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第74話「開戦」


 白の第一波が、斜面を舐めた。


 「ミナ!!」


 「——はいっ!!」


 守りの光が、斜面に線を引く。白が、光の線で、止まった。じゅう、と音を立てて、白と光がせめぎ合う。


 「効いてる! 効いてるぞミナ嬢!」


 「長くは、保ちません! あれ、押してくるっていうより——読ませろって、迫ってくる感じで……!」


 白の中の「声」が、近くなってた。


 ——言葉じゃ、なかった。


 近くで浴びて、分かった。あれは単語の群れじゃない。言葉になる前に潰れた、何百人ぶんの何かが、混ざって、澱んで、発酵した——嘆きの濁流だ。意味は一つも聞き取れないのに、中身だけが、直接分かる。恥。後悔。言い訳。宛名を書けなかった手紙の束。自分に押し続けた烙印の、何万個ぶんの重さ。この世の地獄ってのは、炎じゃなく、この音でできてるらしい。


 線を挟んで、その濁流が、光を叩く。


 「ヴァーノ! 風壁、三節でいい、声を散らせ! あの声は精神に効く、浴び続けるな!」


 「合点!!」


 三節詠唱。完璧な三節。声の圧が、風で割れて、薄まる。


 「ガルド、右翼の岩塔が呑まれる! 崩して白の進路を折れ!」


 「応ォ!!」


 Aは——別格だった。


 白の触手が届く三秒前に、もう、そこにいない。攻撃を避けてるんじゃない。攻撃の「予定」を避けてる。未来が読めるのかと思った。違う。あれは、観測と検証を何周ぶんも煮詰めた男の、答え合わせ済みの足運びだ。……俺の定石の、行き着く先が、薄れた身体で、誰よりも前を、戦ってた。


 開戦五分。布陣は、機能してた。定石通り。手順通り。俺の采配は、過去最高に冴えてた。


 冴えてたのに——


 「————押されてる、な」


 Aが、隣で言った。


 分かってた。白は、減らない。ミナの光の線は一歩ずつ下がり、崩した岩塔は白に呑まれて輪郭を失い、風で散らした声は、倍の声で戻ってくる。


 当たり前だ。あれは軍勢じゃない。堆積だ。奈落の底に積もった、全部の年月だ。削る先から、下から補充される。


 「ノボさん! 線、あと三段、下がります!!」


 背中の地上の光が、近くなる。下がれる距離は、もう、知れてた。


 「……なあ、A。聞いていいか」


 「ん」


 「あんたの周回では——この戦、どうなった」


 Aは、白の海を見たまま、答えた。


 「——聞くなよ、そんなもんw」


 その「w」で、察した。


 察した上で、俺は、剣を握り直した。あの男の周回と、俺の周回は、もう別の道だ。二十七通の封筒の夜から、ずっと。


 「全員、聞け!! 三段下がって、岩棚で受け直す! ——それと、これは命令だ。誰も、俺の許可なく、消えるな!!」


 返事の代わりに、四つの雄叫びが、白に向かって、返った。



先輩冒険者Aのメモ

※現実世界の諸君へ。ここから先、メモは短いぞ。忙しいんでな。──飯だけ食っとけ。


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