第8話「攻略講義・呪印編」
「まず、腕を見せろ」
安全圏まで退いて、野営を張って、俺はガルドの前に座った。
呪印は三つ。手首の内側に並んで、金色に光ってる。よく見ると、ひとつだけ光が弱い。
「いいか。呪印の攻略には順番がある」
「本体を殴る」
「それは悪手の一番だと言ったろ」
定石はこうだ。
一。刻まれた順は関係ない。一番小さい印から消す。
二。消し方は「日課」だ。毎晩、寝る前に、印に薬草の灰を一つまみ、擦り込む。一日一回。それ以上は肌が焼ける。
三。一気にやろうとするな。一気にやろうとした奴から、死ぬ。
「……ちまちましてんなあ!」
「ちまちまが唯一の勝ち筋だ」
「三つ同時に灰を擦り込めば三倍早いだろうが」
「その理屈で腕を焼いた奴の記録が、俺の頭のどこかにある。誰のかは知らんが」
ガルドは不満顔のまま、それでも夜、言われた通りに一番小さい印へ灰を擦り込んだ。
ついでに、知ったことがある。この大男、寝る前に、小声で何かを唱える。祈りかと思って聞き耳を立てたら、違った。
「……ヒメノカンザシ、イワザクラ、ホシノメグサ……」
花の名前だった。故郷の春の花を、咲く順に。「眠りの儀式よ。餓鬼の頃からの」と、聞いたら真顔で言われた。岩みたいな拳の男が、毎晩、花の名前で眠る。
書に書いた。誰の役にも立たない、いい一行だった。
変化は、三日目に来た。
「……おい。ノボ。見ろ」
一番小さかった呪印が、朝日の中で、砂みたいに崩れて消えた。
「消えた……消えたぞ! 一個!」
「残り二つの光も見ろ。昨日より鈍い」
「なんでだ? 触ってないぞ」
「呪印は繋がってる。一番小さいのが消えると、残りの育ちが遅くなる。逆に言えば──」
「増やすと、全部が加速する」
察しがいい。根性しかないわけじゃないらしい。
その日の昼、俺たちは「増やした側」を見た。
迂回路の途中、遠くの岩場。冒険者が一人、赤竜の巣の方角へ、まっすぐ歩いていくのが見えた。
両腕が、金色だった。
肘から先が見えないほど、呪印で埋まってた。
「おい、あいつ、あっちは巣だぞ! おーい!」
ガルドが叫んだ。男は振り向いた。
振り向いた顔を見て、分かった。届いてない。
目が、こっちを見てるのに、何も見てなかった。
──呪印には、最後の段階がある。
総量が、その人間の返せる量を超えた瞬間。呪印は光をやめて、視界を塗り始める。
前が、見えなくなる。
見えない人間は、歩ける方向へ歩く。それがどこであっても。
男は巣の方へ消えた。ガルドは追いかけようとして、俺が肩を掴んで、それきり、誰も何も言わなかった。
夜。
ガルドは黙って灰を擦り込んでいた。いつもより、丁寧に。
五日目の朝、最後の呪印が崩れた。
ガルドは自分の手首を長いこと見て、それから、俺の方を見ないまま言った。
「……すまん。助かった」
「定石に礼を言え。俺は読み上げただけだ」
「その定石とやら、誰が書いたんだろうな」
さあな、と返そうとして。
ふと、あの岩場の男の目を思い出して、言葉が出なかった。
──そのやり取りを、離れた場所からヴァーノが見ていた。
自分の袖口を、ぎゅっと押さえて。
その袖の下を、俺はまだ知らない。
先輩冒険者Aのメモ
※現実世界の諸君へ。全部いっぺんに片付けようとするな。今日は一番小さいのを一個だけ。やったら寝ろ。




