第83話「獣と、獣」
白い獣は、近づくほど、でかかった。
振り下ろされる腕は岩盤ごと白に変え、薙ぎ払いは空気ごと世界を掠れさせる。俺は積層の技の全部で、その隙間を、縫った。三冊分の俺が、足を、腰を、剣筋を、代わる代わる操縦する。一人で戦ってるのに、四人で戦ってた。
隣を、Aが駆けてた。
左腕一本の剣で、獣の指の一本を、切り飛ばす。切り口から白が噴いて、Aの左肩が——薄れた。右腕だけじゃない。もう、全身に、欠けが回り始めてる。
「A!! 下がれ、あんたの身体は——」
「うるせえw 一周ぶんの、置き土産だ!!」
獣の掌が、真上から来た。二人まとめて、潰す軌道。跳ぶ。遅い。間に合わ——ガルドの投げた大盾が、掌の下に、突っかい棒みたいに、噛んだ。「行けェ!!」——爺さんの投げた縄が、俺の腕に絡んで、ヴェラがその端を引いて、俺の跳躍を、二倍に伸ばした。
祭りだった。死線の上の、祭りだった。
獣の胸まで、あと十歩。
『——なぜ、笑っている』
奈落の声が、初めて、揺れた。
言われて、気づいた。俺は、笑ってた。この死地のど真ん中で。口の形だけじゃない、頬の奥が熱い方のやつが、勝手に、出てた。
『理解不能。汝は、消えかけている。汝の書は白く、汝の身体は限界で、汝の帰る朝は貧しい。——なのに、なぜ』
「————さあな!!」
吠え返して、九歩。八歩。獣の白が、腕に触れる。積層が、一枚、剥がされる。構うか。七歩。
『なぜだ。答えよ。なぜ——』
その時だった。
「————おい、ノボ」
Aの声が、した。
戦場の轟音の中で、なぜか、その声だけ、静かに、通った。振り向く余裕はなかった。でも、分かった。あの男が、最後の問いを、投げる構えなのが。
「最後の、恒例のやつだ。——お前の底も、波も、消えた書も、貧しい朝も、この意味分かんねえ夜も、全部、全部ひっくるめてよ。
——おい。
どう思う?w」
六歩。五歩。白が視界を灼く。三冊分の俺が軋む。仲間の書の光が剣で燃える。母の手紙が胸で燃える。四歩。
答えは、考えなかった。
考える必要が、もう、なかった。
「——————最ッ高だよ!!!! この人生!!!!」
剣が。
爆ぜた。
——光が、柱になった。
百冊分の「ノボ」を束ねた一撃が、白い獣の胸を貫いて、そのまま奈落の天井まで、まっすぐに立ち昇った。柱に触れた白の海が、端から、めくれていく。消えるんじゃない。めくれて——読まれていく。何百年分の白紙が、一斉に、誰かに開かれる音がした。紙の音だ。世界中の本が同時にめくられるみたいな、ざあっという、途方もない紙の音。
斜面の百人が、戦うのも忘れて、口を開けて見上げてた。敵も、だ。白い魔獣たちが、攻撃の途中の姿勢のまま、光の柱を見上げて、止まってた。
誰かが、ぽつりと言った。「……なんだ、ありゃ」
知るか。俺が聞きたい。
先輩冒険者Aのメモ
(なし)




