第86話「六畳の玉座」
扉を、開けた。
中は、狭かった。
白い広間の芯の、そのまた芯が——狭い、四角い部屋だった。
歩数で、測るまでもなかった。身体が、知ってた。この広さを。この天井の低さを。この、壁までの三歩を。
六畳、だった。
奈落の最深部、世界の心臓は、六畳の広さをしてた。
ただし——正しい六畳じゃ、なかった。
天井の、雨漏りの染みが、ゆっくり、呼吸してた。畳の目は、よく見ると、全部が枠線だった。何千という小さな「本日の記録」の枠が床一面に敷かれてて、その大半が、白紙だった。窓は、あった。窓の外には、何もなかった。闇ですらない。景色ですらない。——まだ書かれてないだけの、白。
「……そうかよ」
乾いた笑いが、出た。岬で見た無数の世界線。定石の壁の何千枚。大階段。白の海。あんなにでかい世界の、一番奥が、これか。……いや。逆なんだろうな。あの全部が、ここから、始まったんだ。線を引いて、枠を作って、枠の内側を今日と呼んで——誰かが、この狭さの中で、世界を書き始めた。
部屋の真ん中に、それは、座ってた。
白い、獣。
外のあいつの、等身大の版。俺と同じ背丈で、俺の顔で——ただ、髪だけが、銀色だった。白に、なりきる一歩手前の銀。膝を抱えて、座ってた。周りの床に、書が三冊、落ちてる。俺の、消えた三冊だ。白紙の。
そして、部屋の隅に——影が、二つ。
一つは、固有名詞のない完璧な書を抱えた、俺の形。もう一つは、百円のノートを持った、頬のこけた、俺の形。岬で見た連中の、面影だった。ここは、そういう部屋なんだ。消された版と、ありえた版の、置き場。
膝を抱えた獣が、顔を上げた。
『——来たの?』
俺の声。ただし、外の獣の轟きじゃない。あの頃の——波の頂点で、玄関先で張り上げてた声の、電池が切れた版。
『何しに来たの。……ああ、分かってる。僕を消しに来たんでしょ。知ってるよ。みんな、そうする。新しい版を書くとき、古い版は、消すんだ。四回。ううん、もっとかな。数えるの、やめちゃった』
獣は、膝を抱え直した。
『いいよ、べつに。慣れてるし。……ただ、その前に、一個だけ、教えてよ』
膝の間から、俺の目が、俺を見た。
『——なんで、僕は、消されるの?』
『世界を変えたかっただけなのに』
『助けてほしかった、だけなのに』
先輩冒険者Aのメモ
(なし)




