヴは腕を組み、右手を顎に当てながら、何かないか考え始めた。
「特に、ないように思いますけど……何でも良いんですか?」
「そりゃもちろん。僕はあの二人が死なない限り死なないし、金も二人が払うしね」
と何故か自慢げにシュベールはこたえた。
その時、ラヴは唐突に大問題を思い出した。
それは都合が良かったのか悪かったのか、良くわからないが。どちらにせよラヴにとっては必ず解決せねばいけない問題だった。
「あー。一個思い出した…」
ため息をついてラヴは言う。
「なにを?」
シュベールはそう殴り合いにまで発展した二人の喧嘩から目を離し、ラヴの苦々しい横顔を見る。
「詳細を教える前に一つ言っておきたいんですが」
「うん」
「全く断って頂いて結構ですから。本当に無茶なお願いですから。鼻で笑って断ってくださいね、嫌でしたら」
そこまでラヴが念を押すものはなにか逆に好奇心が湧いてきたシュベールは、太陽系たちが必死に月と太陽を抑え込むのを無視してラヴの顔を見た。
「私が通っている学園でもうすぐ仮面舞踏会が行われるんです。ただ、仮面舞踏会と言ってもパートナーは最初から決まっていて仮装パーティーのような物が開かれるんですが……」
そこで、何かを察したシュベールはまさかと瞠目して訊いた。
「そのパートナーになってくれっていうこと?」
更に苦々しい顔をしてラヴは、そのまさかですと首肯した。
「えっ、いやいや。そんな超超重要な役僕ごときに務まるわけないじゃないか」
でもとラヴはシュベールと向い合せになって言った。
「ダンスなどは私が教えられます」
「それはそうかもしれないけどさ。だからって……僕みたいな平民が。公爵令嬢の相手なんて。だって、僕からしてみれば、公爵令嬢なんて、雲の上の存在だし」
「そんな難しく考えて貰わなくて結構ですよ。ただ、舞台会場に行って踊って帰れば良いんです」
ラヴは暴君のように暴れる月と太陽に目を向けて言った。
「もちろん嫌だと言うのなら無理強いはしませんシュベール様の意思を尊重します」
しばらくシュベールは考え込んだ。
――何でもと言ったのは自分自身だ。だからって、まさか、こんな奇想天外な。いや、この子からしたら普通なのか。それに、何より彼女は忙しい身なのにほとんど僕のわがままで決まった物件探しも付き合ってくれた。断るのは義理に反しているだろう。
「うん、分かった」
「はい?」
「行くよその。仮装パーティーに」
「えっ、でも――」
とそこまでラヴが言いかけたところで、デジャブのように怒声がラヴの言葉を遮った。
『ふざけるなよ!このわがままが!』
月が星たちを振り払おうと暴れながら太陽に怒鳴るが、太陽も負けじと言い返す。
『ふざけてんのはそっちでしょうが!この傲慢野郎!』
様々な罵詈雑言が飛び交うなか、ラヴとシュベールは顔を見合わせ場所を変えようと頷きあった。
人間である二人は星たち同士の諍いには基本干渉してはいけないという掟があるため、太陽と月の喧嘩を止めている太陽系たちのことを心配に思いながらラヴとシュベールはその場を後にした。
「えっと、それで……本気なんですか?」
少し離れた場所までやってくるとラヴはそうシュベールに訊ねた。
「まあね。何でもって言ったのは僕だから」
「嫌ならほんと、断って下さいよ?気なんか遣わないくて結構ですから」
大丈夫なのに……とシュベールは内心思いながらも、少し気にかかることを思い出し訊ねた。
「うーん、じゃあちょっと引き受ける前に訊きたいけど服とかどうしたら良いの?仮装なんでしょ?僕そんな相応しい服なんて持ってないよ?」
それはその通りだ、とラヴは頷いた。
すると、背後から声がした。
『ラヴ、シュベール様!ここにいたのか』
その声の主は、謎の気体で出来ている馬の木星だった。
