第84話「両断」
白の世界が、真っ二つに、割れていた。
俺の剣が——百冊の光を束ねた一振りが、白い獣の胸を、袈裟に、断ち割ってた。
音は、なかった。
巨大な獣の輪郭が、断面から、ほどけていく。白の海が、悲鳴とも、ため息ともつかない、長い、長い音を立てて——引いて、いく。潮が引くみたいに。斜面から。岩棚から。百人の足元から。
『————————』
獣は、崩れながら、まだ、立とうとしてた。
ほどけていく白い腕で、地面を掴んで。俺の顔をした頭を、持ち上げて。
『……い、』
『いか、ないで』
最後の声は、岩盤の軋みじゃ、なかった。
小さい、子どもみたいな声だった。
俺は、剣を下ろして、崩れていく獣の前に、立った。とどめは、要らなかった。物理の勝負は、もう、ついてる。
崩れる白の、脇に——マーネが、立ってた。
茶器はもう、なかった。男は俺を見て、口を開いた。
「今回のお前は——」
言いかけて、一拍、止まって。
「……お前は、行くのか。芯まで」
今回の。
その三文字を、俺は聞き逃さなかった。聞き逃さなかったが、追及もしなかった。今は、それどころじゃない。……それに、なんとなく、分かった気もした。この男の目の古さの、理由が。
「行く」
「そうか」
マーネは、それだけ言って——道を、譲った。
「————中に、入る」
振り向いて、俺は言った。
「胸の芯が、まだ残ってる。あそこに、本体がいる。……本体っていうか——たぶん、俺が、いる」
「一人で行く気?」ヴェラ。
「ああ。ここから先は——署名の間だ。書き手が、一人で入る場所だ」
誰も、止めなかった。ミナだけが、駆け寄ってきて、俺の袖を、ちょん、と触った。
「……ほんとだ。まだ、いる」
「だろ」
「行ってらっしゃい。——待ってますから。全員で」
俺は頷いて、崩れゆく白の断面——その奥の、ほの暗い芯へ、歩いて入った。
最後に見えたのは、Aだった。
半分以上薄れた身体で、岩に腰掛けて、あの男は、ひらひらと、手を振った。
いつもの、あの軽さで。
先輩冒険者Aのメモ
(なし)




