第78話「四節」
戦況が、押し返し始めた——その時を狙ったみたいに、来た。
風だった。
白の海の上空が、渦を巻いてた。白い小竜の群れが、何百と螺旋を描いて、風を、束ねてる。見たことのある風だった。忘れられるわけがない。
風哭きの、大空洞の。
あの日、二十四人を宙に煽った断層の風が、白の翼で、再現されようとしてた。狙いは明白だ。朗読の陣。声を、風でちぎる気だ。声が飛べば、白は消せなくなる。
「風壁がいる!! ヴァーノ——」
言いかけて、俺は、口をつぐんだ。
三節の風壁じゃ、あの規模は、覆えない。あの日と、同じだ。四節。四節が、要る。
ヴァーノは、もう、前に出てた。
杖を構えて。嗄れた喉で。あの日と同じ配置で。
「……大将よ」
振り向かずに、あいつは言った。
「僕さ、あれからも、夜の岩場、続けてたんだぜ。……誰にも言ってなかったけどな。十回に一回が、五回に一回になって、三回に一回になって——昨日の夜な。生まれて初めて、二連続で、通った」
「————ヴァーノ」
「三回に一回だ。まだな。……本番で出る確率じゃ、ねえ。ねえけどよ」
あいつは、杖の先を、渦に向けた。
「——本文に書いたろ、俺は。『私は、三節までしか使えない』って。……あれを書き換える日を、決めるのは、俺だ」
詠唱が、始まった。
「——風よ。名を呼ばれ、応と鳴け」
一節。流れる。
「——束ねて壁、広げて盾。友の声の、屋根となれ」
二節。完璧だ。膜が、朗読の陣の上に、伸びていく。
「——我が声は嗄れ、我が節は三たび折れた。それでも風は、嘘を数えない」
三節。膜が、斜面の半ばまで届く——そして。
「————四たび目は、本当の名で呼ぶ。ヴァーノの風だ、通せ!!」
四節。
声が。
引っかから、なかった。
膜が、伸び切った。斜面の全部を、百人の朗読を、丸ごと覆う、完全な風壁。白い竜たちの断層風が、壁に激突して——割れたのは、風の方だった。
ヴァーノは、しばらく、動かなかった。
杖を掲げた姿勢のまま、自分の張った膜を、見上げてた。夜の岩場の、何百回の「散る」を知ってる目で。
一拍の、静寂。
それから、斜面中から、地鳴りみたいな歓声が上がった。ガルドが吠え、ミナが飛び跳ね、西の荒くれが杖の男の名を連呼した。
ヴァーノは、杖を掲げたまま、振り向いた。
汗だくで、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの、ひどい顔で。
「————見たか大将ァ!! 四節だ!! 宮廷魔術師、ヴァーノ様の!! 人生初のォ!! よんせつだァァァ!!」
「ああ————見た!!」
俺は、吠え返した。
「全員が見たぞ!! 書いとけ!! 本文にだ!!」
先輩冒険者Aのメモ
※短いぞ。──「まだ三回に一回」で前に出た男の話だ。確率ってのはな、出る幕を決める数字じゃねえんだわ。