「木星じゃない。どうしたの?」
ラヴが木星に気づくとそう訊ねた。
『王たちの痴話喧嘩を止めてくれ。あのままでは下級星たちが怪我をしてしまう』
その頼みにラヴは首を傾げながら尋ねた。
「でも、私たち人間は関わってはいけないんじゃないの?」
木星はどことなく苦々しい顔ながら言う。
『ラヴは一応王たちの契約者だし、シュベール様は最早人間の人体とは程遠く、とても人間として我らは認識できないからその掟はギリギリかわせる』
二人が納得して頷くと木星は二人を背中に乗らせ、全速力で太陽と月が喧嘩をしている場所まで飛ばした。
次第に鋭い怒声が聞こえてくる。
『……大昔からお前のそういうところが癪に触ってきたんだよ!』
『はぁ?そんなこと言われる筋合い私にはない!じゃあこっちも言わせてもらえばお前のその何もかも上から見下す態度、会った時から大嫌いだ!』
ドン!という何かが爆発する音が聞こえた。
ラヴとシュベールは予想以上に二人が大喧嘩していることに内心仰天しながらも、木星から飛び降り急いで月と太陽の喧嘩の割って入った。
「落ち着いてよ。二人とも、こんなところで君らが大喧嘩したら他の星たちがひとたまりもないじゃないか」
シュベールがそう二人を宥めて言うが太陽と月は中々聞かず、月は太陽を殺してしまいそうなほど殺気がこもった眼差しを向ける。
そして太陽もまたシュベールを無視して月を怒鳴る。
なぜここまで二人が喧嘩しているのかは知らないがラヴは、この情けない星空の王たちの姿に呆れた。
そして段々、その情けない喧嘩のせいで話しが一向に進まないのにも苛ついてきて、ラヴはため息をつくと太陽と月の怒声に負けない声で叫んだ。
「やめなさい!」
その声は星空に響き渡り、更に美しくも力強い声に太陽と月は少し声を落とした。
『だってこいつが……』
と月が下を向きながら唇を尖らせた。
『はあ?元々喧嘩売ってきたのは月でしょ?』
また喧嘩が再開しそうになったのにラヴはまた怒鳴った。
「だから、おやめなさいと言っているでしょ⁈良い?ハッキリ言わせてもらうけど、傍から見て今のあなた達とっても幼稚よ?」
星たちが言えなかった本音をラヴが言った瞬間少し星空の空気は張り詰め、また同時に、ほとんどの星がよくぞ言ってくれたとため息をついたかのように不思議と風が吹いた。
その空気を太陽と月は察したのか、まだ不服そうだがその場に坐り込んだ。
ラヴもため息をつきながら二人に歩み寄りシュベールの隣まで来ると訊ねた。
「どうしてあんなに喧嘩したの?それも周りが見えなくなるほど」
月と太陽は横目にお互いの目を見合うと、月が根気負けしたようにため息をついてこたえた。
『最初はほんとうにくだらないことだったんだ』
と月は語りだす。
どうやら、ことの発端は月が放った何気ない言葉だったらしい。
『この大会は我らが暇を持て余した結果産まれたと言っても過言ではない。もちろん他にも役目はあるが。まあ、何よりも問題なのはこの大会が誕生して以来われらはずっと引き分けだ』
「えっずっと?」とシュベール。
『ああ、ずっとずっと、引き分け。流石に我は先程引き分けと決着がついた時今ままで溜まっていた苛立ちとむず痒さがつい口から出てな』
『こいつ、「お前が弱いからこうなるんだ」とかほざきやがったのよ』
ほんと意味わかんない、と太陽は月を睨んで言った。
「それで?」
シュベールは顔をそらす月と太陽の顔を交互に見て、まさかと瞠目して言った。
「えっ、ほんとうにそれだけ?そんなくだらないことで?」
呆れたとシュベールは地べたに腰を下ろした。
「全く、私たち大事なこと話し合っていたのに。ほんとうにくだらない」
『大事なことって?』
太陽がなぜか興味を示してラヴに訊ねた。
「なにって、シュベール様が私に恩返しをしたいというので私はじゃあ仮面舞踏会のパートナーに出てくれませんかとお願いしていたの」
