第81話「夜への返答」
「答えよ、登る者」
マーネが、繰り返した。
「外の朝に、何がある」
俺は、剣を、下ろした。
後ろで、誰かが息を呑んだ。構わない。これは、剣の間合いの問いじゃない。
「————何も、ない」
正直に、言った。
「外の朝には、たぶん、大したものはない。督促は続く。嘲笑もある。飯は一人分で、部屋は六畳で、桜は年に一回しか咲かない。……お前の夜の方が、豊かだ。認める」
『ならば——』
「——だが、あの朝は、俺のだ」
白の海が、初めて、ざわ、と揺れた。
「借り物じゃない俺の名前で、俺の字で、俺の飯を食う朝だ。誰かが掘ってくれた夜じゃなく、俺が起きて、俺が作る一日だ。豊かさで負けてても——あれは、俺の、だ。それだけで、帰る理由になる」
「理解、不能——と言いたいところだがね」
マーネは、茶を、飲み干した。
「……その理屈は、知っている。昔、同じことを言った者がいた。あの朝は俺のだ、とね。————その者が朝にどうなったかも、私は、知っている」
「だろうな。……もう一個、言ってやる。お前は優しさでできてる——それも、認める。ここは、いい夜だった。落ちた俺を、受け止めてくれた。だから」
俺は、白い獣を、真っ直ぐ見上げた。
「——だからこそ、出ていくんだ。受け止めてもらった側の礼儀ってのはな、受け止め場に住み着くことじゃない。……立ち上がって、出ていって、いつか誰かを受け止める側に回ることだ。夜の恩は、朝で返す。それが筋だろうが」
「————」
「……否」
マーネの声が、初めて、低くなった。
「否。否。否——去る者は、皆、そう言った。礼を言い、出ていき、そして、忘れる。夜を。私を。ここで得た全部を、朝の光の中で、なかったことにする。————忘れるんだよ、登る者。人は。どれだけ大事だったものでも」
最後の一節だけ、声の温度が、違った。
誰の話をしてるのか、聞く前に——男は、湯呑みを、静かに伏せた。
「なら、引き留めさせてもらう。————優しさの、全力でな」
白い巨獣が、腕を、振り上げた。海の全部が、その腕に、集束していく。
「——ここに、いろ!!」
「来るぞ!! 総員——」
振り下ろされた白の大質量を、受け止めたのは、俺たちじゃなかった。
光だった。
百人の足元から立ち上った、読み合いの光。ミナの守りが、朗読の声と重なって、今までの何倍もの厚さで、白の一撃を、正面から、受け止めてた。
「————忘れる、ですって?」
ヴェラの声が、光の中で、通った。
「冗談。全部、書いてあるわよ。——この人たちの書に、あなたの夜が。一ページ残らず」
先輩冒険者Aのメモ
(なし。もうちょいだ)