『なんだ、兄貴とは出ないのか?』
と次は月が訊ねた。
「ナタは彼女が出来たからその子と踊るらしいわ。そうなると、適当に探さないといけないんですが……だからと言って仲の良い男はいないし」
ラヴが頼めばきっとどんな男でも鼻の下を伸ばして引き受けるだろう。
だが、ラヴは強情だとは分かっているがそういう目で見られるのに心底嫌悪を抱いてしまう。
男が好きなのは本当だが、だからと言って誰これ構わず色目で見られるのは嫌だ。
『なるほど、で?シュベールは引き受けたのか?』
ラヴからシュベールに目を移して月は訊ねた。
「ダンスはラヴが教えてくれるっていうし力になれるならやってあげたいけど。ただ、服がないんだよ」
服?と月と太陽は同時に首を傾げた。
「その仮面舞踏会はいわゆる仮装パーティーで、実行委員に提出したテーマに沿った仮装を着て行かないといけないの。でも、まだ仮装のテーマもなにも決まっていないから」
『テーマのことなら簡単ではないか』
えっ?と今度はラヴとシュベールが同時に首を傾げた。
『ほら、目の前に参考人がいるわよ』
太陽が己を指差してそう言うと。
ラヴとシュベールは瞬時に言葉の意味を理解した。
「つまり、太陽と月をテーマにってこと?」
「名案だわ。どうして思いつかなったのかしら……」
良いですか……とラヴはシュベールと向かい合わせになり言った。
「この仮面舞踏会は社交界でも大いな影響力を持っているんです。自慢じゃないですけど、私が今までナタとやってきたテーマ全てが老若男女問わず社交界で大流行しました」
『自慢だな』
と月がほくそ笑むがラヴはそれを無視して続いて言う。
「このテーマが大成功すれば――」
更にラヴの言いたいことも察しシュベールは顔を明るくさせ言った。
「天文学が流行る!」
「そのとおりです!パーティーまでに何個か魔道具を作って販売しておけば、間違いなく売れます!」
それだー!とシュベールとラヴは大はしゃぎした。
まあ待て待て、とその様子を温かい目で見ながらも月が本題に戻させた。
『服がないんだろ?それはどうするんだ?』
あらヤダと太陽は立ち上がり月を見下ろすと言った。
『そんなの私達が作ってあげるに決まってるでしょ。投資者なんだから』
その言葉にラヴとシュベールは歓喜する思いの反面予想外の言葉に仰天した。
月は呆気にとられると絞り出すように言った。
『ふ、服を?』
『そう服を』
『星たちが作るということか?』
『いいえ、私達直々に作るの』
月は瞠目し眉間にシワを寄せると心底嫌そうな顔をして言った。
『めんどくさい』
『投資の一環なんだから我慢しないと』
太陽が月を見下ろし腰に手を当てて言うとラヴは思いついたように訊ねた。
「ということは、服の件は解決よね」
『そうなるわね』
ラヴは満面の笑みを浮かべるとシュベールの顔を見上げ言った。
「シュベール様!」
「なっなに?」
矢張り端正過ぎる顔にシュベールは少し狼狽えた。
「こうなれば、直ぐにでも魔道具を開発しないといけません。早速取り掛かりましょう!」
ラヴの気迫に負けシュベールは戸惑いながら頷いた。
その頷きにラヴは満足し、シュベールの手を引くと月と太陽に早口に言った。
「じゃあ、服の件は任せるわね。出来るだけ月と太陽を連想するものにしてよね」
『任せて頂戴』太陽が目を細めて首肯した。
そしてラヴは活き活きとした笑みを浮かべながら太陽と月から少し離れた場所にシュベールを連れて行った。
内心シュベールはどうして態々離れたのか不思議に思いながらも、星林が広がるラヴのドレスが揺れる後をついて行った。
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